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一章
10、往診【1】
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ちょっと接吻しすぎたかもしれへん。
襦袢の肩がはだけた絲さんは、俺の腕の中でぐったりとしていた。
ほんのちょっと、くちづけるだけのつもりやったのに。気づいたら、絲さんの首筋にも鎖骨の辺りにも、肩にも、俺が残した痕が赤く目立っている。
あかん、やらかしてしもた。
腕の中の絲さんの体は、さっきよりも熱なっとう。
俺は絲さんを布団に横たえた。襦袢から覗く胸の膨らみは、ささやかすぎて色気も感じへんのに。なんで俺は……血気盛んなガキか。
「いや、それでも接吻で済ませただけ、自制しとう方や」
ちょっと落ち着こか。大所帯ではないとはいえ、仮にも三條組を預かる組長なんやから。
絲さんを見んようにして、布団を掛ける。そして彼女から視線を外した。
見とったら、どうしても構いたくなるからな。
他のことを考えるため、室内を見回す。普段からよう使とう座敷やけど。まじまじと観察したことはなかったな。
座敷の床の間には、牡丹の花が活けてある。
床の間には、猛々しい唐獅子の姿を描いた水墨画の掛け軸も飾ってある。
唐獅子牡丹は、百獣の王と百花の王。
そのつもりで、掛け軸と花を一緒に飾ったんやろけど。
だが、俺はその意味よりも、唐獅子は牡丹の花の香りにだけは酔いしれるとか、牡丹から滴り落ちる夜露によって守られるという話の方が好きや。
まぁ、ここは絲さんの部屋やないけど。絲さんをこの家に迎えたら、二人の部屋には愛らしい花を活けてやりたい。
この娘はあでやかな花よりも、蒲公英やれんげ草や、菜の花が似合いそうやな。
廊下で足音が聞こえ、医者と波多野が一緒に座敷に入ってきた。
「なんや。誰か撃たれたんかと思うたが。坊、どこで小娘を拾うてきたんや」
白衣を着て、大きな黒い診察鞄を抱える医者が俺の隣に座る。桶を置いた波多野が、慌てて医者に座布団を勧めた。
「坊って言うな。俺もいい年なんや。あと小娘は余計や」
「そう言われても、坊がガキの頃から知っとるからなぁ。あんたはいっつも苦虫を噛み潰したような顔をして、ちぃっとも笑わへん」
「面白いこともないのに、笑えるか」
「三十年間、面白いことのない奴は不幸やで」
言いたい放題やな。
「で、この娘さんは? ええとこのお嬢さまっぽいけど」
「遠野絲さんや」
俺の短い説明で、白髪交じりの医者は「ああ」と納得した。波多野はすでに座敷を出て行っている。気の利く奴やで。
「三年ぶりやな。よその子の成長は速いわ。大きなったな」
「絲さんを、子ども扱いしてやんなや」
俺は医者を睨みつけたが、鞄から聴診器を出して「まだ子どもやんか」と言われてしまった。
俺かて気にしとんや。言わんといてくれ。
「あん時は、このお嬢ちゃん、もうあかんのちゃうかと思うとったんや」
そうやな、と俺は心の中で医者に同意した。
遠野の爺さんと一緒に助けた絲さんは、鎖につながれて硬い床に転がされとったから、ひどく衰弱しとった。
絲さんを犬扱いしとった男は、もう処分したけど。あいつが残した心の傷は、今も絲さんの中に嫌というほど残っとう。
爺さんによれば、絲さんは心臓も強ないし、呼吸系も弱いらしい。
俺は頑丈やから、そういうのはよう分からんけど。虚弱な少女を、鎖でつなぐんは絶対に許されることやない。
医者が、絲さんに掛けとう布団をめくって、大きなため息をついた。
「もしかして相当悪いんか?」
「ああ、悪いな」
「じゃあ、入院か? あんたのとこの診療所で治せるんか? 遠野の家に連絡せなあかんほど悪いんか?」
だが、白髪交じりの医者は、まだ絲さんの胸に聴診器も当てていない。
そんな一目見ただけで診断できるほど、この医者は有能やったやろか。
うちの組のもんが普段から世話になっとうくらいやから、病気よりも怪我の方が得意やろ。
「診察するんやから、坊は見んとき。それくらい気ぃ利かせな、この子に振られてしまうで」
「お、おお」
それは確かに気が付かんかった。
「あとな、枕を交わすんやないんやから。接吻は唇や頬だけにしといたげ。こないに痣を作って、可哀想やろ」
「止められへんかった」
「……坊は阿呆やな」
はっきりと言われて、俺はうなだれた。
襦袢の肩がはだけた絲さんは、俺の腕の中でぐったりとしていた。
ほんのちょっと、くちづけるだけのつもりやったのに。気づいたら、絲さんの首筋にも鎖骨の辺りにも、肩にも、俺が残した痕が赤く目立っている。
あかん、やらかしてしもた。
腕の中の絲さんの体は、さっきよりも熱なっとう。
俺は絲さんを布団に横たえた。襦袢から覗く胸の膨らみは、ささやかすぎて色気も感じへんのに。なんで俺は……血気盛んなガキか。
「いや、それでも接吻で済ませただけ、自制しとう方や」
ちょっと落ち着こか。大所帯ではないとはいえ、仮にも三條組を預かる組長なんやから。
絲さんを見んようにして、布団を掛ける。そして彼女から視線を外した。
見とったら、どうしても構いたくなるからな。
他のことを考えるため、室内を見回す。普段からよう使とう座敷やけど。まじまじと観察したことはなかったな。
座敷の床の間には、牡丹の花が活けてある。
床の間には、猛々しい唐獅子の姿を描いた水墨画の掛け軸も飾ってある。
唐獅子牡丹は、百獣の王と百花の王。
そのつもりで、掛け軸と花を一緒に飾ったんやろけど。
だが、俺はその意味よりも、唐獅子は牡丹の花の香りにだけは酔いしれるとか、牡丹から滴り落ちる夜露によって守られるという話の方が好きや。
まぁ、ここは絲さんの部屋やないけど。絲さんをこの家に迎えたら、二人の部屋には愛らしい花を活けてやりたい。
この娘はあでやかな花よりも、蒲公英やれんげ草や、菜の花が似合いそうやな。
廊下で足音が聞こえ、医者と波多野が一緒に座敷に入ってきた。
「なんや。誰か撃たれたんかと思うたが。坊、どこで小娘を拾うてきたんや」
白衣を着て、大きな黒い診察鞄を抱える医者が俺の隣に座る。桶を置いた波多野が、慌てて医者に座布団を勧めた。
「坊って言うな。俺もいい年なんや。あと小娘は余計や」
「そう言われても、坊がガキの頃から知っとるからなぁ。あんたはいっつも苦虫を噛み潰したような顔をして、ちぃっとも笑わへん」
「面白いこともないのに、笑えるか」
「三十年間、面白いことのない奴は不幸やで」
言いたい放題やな。
「で、この娘さんは? ええとこのお嬢さまっぽいけど」
「遠野絲さんや」
俺の短い説明で、白髪交じりの医者は「ああ」と納得した。波多野はすでに座敷を出て行っている。気の利く奴やで。
「三年ぶりやな。よその子の成長は速いわ。大きなったな」
「絲さんを、子ども扱いしてやんなや」
俺は医者を睨みつけたが、鞄から聴診器を出して「まだ子どもやんか」と言われてしまった。
俺かて気にしとんや。言わんといてくれ。
「あん時は、このお嬢ちゃん、もうあかんのちゃうかと思うとったんや」
そうやな、と俺は心の中で医者に同意した。
遠野の爺さんと一緒に助けた絲さんは、鎖につながれて硬い床に転がされとったから、ひどく衰弱しとった。
絲さんを犬扱いしとった男は、もう処分したけど。あいつが残した心の傷は、今も絲さんの中に嫌というほど残っとう。
爺さんによれば、絲さんは心臓も強ないし、呼吸系も弱いらしい。
俺は頑丈やから、そういうのはよう分からんけど。虚弱な少女を、鎖でつなぐんは絶対に許されることやない。
医者が、絲さんに掛けとう布団をめくって、大きなため息をついた。
「もしかして相当悪いんか?」
「ああ、悪いな」
「じゃあ、入院か? あんたのとこの診療所で治せるんか? 遠野の家に連絡せなあかんほど悪いんか?」
だが、白髪交じりの医者は、まだ絲さんの胸に聴診器も当てていない。
そんな一目見ただけで診断できるほど、この医者は有能やったやろか。
うちの組のもんが普段から世話になっとうくらいやから、病気よりも怪我の方が得意やろ。
「診察するんやから、坊は見んとき。それくらい気ぃ利かせな、この子に振られてしまうで」
「お、おお」
それは確かに気が付かんかった。
「あとな、枕を交わすんやないんやから。接吻は唇や頬だけにしといたげ。こないに痣を作って、可哀想やろ」
「止められへんかった」
「……坊は阿呆やな」
はっきりと言われて、俺はうなだれた。
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