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私が動揺していると、ぱちぱちとどこかから何かが燃えるような音がしてきた。
それに、馬車の中が熱くなってきたような……。
――まさか!
はっと周囲を見ると、馬車から火が上がり始めているようだった。
――ああ……、私が薄幸(白光)令嬢だなんて思ったからかしら……?
誘拐された挙句、運悪く馬車が燃え、縛られているせいで逃げられもしないとは……。
確かに元から幸が薄い方だという自覚はあったが、これはさすがに酷い。
ついていないにもほどがあるだろう。
あまりの運の悪さに、気が遠くなってしまう。
――違う。それだけじゃなくて、煙を吸ってしまったからだ。
「けほけほ……っ」
薬のせいで上手く喋れないというのに、煙を吸ったせいで喉が焼けるように熱い。
周囲の火はどんどんと大きくなって、視界が赤く染まる。
――ああ、もう……。
熱くて、苦しくて、何も考えられない……。
「フェリシア!!」
聞き覚えのある声がする。
馬車全体に水がかけられ、あれだけ燃え盛っていた炎が一瞬で消えていくのがわかった。
「フェリシア! フェル!!」
誰かが私の体を馬車から引きずり出し、強く抱き締めてくる。
この人は、誰だろう……。
必死に私の名前を叫ぶ声に覚えがあるのに、頭がぼんやりして、すぐに思い出すことができない。
「ユー……リー……?」
霞む視界の中で目を凝らせば、月夜に照らされた見覚えのある銀髪が、視界の端で夜風に揺れていた。
私は絞り出すようにして、ユーリーの名を呼ぶ。
「死なないでくれ、フェル」
ぽたりと、ユーリーの薄紫の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
私の頬に落ちた雫が、ゆっくりと顔を伝って流れていく。
薄幸なだけで私は死なない、と。
そうユーリーに言いたかった。
――それに私、まだユーリーに気持ちを伝えてない。
私を抱いて涙を流す姿を見て、自覚してしまった。
私はこの、得体の知れない魔術師が……。ユーリーが好きなのだと。
言わないといけないのだ。
それなのに、もう。言葉が出ない。
ここで死んだら、私はどうなるんだろう。
消えてなくなるのだろうか。それとも再びループの流れに戻るのか。
意識が遠くなっていく中、ユーリーが魔法を使う気配がした。
――ああそっか、そういうこと。
そうして死の直前になって、私は全てを思い出し……そして気づいたのだ。
――――――
俺の腕の中で、フェリシアが目を閉じる。
俺の腕の中で、フェリシアの命の火が消える。
そんなこと、俺は許さない。
彼女が幸せになれないなんて、許さない。
フェリシアが幸せになるためなら、俺の生命なんて安いものだ。
彼女のためなら俺は、何度だって寿命を差し出して時を巻き戻す。
俺は――。
「……」
俺は、まだ温もりの残るフェリシアの唇へ、自分の唇を押し付けた。
「君の不幸な結末なんて、俺が覆してみせるよ」
それに、馬車の中が熱くなってきたような……。
――まさか!
はっと周囲を見ると、馬車から火が上がり始めているようだった。
――ああ……、私が薄幸(白光)令嬢だなんて思ったからかしら……?
誘拐された挙句、運悪く馬車が燃え、縛られているせいで逃げられもしないとは……。
確かに元から幸が薄い方だという自覚はあったが、これはさすがに酷い。
ついていないにもほどがあるだろう。
あまりの運の悪さに、気が遠くなってしまう。
――違う。それだけじゃなくて、煙を吸ってしまったからだ。
「けほけほ……っ」
薬のせいで上手く喋れないというのに、煙を吸ったせいで喉が焼けるように熱い。
周囲の火はどんどんと大きくなって、視界が赤く染まる。
――ああ、もう……。
熱くて、苦しくて、何も考えられない……。
「フェリシア!!」
聞き覚えのある声がする。
馬車全体に水がかけられ、あれだけ燃え盛っていた炎が一瞬で消えていくのがわかった。
「フェリシア! フェル!!」
誰かが私の体を馬車から引きずり出し、強く抱き締めてくる。
この人は、誰だろう……。
必死に私の名前を叫ぶ声に覚えがあるのに、頭がぼんやりして、すぐに思い出すことができない。
「ユー……リー……?」
霞む視界の中で目を凝らせば、月夜に照らされた見覚えのある銀髪が、視界の端で夜風に揺れていた。
私は絞り出すようにして、ユーリーの名を呼ぶ。
「死なないでくれ、フェル」
ぽたりと、ユーリーの薄紫の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
私の頬に落ちた雫が、ゆっくりと顔を伝って流れていく。
薄幸なだけで私は死なない、と。
そうユーリーに言いたかった。
――それに私、まだユーリーに気持ちを伝えてない。
私を抱いて涙を流す姿を見て、自覚してしまった。
私はこの、得体の知れない魔術師が……。ユーリーが好きなのだと。
言わないといけないのだ。
それなのに、もう。言葉が出ない。
ここで死んだら、私はどうなるんだろう。
消えてなくなるのだろうか。それとも再びループの流れに戻るのか。
意識が遠くなっていく中、ユーリーが魔法を使う気配がした。
――ああそっか、そういうこと。
そうして死の直前になって、私は全てを思い出し……そして気づいたのだ。
――――――
俺の腕の中で、フェリシアが目を閉じる。
俺の腕の中で、フェリシアの命の火が消える。
そんなこと、俺は許さない。
彼女が幸せになれないなんて、許さない。
フェリシアが幸せになるためなら、俺の生命なんて安いものだ。
彼女のためなら俺は、何度だって寿命を差し出して時を巻き戻す。
俺は――。
「……」
俺は、まだ温もりの残るフェリシアの唇へ、自分の唇を押し付けた。
「君の不幸な結末なんて、俺が覆してみせるよ」
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