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しおりを挟む銀髪の男は、古びた木の杖を持っているようだった。
――この人、魔術師……?
この国には、時たま魔力を持って生まれる人間が存在する。その人たちのことを『魔術師』と呼ぶのだが、実際に目にしたのは初めてだ。
「君たちにはお仕置きだ」
彼が何事かをぼそぼそと呟くだけで、地面の男たちが悶え苦しむ。
「ぐ、ぐえええぇ……ッ」
「ま、待って! 殺さないで……!」
男たちの断末魔にようやく我に返った私は、慌てて魔術師に駆け寄った。
「どうして。この男たちは、君を殺そうとしたんだよ」
「どうしても!」
――あれ……私、この人とどこかで会ったことある?
風に揺れる銀の髪と、薄紫の瞳。眼鏡をかけているせいか余計ミステリアスに見える。
不思議な雰囲気の男性だ。
私は、魔術師なんて存在に会ったことなどないはず。
この男性にも、会ったことがないはず。
それなのに、間近で魔術師の顔を見上げて、私は妙な既視感に襲われてしまった。
「……仕方ないなぁ。君がそう言うなら」
内心困惑している私のことなど知らない魔術師は、杖先をくるりと回した。
それだけで、男たちの苦しみはなくなったらしい。男たちははぁと、深く息を吐き出している。
「ほら、早く逃げな。俺の気が変わらないうちに」
「ひっ、ひいいいい」
魔術師が冷たい視線を男たちに向けると、男たちはどこかへ一目散に逃げていった。
その場に残されたのは、私と魔術師だけ。
男たちが走り去るのを見送ると、魔術師は私の方へ向き直った。
「あ、あの……」
「君、どうしてこんなところにいるのさ?」
「どうしてと言われても」
私はこの男性と初対面のはずだ。
なのに、どうしてそんなことを言われないといけないのだろう。
――本当に初対面?
ふと、思い出す。
先程この魔術師は、私の名前を呼んだ。しかも親しい間柄でしか呼ぶことしかない私の愛称『フェル』と。
「あなたこそ、誰? どうして助けてくれたの?」
私が聞くと、魔術師は酷く困ったように顔をしかめた。
何かを言おうとして口を開きかけ、一旦閉じる。
「……俺はユーリー。ただの魔術師だよ」
「ユーリー……」
名前を繰り返してみるが、やはり私の知り合いではないはずだ。名前に心当たりがない。
「ほら、これをあげるから帰りな。婚約者殿が待っているだろう?」
――なんで私の事情を知ってるのよ。
ユーリーは私の手を掴むと、くるりと手のひらを上向けさせた。
そこにユーリーが手をかざすと、光とともに手のひらサイズの白い花が現れる。その美しい光景に、私は目を……心を、奪われてしまった。
――魔法って、こんなにきれいなの?
「お守りだ。家に着くまで、君のことを守ってくれるだろう」
「家には帰らないわ。婚約は破棄したし、私はもう公爵令嬢じゃないの」
私の言葉に、ユーリーがぎょっと目を剥く。
それを見て、私は決めた。ユーリーについて行くことを。
「私をあなたの弟子にして」
「な……」
私の発言に、ユーリーが絶句している。
でしょうね、と私も思う。
本来の私であれば、こんな決断はしなかったかもしれない。
しかし、繰り返しを終わらせたい一心と、半ばやけになっていたせいもあったのだろう。
ユーリーは悪い人ではないと思う。私のことを助けてくれたし、お守りの花とやらもくれた。
どうせ行くあてもない。それならいっそ、心のおもむくままに行動してみたい。
ユーリーがどうして私のことを知っているのか気になるし……。
そしてなにより、彼の魔法に惹かれたのだ。
「……弟子って言っても、君……魔力ないでしょ」
ちらりと私を見たユーリーは、苦笑すると歩き始めた。
「ないけど……雑用でもなんでもするわ」
ユーリーは身長が高いせいか歩幅も大きい。
私は早歩きでユーリーを追いかけながら答える。
「……家には帰らないんでしょ? まさかとは思うけど住み込む気? 俺と二人暮らしだよ?」
「ダメなの? あなたはいい人でしょ?」
この人は、多分私の嫌がることはしない。
なんだか妙な確信があった。
先手を打つようにそう言うと、ユーリーは言葉に詰まったようだった。
「……わかったよ。君の気が変わるまで面倒見よう」
「ありがとう!」
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