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一章
3、鬼の森で【3】
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三條さんの長くて節くれだった指が、わたしの頬をこすりました。
それが涙をぬぐっているのだと、すぐには気付かなかったの。
それくらいぶっきらぼうで、肌が引きつるくらいに力が強かったから。
「まぁ、もう泣きなや」
そんな風に言われても、すぐには涙は止められません。わたしはしゃくりあげながら、両手で顔を覆いました。
恐ろしいのもあるけれど。顔を覗きこまれるんだもの。
「絲さん。顔、見せてぇや」
わたしは、ふるふると首を振りつつ。三條さんの肩を手で押します。けれど、まったく下ろしてくれる気配はありません。
「なんか悪かったな。俺、荒くれ者ばかりの男所帯で育っとうもんやから、こないな小さい女の子の扱い方が分からへんのや」
「小さくありません。もう女學生です」
「うん、そうやなぁ」
三條さんの声は、明らかに困っているように聞こえます。
「けど、俺よりも一尺以上は低いやろ。並んでも俺の胸にも届かへんのとちゃうか?」
「酷いです。そんなことを言うなんて」
「へ?」
三條さんが、素っ頓狂な声を上げました。
「いや、俺みたいにでかいよりも、小さい方が可愛いやんか」
小柄で、虚弱なことを気にしているのに。少しでも体が鍛えられるようにと、坂の上にある女學院に通うように言われたのに。
せめて身長が伸びるようにと、苦手な牛乳を飲んでもいるのに。
小さいとか、低いとか失礼です。
「下ろしてください」
「なんでや。絲さんを下ろしたら、また妙な真似をするやろ」
「犬の真似でしたら、もうしません。だって、あなたにはもう会うこともありませんから」
わたしは、三條さんの腕から降りようと試みました。でも、さらに強く抱きしめられてしまいます。
膝の裏にさし入れられた左腕も、背中を支える右腕も。着流しの袖に羽織、それにわたしの袴に着物、そして襦袢など幾重にも布が重なっているのに。それでもその腕の逞しさが伝わってきます。
「なんでそないな寂しいことを言うんや」
「……三條さん」
「もっとひょろっとした優男やったらええんか? 俺が堅気の人間やったら、絲さんは一緒におってくれるんか?」
そういう問題じゃないです、と言おうとしたけれど。喉まで出かかった言葉を、わたしは飲み込みました。
だって、三條さんは眉根を寄せて、とても寂しそうな表情を浮かべたから。
傍から見れば、強面で体躯のがっしりとした三條さんの方が、わたしを虐めているように思えるでしょう。
でも、至近距離にいるわたしには、どう考えても自分の方が虐めている側に思えるのです。
わたしよりもずいぶん年上で、極道だという人なのに。
「あ、あの……泣かないでください」
「泣いてへん」
嘘です。涙がこぼれていないだけで、あなたの目は真っ赤じゃないですか。しかも潤んでいますよ。
懐から出した半巾を、わたしは三條さんの目許に当てます。
「なんで、そないなことするんや。泣いてへんって言うとうやろ」
わたしは頷きました。だから、半巾が湿っていることにも触れないでいました。
男の人は矜持がある。それを大事にしたらなあかん、とお爺さまが話していたことがあるわ。それを聞いたときは、何のことか分からなかったけれど。
たぶん、今の三條さんがそうなんですね。
「ええ匂いがするな」
「サシェと一緒に抽斗に入れていたから。シスターがくださったの。ラベンダーですって」
「聞いたことない名前やな。けど、絲さんの匂いやな」
急に体を引き寄せられたと思うと、三條さんがわたしの首元に顔を埋めました。
それが涙をぬぐっているのだと、すぐには気付かなかったの。
それくらいぶっきらぼうで、肌が引きつるくらいに力が強かったから。
「まぁ、もう泣きなや」
そんな風に言われても、すぐには涙は止められません。わたしはしゃくりあげながら、両手で顔を覆いました。
恐ろしいのもあるけれど。顔を覗きこまれるんだもの。
「絲さん。顔、見せてぇや」
わたしは、ふるふると首を振りつつ。三條さんの肩を手で押します。けれど、まったく下ろしてくれる気配はありません。
「なんか悪かったな。俺、荒くれ者ばかりの男所帯で育っとうもんやから、こないな小さい女の子の扱い方が分からへんのや」
「小さくありません。もう女學生です」
「うん、そうやなぁ」
三條さんの声は、明らかに困っているように聞こえます。
「けど、俺よりも一尺以上は低いやろ。並んでも俺の胸にも届かへんのとちゃうか?」
「酷いです。そんなことを言うなんて」
「へ?」
三條さんが、素っ頓狂な声を上げました。
「いや、俺みたいにでかいよりも、小さい方が可愛いやんか」
小柄で、虚弱なことを気にしているのに。少しでも体が鍛えられるようにと、坂の上にある女學院に通うように言われたのに。
せめて身長が伸びるようにと、苦手な牛乳を飲んでもいるのに。
小さいとか、低いとか失礼です。
「下ろしてください」
「なんでや。絲さんを下ろしたら、また妙な真似をするやろ」
「犬の真似でしたら、もうしません。だって、あなたにはもう会うこともありませんから」
わたしは、三條さんの腕から降りようと試みました。でも、さらに強く抱きしめられてしまいます。
膝の裏にさし入れられた左腕も、背中を支える右腕も。着流しの袖に羽織、それにわたしの袴に着物、そして襦袢など幾重にも布が重なっているのに。それでもその腕の逞しさが伝わってきます。
「なんでそないな寂しいことを言うんや」
「……三條さん」
「もっとひょろっとした優男やったらええんか? 俺が堅気の人間やったら、絲さんは一緒におってくれるんか?」
そういう問題じゃないです、と言おうとしたけれど。喉まで出かかった言葉を、わたしは飲み込みました。
だって、三條さんは眉根を寄せて、とても寂しそうな表情を浮かべたから。
傍から見れば、強面で体躯のがっしりとした三條さんの方が、わたしを虐めているように思えるでしょう。
でも、至近距離にいるわたしには、どう考えても自分の方が虐めている側に思えるのです。
わたしよりもずいぶん年上で、極道だという人なのに。
「あ、あの……泣かないでください」
「泣いてへん」
嘘です。涙がこぼれていないだけで、あなたの目は真っ赤じゃないですか。しかも潤んでいますよ。
懐から出した半巾を、わたしは三條さんの目許に当てます。
「なんで、そないなことするんや。泣いてへんって言うとうやろ」
わたしは頷きました。だから、半巾が湿っていることにも触れないでいました。
男の人は矜持がある。それを大事にしたらなあかん、とお爺さまが話していたことがあるわ。それを聞いたときは、何のことか分からなかったけれど。
たぶん、今の三條さんがそうなんですね。
「ええ匂いがするな」
「サシェと一緒に抽斗に入れていたから。シスターがくださったの。ラベンダーですって」
「聞いたことない名前やな。けど、絲さんの匂いやな」
急に体を引き寄せられたと思うと、三條さんがわたしの首元に顔を埋めました。
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