ステージの裏側

二合 富由美

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18 未来

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 世界の飢饉、テロや戦争は、なかなか無くならない。

 各国で新たに産まれた標準化ニューフェイス達は、たいして【食料】も不要だった上に、国に守られていたので無事に育っていった。
 その最中も世界では、伝染病で多くの死者が出たが、ニューフェイスは免疫力が高いので助かっている。

 飢饉によるえと戦争、疫病が毎年の様に続く世界。
 歴史的に見れば、人類史上では今に始まった事ではないが、環境破壊と国家間の交流や技術の向上により、それは常に大規模化してきたと言える。

 そしてソレは、有限な地球において限界を迎えていたのだろう。
 戦争もできなくなるほど疲弊した環境と人類は、疫病にも対抗できなくなり、人類は急速にソノ数を減らしていった。

 ニューフェイス以外は。

 そんな事もあって世界人口は一割以下となり、百年程で人類の大半がニューフェイスへと世代交代したのだった。
 結果的に世界を牛耳るニューフェイスと、残ったオールドフェイスとの小競合いも有るが、時間の問題と言われている。
 オールドフェイス側の原爆やハイテク兵器は衛星軌道にある太陽光発電衛星からの指向性高出力マイクロウエーブにより施設ごと帯電させられ、電気回路が焼ききられている。
 その上でニューフェイス特殊部隊の奇襲によって封じられた。
 指向性マイクロウエーブは、元々が地上に電力を送る為の物だが、兵器への転用も可能なのは原子力と同じだ。

 その他の旧来的戦術はニューフェイス側の高度な無人兵器により無惨な結果に終わっているからだ。
 オールドフェイス側の国家や地域は、荒れ果てた荒野が広がっている。

 片やニューフェイスの管轄する国では、都市の約八割が打ち壊され、更地となって緑化されていった。
 砂漠だった所には巨大なソーラパネルが並び、周りには遺伝子操作されて乾燥に強い植物が広がりつつある。
 自動の農業プラントが、彼等にとって僅かに必要な食料を供給している。

 各国の都市部は首都のみとなり、外国とは飛行機での移動で行われている。
 都市外の開発は禁止されているが、都市外に出る事は禁止されていない。
 人達は休日に、都市近くの小川などに脚を付けて、のどかに全身を緑黄色に染めていた。

 都市内のスラムや地方の集落には、僅かにオールドフェイスが残っている。

 いつの間にか世界中のネフィリムは姿を消して、地球の環境は徐々に回復へと向かっていったのだった。

「狭山長官、報告書を御持ちしました」
「あぁ、ありがとうハヤト君」

 狭山 暁は152歳になっていた。
 プロトタイプである彼は、標準化されたニューフェイスよりも長生きと言える。

「長官は、いつまでたっても御元気ですね。私は来月には退職ですよ」
「私も、あと十年程で息子に引き継ぐつもりだ。昔の暗部に関わる者が減るのは、社会的には良いことなのだろうが、今まで苦労を掛けたな。ベルフェゴール88」
「その名前で呼ばれるのも久しぶりですよ、ルシファ様」

 副官である望月ハヤトの俗称は【】目のベルフェゴールである事から名付けられた。
 暁の妻は、アメリカから来たプロトタイプニューフェイスなので、息子も長寿なプロトタイプニューフェイスだ。

 量産されたベルフェゴールは、素性を偽装して各所で活躍している。
 双子でも成長の環境で容姿が変わるし、遺伝子を若干づつ変えているので、DNA検査でも近親者とされてもクローンだとは判定されない。
 だが、その為に成功例も少なく、シリアルナンバーの割りに生存数は十数人程だった。

「各所でニューフェイス化施設や養護施設の閉鎖が始まったのか?もう立派に一人立ちする者が増えたのだな?」
「私の退職にあたり心残りなのは、宗教団体に取り込まれたニューフェイス達です」
「NOA計画の船が、何隻か拿捕だほされて産まれた奴等だな?オールドフェイスを見限るのも時間の問題と思うがな」

 ニューフェイスの社会では、多くの宗教が禁止事項となっている。
 権力維持の為に使われた宗教活動が、奉献社会である王国制と同じと判断されたのだ。

 それ故に、宗教団体も手段を選ばなくなってしまったと言える。
 核兵器に対抗する為に、各国が核兵器を持ち始めた様に、ニューフェイスに対抗する為にニューフェイスを使いだしたのだ。
 ソレが本来の信条に反する事となっても、彼等は『負けたら元も子もない』と考えたのだろう。
 平和の為にと武器を手にしたオールドフェイスならではと言える。

 ニューフェイスとオールドフェイスでは、能力格差があるだけでなく、生活環境もかわってくる。
 ニューフェイスに十分な質素な環境ではオールドフェイスは生きていけない。
 オールドフェイスの方が、生きるための施設と経費がかかるのだ。
 社会全体がニューフェイス寄りになる程に、オールドフェイスは貧しく生きにくくなっていった。
 公表情報とは異なるが、標準化ニューフェイスとオールドフェイスの混血は出来ない様に調整されていた。
 結果として両者の対立は、各所で起きている。
 オールドフェイスは、その生活を維持する為に宗教団体に加盟し、武力による略奪で生活をしようとする者が増えているのだ。

「偏見を持たずに、ニューフェイス化すれば良かったのに、何にこだわっているんでしょうね?」
「子供の未来より、自分の利益やプライドが大切なんだろう?奴等は」
「【プライド】ですか?確か【死に至る七つの原罪】では、ルシファ様が担当する分野でしたね」
「一般には【七つの大罪】と呼ばれているがね。実際の私は、彼等ほど【傲慢】ではないと思うが?」
「そうですか?」

 執務室の二人に苦笑いが浮かぶ。

 彼等ニューフェイスは、その誕生直後から、人口問題解決を準備してきた。
 環境破壊問題を何とかする上で環境保全や汚染対策よりも、原因である人間の異常増殖を何とかしないとキリがないと分かっていたからだ。
 その結果、現在の日本総人口は約一千万人におさまっている。

 2030年前後の東京都人口が一千万人ちょっとと言うから、現在の日本総人口が当時の東京に収まっていた計算になる。
 古くは、江戸時代初期の日本総人口が一千万人くらいらしかったので、文化を維持するのに問題は無い筈だ。
 元より、人生五十年と言われた当時よりも倍以上の寿命が有るので、伝承に支障はない。

「現在は、国家間の戦争も食料問題も無い。オールドフェイスも技術的には、そんな世界を作れた筈なのに、何を間違ったのかな?」

 旧人類を見てきた暁は、首をかしげて顎に手を当てた。
 旧人類は、どうやら【自由】の意味をはき違えている節が有ったので、それが原因かも知れなかった。
 生存競争の無い社会で、好きなだけ子供を作って増え続け、欲しい物は力で奪っていた。
 オールドフェイスは、できる事をやらず、好き勝手にやった結果が戦争であり、環境破壊であり、人口増加だ。
 結果として、大量虐殺による人口調整をしなくてはならない状況になっていた。

「江戸時代の武士は、長男以外は結婚できない決まりで、人口抑制していたらしいが、平民からソレが崩れていったのか?」

 西洋の階級社会では、平静時にも次男以降が爵位を賜り、子孫を増やしていた。
 日本の江戸時代は、そういった意味では人口問題に貢献していたと言えるだろう。
 江戸幕府崩壊と伴に、日本の人口は爆発的に増えている。

 江戸時代初期が1,200万人前後。
 約二百年後の江戸時代末期が3,400万人程度
 それから約50年後の1912年には5,000万人を越えている。
 更に55年後の1967年には一億人を突破した。。
 ピークの2008年には1億2,800万人に至っている。
 それから減少傾向の日本総人口だが、今までが、どれだけ異常な増加かは見ての通りだ。

 暁は、再び資料に目を通した。

「オールドフェイスの集落コロニーに、改良したウイルスを散布する算段は大丈夫だろうな」
「蚊を媒介にした方式と、刑期を終えて釈放するオールドフェイスをキャリアにする方法との二段構えで用意してあります。戦争地区では、捕虜交換の再に伝染病を感染させる戦略があったらしいので参考にしました。今回は、どちらもニューフェイスには免疫力があるタイプです」

 これまでも、宗教国家や人口過密な国で発生した致死性の高い伝染病は、ニューフェイス達が遺伝子操作して作ったウイルスによるものだった。
 ニューフェイス賛成国では、死なない子供を産む為に、競ってニューフェイス化をする騒ぎになった事もある。


 報告を終えた望月ハヤトが執務室から退室すると、暁は窓から再編された東京を眺めた。

 町には、日当たりを重視した三角形のアパート群が建ち並び、道路や住居以外はソノ下に収められている。
 遥か彼方には、緑のラインが見える。

 彼等の親達が望み、彼等ニューフェイスが作り上げた【人類の未来】が、そこにはあるった。
 オールドフェイスの時代、子供向けの物を除いて、当時の人類が描く未来社会は、廃退しているか狂っている物がほとんどだった。
 ニューフェイス達は、その予想を覆しつつある。
 確かに、やましい事や非道な行為を行わなくてはならない点は多かったが、それは【産みの苦しみ】と言えるだろう。

 溜め息をついて、暁は振り返り執務室の中を見る。
 机の上には写真スタンドがあり、暁と両親が写っている。
 日本においてニューフェイスプロジェクトに参加した者と成果。
 だが、彼等にとっては何より大切な、あたたかい家族の写真だ。

「何で、受け入れてはもらえなかったんですか?」
『(オールドフェイスに例外を作っては、使命に支障が出るだろう?)』

 準備した伝染病用ワクチンを拒む両親の言葉が思い出される。

「父さん、僕にだって感情はあるんですよ・・・・」

 想い出が甦ると、家族に対する言葉使いに戻ってしまう。

「もし、オールドフェイスが自重して別の行動を取っていたら、僕は普通の子供として暮らしていて楽しかったのかな?」

 子供の頃に見掛けた、両親と遊園地や旅行に行く同世代の姿に、嫉妬を覚えたものだった。
 両親から教育を受け、複数の専門家から授業を受ける日々が、普通でないのは理解していた。
 自分の産まれながらの立場も。

 だが、理解できても納得できるものではない。
 困った事に暁には、その不満を押さえ付ける理性が備わっていたのだ。

 暁達は、何度も使命にも押し潰されそうになっていた。
 目的意識を持つ両親と、同じ立場の仲間がいたからこそ、背負わされた指名を完遂できている。

「父さんの孫には、不自由な思いはさせない様にするよ」

 せめてもの救いは、両親に孫の顔を見せられた事くらいだ。
 その成長は見せてやれなかったが。

「僕達は、祖先の犯した過ちを忘れず伝えていくよ。場合によっては、僕達をも滅ぼす次世代人類を作ってでも」

 取り合えず、目前の人類滅亡は回避されたが、以後も安泰な訳ではない。
 場合によっては、人類という【種】を地球から排除する必要があるのかも知れない。

 人類の苦難は、終わった訳ではない。
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