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一章
19、初めての【3】
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蒼一郎さんの手が、わたしの腹部へと下りてきます。お臍を過ぎて、さらに下に移動するから、わたしは思わず瞼をきつく閉じてしまいました。
「目を開けなさい」
背後から耳元で囁かれて、背筋がぞくりとしました。だってこんな低くて、それも甘い声で命じられて……抗えるはずがありません。
わたし、どうしてしまったの?
蒼一郎さんに命じられることに、反抗しようとしてもできないんです。
わたしは、学友がこっそりと話してくれたことを思い出しました。
御ミサの終わった御御堂には、生徒もシスターの姿もなく。学友五人ほどで集まって内緒話で盛り上がるのに最適なんです。
先刻まで厳かな調べを奏でていたパイプオルガンも、今は赤銅色のずらりと並んだ管を見せているのみです。
「見てくださいな」と友人の町さんが、半巾で包んでいた紙を取りだしました。
そこには、日本髪を結い、緋色の襦袢を着崩した女性の絵が刷られていました。
古い浮世絵のような絵でした。でも描かれた女性は、荒縄で縛り上げられていたの。しかも顔から水をかけられて。
もう一枚の絵は、裸身をさらした女性が大きな水車に括りつけらていました。
「ひどいわ。拷問の絵かしら」と震える声でわたしが尋ねたところ、町さんは「拷問とはまた違うらしいわ」と教えてくれました。
人から命じられたり、痛めつけられたり、そういう被虐的な悦びというのがあるのだそうです。
その時は、まさかと思ったのですけど。でも、今のわたしは、蒼一郎さんの命令に抗えません。
「し……ばら、ないで」
「縛る? 俺があんたを? なんでそういう思考回路になるんだ」
「水車にも縛らないで……」
「どこでそんな無茶苦茶な情報を仕入れたんや」
「痛めつけないの?」
「……可愛がるゆうとうやろ」
ゆっくりと瞼を開いたわたしは、あまりの驚きに今度は瞬きすらできなくなりました。
嘘。どうして?
これまで気づかなかったけれど、この座敷には姿見が置いてあるんです。
縮緬の覆いも捲りあげられていて、そこには裸身をさらしたわたしの姿が、はっきりと映っています。
鏡の中のわたしは、胸を大きな手で撫でられて……すると、わたし自身が甘ったるい感覚に囚われます。
ふいに、鏡面で蒼一郎さんと目が合いました。
羞恥に顔を背けようとしましたが、あごを掴まれてまた鏡に映った自分を見せられます。
やめて。恥ずかしいの、こんなの。
「俺が、絲さんのあごを掴んどる以上、あんたは自分で足を開かなあかん。絲さん、どうする? 鏡を見続けとくか、それとも自分の手で足を開くか。どちらか選び」
蒼一郎さんの申し出が、何を意味するのか一瞬分かりませんでした。
でも、その内容を理解したとき、羞恥を遥かに越えた、言いようのない感情に支配されました。
「無理です。どちらもできません」
「絲さん。俺は選べと言うとんや」
「後生ですから。許して」
だって、できるはずがありません。蒼一郎さんは、わたしに足を開いた姿を、鏡で見なさいと言っているんですもの。
「どちらも選べへん、か。つまり俺があんたに与えた選択する権利を放棄するんやな」
「え……ええ」
難しい言葉を使われて、わたしは分からないままにうなずきました。
でも、それが良くないことだと、その時は分からなかったんです。
「目を開けなさい」
背後から耳元で囁かれて、背筋がぞくりとしました。だってこんな低くて、それも甘い声で命じられて……抗えるはずがありません。
わたし、どうしてしまったの?
蒼一郎さんに命じられることに、反抗しようとしてもできないんです。
わたしは、学友がこっそりと話してくれたことを思い出しました。
御ミサの終わった御御堂には、生徒もシスターの姿もなく。学友五人ほどで集まって内緒話で盛り上がるのに最適なんです。
先刻まで厳かな調べを奏でていたパイプオルガンも、今は赤銅色のずらりと並んだ管を見せているのみです。
「見てくださいな」と友人の町さんが、半巾で包んでいた紙を取りだしました。
そこには、日本髪を結い、緋色の襦袢を着崩した女性の絵が刷られていました。
古い浮世絵のような絵でした。でも描かれた女性は、荒縄で縛り上げられていたの。しかも顔から水をかけられて。
もう一枚の絵は、裸身をさらした女性が大きな水車に括りつけらていました。
「ひどいわ。拷問の絵かしら」と震える声でわたしが尋ねたところ、町さんは「拷問とはまた違うらしいわ」と教えてくれました。
人から命じられたり、痛めつけられたり、そういう被虐的な悦びというのがあるのだそうです。
その時は、まさかと思ったのですけど。でも、今のわたしは、蒼一郎さんの命令に抗えません。
「し……ばら、ないで」
「縛る? 俺があんたを? なんでそういう思考回路になるんだ」
「水車にも縛らないで……」
「どこでそんな無茶苦茶な情報を仕入れたんや」
「痛めつけないの?」
「……可愛がるゆうとうやろ」
ゆっくりと瞼を開いたわたしは、あまりの驚きに今度は瞬きすらできなくなりました。
嘘。どうして?
これまで気づかなかったけれど、この座敷には姿見が置いてあるんです。
縮緬の覆いも捲りあげられていて、そこには裸身をさらしたわたしの姿が、はっきりと映っています。
鏡の中のわたしは、胸を大きな手で撫でられて……すると、わたし自身が甘ったるい感覚に囚われます。
ふいに、鏡面で蒼一郎さんと目が合いました。
羞恥に顔を背けようとしましたが、あごを掴まれてまた鏡に映った自分を見せられます。
やめて。恥ずかしいの、こんなの。
「俺が、絲さんのあごを掴んどる以上、あんたは自分で足を開かなあかん。絲さん、どうする? 鏡を見続けとくか、それとも自分の手で足を開くか。どちらか選び」
蒼一郎さんの申し出が、何を意味するのか一瞬分かりませんでした。
でも、その内容を理解したとき、羞恥を遥かに越えた、言いようのない感情に支配されました。
「無理です。どちらもできません」
「絲さん。俺は選べと言うとんや」
「後生ですから。許して」
だって、できるはずがありません。蒼一郎さんは、わたしに足を開いた姿を、鏡で見なさいと言っているんですもの。
「どちらも選べへん、か。つまり俺があんたに与えた選択する権利を放棄するんやな」
「え……ええ」
難しい言葉を使われて、わたしは分からないままにうなずきました。
でも、それが良くないことだと、その時は分からなかったんです。
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