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一章

8、不器用なので【2】

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 わたしは、ぼそぼそとしゃべる声で目を覚ましました。
 でも、熱が出ている時の特徴で、頭がぼうっとして起きることも瞼を開くこともできません。

 低く囁くような男性の声が二人。
 家ではなさそう。だって書生の水浦みずうらさんや使用人の声ではないのだもの。

 病院かしら。でも、記憶にないわ。わたしは森にいたはずだし。

「なぁ、波多野。手拭いが熱なっとんやけど。どうしたらええんや?」
「もう一回、水に浸けて絞ったらええんですよ」
「なるほど。お前、物知りやな」

 わたしのおでこから、手拭いが外されました。少し頭が軽くなって、わたしはうっすらと瞼を開いたの。

 目の前が暗くなったと思うと、大きな手がわたしの顔にかざされました。
 その手は、迷うように近づいたり離れたりします。

カシラ。何やっとんですか?」
「撫でたらあかんかな。起きてまうかな。怖がって泣きだすやろか」

 手はわたしの顔の至近距離にあるので、圧迫感がすごいです。
 とりあえず三條さんが、とても迷っているのは分かります。それにわたしに気を配ってくれていることも。

 森で出会ったあの人ですよね。体が大きくて、頬に傷痕のある。
 見た目と違って、優しい人なんですね。三條さんは。

 結局、固いその指先はわたしの前髪にそっと触れただけで、すぐに手拭いが載せられたの。
 ひんやりとした心地よさに、また眠りの底に落ちていきました。

◇◇◇

 ふぅー、任務終了や。
 俺は手拭いを絲さんのひたいに載せて、安堵の息をついた。
 頭を撫でようとして、けど、そんなんしたら自分の気持ちを押さえられんようになるかもしれんから。
 柔らかな髪に触れるだけで我慢した。

 あかん。ほんまにあかん。
 もし絲さんに熱がのうて元気やったら。押し倒してしもとうかもしれへん。
 けだものやと思われるんが怖くて、できへんのやけど。俺も案外、小心者やな。

 波多野は水を替えてくる言うて、座敷を出て行った。柱時計の針が動く音だけが、やたらと大きく聞こえる。
 庭に面した障子を開け放ったままやから、俺は閉めようと思た。
 春とはいえ、もう夕方や。絲さんが寒かったらあかんからな。

「え?」

 立ち上がろうとした俺は、それが叶わずに座布団に座り直す羽目になった。
 なんや? と思って見下ろすと、掛け布団からはみ出た絲さんの手が、俺の着物を握りしめとった。

 きゅん。

 どっからかそんな音が聞こえた。聞き覚えのない音や。
 あと、妙に心臓が痛い。
 なんなんや、これ。今までに経験ないぞ。
 俺、病気やったんか? あかん、これまで健康に生きてきたから。自分の体力を過信しとったんかもしれへん。

「う……ぅん」

 絲さん、うなされてんのか?
 俺は思わず、彼女の手を自分のてのひらで包み込んだ。
 すると、絲さんの眉根に寄せられていたしわが失せた。

 え? 俺が手を握ったから安心したんか?
 
 てのひらに伝わってくる、彼女の手の薄さと熱さ。
 ほんまに困った。意識があらへんのに、俺のことを信頼しとう。
 
 遠野の爺さん。あんたはなんちゅう清らかなモンを俺に託したんや。
 あと、ちゃんと許嫁の説明はしといてくれ。
 あんたが極楽におるんか地獄におるんか知らんけど。今頃、俺のことをにやにやとわろとんのやろ。

「絲さん。すぐに医者が来てくれるからな。安心するんやで」

 自分でもびっくりするくらい、優しい声が出た。
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