ステージの裏側

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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07 猫殺

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 狭いEPSスペースにしゃがみこんで、一ノ瀬はパソコンをデータベースやセキュリティカメラに繋いだ。
 LAN(ローカルエリアネットワーク)は、外部からの侵入には厳しいが、内部からはアクセスしやすい。
 特に点検用のコネクタからは、一部の重要ファイルを除いて、殆どのシステムにアクセスできた。
 本来は、もっと厳しいのかも知れないが、施設閉鎖の時にセキュリティシステムの多くが、解除されたのかも知れない。

「動力が生きてるのをいいことに、あの誘拐犯達が活用しているのかしら?」

 一概に、部外者が奪ったとは限らない。
 日本企業と言えど、海外の資本や学者が入っていないとは限らないのだから。
 施設閉鎖後に、裏パスなどで施設を再稼働して利用した可能性も有る。

「この私の手で、誘拐犯の正体を暴いてやるわ!」

 あのニューフェイスでさえ、末端を叩く事しか出来なかった誘拐組織の全貌を、白日のものにできるとなれば、興奮するなと言う方が無理な話だ。
 システムが生きているなら、通信logなどを後日に解析すれば、関係者や本拠地も突き止められるだろう。
 先天的能力で、努力している人間より持て囃されるニューフェイスに、嫉妬していないと言えば、嘘になる。
 だからこそ彼女は、このチャンスにしがみついていた。

「検索可能なファイルを、片っ端からコピーして圧縮保存っと。それに、この施設の使用目的も調べなきゃ」

 セキュリティカメラを切り替えていくと、中には動物を飼育しているエリアがあった。
 ちょうど大型犬の出産らしく、数人の人影が集まっている。

「ちょうど、頭が出てきたみたいね。・・・・って、コレって人間の子供?」

 犬が、人間の子供の様なものを産んでいる。
 しかし、人間より小さく体に斑が有るし、鼻の辺りも人間よりも大きい。

「犬にキメラノイドを産ませてるわけ?犬なら成長は早いし、数も多い。遺伝子の一部が同じなら無理じゃないのかも知れないけど」

 胎児の遺伝子は、母親とは違う。母体は他者を胎内で育む事が出きる。
 20世紀にクローンの代理母が話題になったが、遺伝子上の共通点が多い程、代理母親としては有用らしい。

「ここがキメラノイドの生産工場なの?海外からの密入国だと警備を増強したのが無駄だったみたい。そうよね、少しの工作員さえ送り込めば、日本の技術者を拉致して日本の施設を再利用して、更なる工作員が現地生産できる。平行して日本の遺伝子操作技術も入手ができるって筋書きね」

 技術者や科学者の誘拐が、国外への拉致目的だと考えて、政府は水際対策を強化してきた。
 だが、諸外国が求めているのは技術であって、科学者本人ではないらしい。
 確かに連れ出すリスクも生じるし、関係する国が限定されるかも知れない。

「キメラノイドに手術をしている画面も有るわね、普通の人間?敵国の人かしら?いや、誘拐された人には医師も居たわね」

 先日救助された者にも薬物反応があったので、薬漬けや洗脳、脅迫によって協力させられているのだろうか。

「コレだけでも持ち帰れば、スクープ間違いないわ。先に警察に持ち込めば、編集長にも文句は言わせない」

 幾つかの監視カメラの映像をパソコンに納めて、一ノ瀬はEPSスペースを出た。
 事前に避難ルートにキメラノイドなどが居ない事を確認してから。

「本当は、もっと調べたいけど、これ以上は危険よね」

 彼女なりに、捕まるリスクを回避する事を考えている様だ。
 欲を出さず、この情報を持ち帰る為に、彼女は来た道を急いで引き返していく。

 だが、一ノ瀬が非常階段の扉を開くと、そこには数名のキメラノイドが待ち構えていた。

「ウソっ!非常階段には、誰も居ない筈っ」

 慌てて引き返えそうとすると、いま来た通路にもキメラノイドが待ち構えて、彼女に銃を向けていた。

「ズット、ミテイタ。カメラデータモ、ウソナガシタ。アキラメロ」

 彼女は失念していたのだ。カメラで非常階段までの安全が確認できたと言うことは、彼女の侵入もカメラに映っていたと言うことだ。
 当然だがセキュリティセンターに監視員は居るだろうし、EPSスペースから出る直前に、カメラ映像を偽物と入れ替える事も、セキュリティセンターなら可能だろう。

「命くらいは助けて・・・くれないわよね?」

 非常階段に、数発の銃声が鳴り響いたのだった。




「御客さん、こんな所でいいんっすか?」
「ああ。この廃墟を目印に迎えが来る事になってるんでな」

 有人タクシーから降りた中年男性は、そう言ってタクシーを見送った。

 ここは一ノ瀬が車を隠したバイパス沿いの廃家屋だ。
 その男性は家に近付くと、ガレージの扉の横にある壁を押した。
 そこは隠し扉だったらしく、少しの操作で容易に開いたのだ。
 ガレージの中に入った中年男性は、上着を開いて腹部から何やら取りだし、カツラとフィスシールを剥いでいく。

 彼は笹生界人だった。

「今回は、ちょっとやり過ぎたみたいだね一ノ瀬記者?オールドタイプにも『好奇心は猫をも殺す』って、ことわざがあったはずなんだけど?あぁ、でもアレはイギリスのことわざだったかな?」

 そう言いながら彼は、ガレージの内部に隠されていた幾つものマイクロカメラを外していく。
 真新しいソレは、界人が数日前に設置したものらしい。
 そして、レンタカーに取り付けた複数の発信器をも取り外していく。

「会社のコンピュータからも閲覧logを消しておくべきだし、幾つもの軽率な行動ばりだったね。確か車のキーは、この引き出しだったかな?」

 途中で落としては困るし、車に付けっぱなしもマズイので、一ノ瀬はガレージ内の棚にキーを隠していたのだ。

「悪いが、この拠点を把握はしていたが、まだ潰す訳にはいかないんでね」

 界人は、ガレージの扉を塞いでいた紐を取り去り、一ノ瀬が着ていたのに似た服に着替え、帽子とマスク、サングラスをしてからガレージの扉を開いた。

 車に荷物を積み込み、車を運転してガレージの外に出した。
 そして、荷物から取り出した錆びた鎖と鍵で、ガレージを再施錠していく。

 ガレージの外観を確認すると彼は、車に乗り込み名古屋方面へと走らせた。




「編集長。一ノ瀬が行方不明って本当ですか?事件に巻き込まれたんじゃないんでしょうか?」

 休暇が終わっても一ノ瀬と連絡が取れず、捜索依頼を出したところ、レンタカーが名古屋に乗り捨てられていたと警察から連絡が来た。

「警察では、事件と失踪の両方で捜査を始めているそうだ。休暇の頭で一ノ瀬が会社に来ただろ?あの時にコレを預かった」

 編集長が出したのは、ワープロで書かれた退職願いだった。

「車が見つかったって言う名古屋は、一ノ瀬の実家が有りますよね?」
「実家にも返ってない事は、俺が確認した。勿論、警察もだ」

 事件に深く関わった者が、家族にも迷惑をかけない様に、姿を隠す事が無い訳ではない。

「一ノ瀬は、いろいろな事件を追ってたからな。良くて海外、悪くて名古屋港の沖合いだろうな」
「縁起でもない事を言わないで下さいよ、編集長」
「兎に角、この退職願いは受理しとくしかないだろう」
「帰ってきますかねぇ?」
「さぁなぁ?海外に逃げて定住した記者も居るからな。それより、欠員が出た分だけ仕事は増えるんだ!さっさと仕事に戻れ」
「分かりましたよ、冷血編集長殿」

 編集長は一ノ瀬と親しかった記者を、さっさと現場に追いやった。
 彼の側に誰も居なくなったのを確認して、編集長はうつ伏せてデスクに頭を何度かぶつけるのだった。

「馬鹿な奴だ!だから止めたじゃないか」

 退職願いの封筒の文字が、編集長の涙で滲んだ。
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