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「僕は、真実の愛を見つけたのだ。フェリシア、君との婚約は、破棄させてくれ」

「ごめんなさい、お義姉様……。私、ヘンリー様をお義姉様から奪うつもりとかなくて……」

「ああ、エレノア……、君が気に病む必要はないさ。悪いのは僕だ……。君の魅力に抗えなかった僕が悪い」

「まぁ……ヘンリーさま……」

 目の前で寄り添い合うのは、私の婚約者だった伯爵家長男・ヘンリーと私の義妹・エレノア。
 仲睦まじい二人の姿に、私、フェリシア・ウィングフィールドは思った。
 
 ――もう、いいや。と。

 この光景を見るのは、になる。
 毎度決まって、婚約破棄を告げられた後にエレノアが私を見てニヤリと笑う。そして次の瞬間、世界が暗転して私は一年前に戻ってしまうのだ。

 一年前の、ヘンリー様との婚約が決まった瞬間へと。
 
 初めは、初恋の人でもあったヘンリー様から婚約破棄されたことが悲しかったし、それ以上に義妹に奪われたことが悔しかった。
 だからこそ、やり直す機会を与えられて喜びもした。

 しかし、ヘンリー様に前以上にアプローチするも上手くいかず。二人が仲良くなるのを徹底的に邪魔してみても意味がなく。仲の悪かった義妹といっそ仲良くなろうとしてもダメ。義妹と距離をとってもダメ。
 結末は毎回同じ。婚約破棄されてまたループするの繰り返し。

 そうして四度目の婚約破棄が告げられて、なんだか気持ちが冷めてしまった。

 ――そんなにエレノアが好きなら、もう好きにして。姉と婚約が決まっているのに義妹に手を出すような男、私だって願い下げよ。

「……そうですか」

 私はただ一言だけ返した。
 エレノアが私を見て、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。それを合図に世界がぐるりと回り、暗くなる。
 
 ――ああ、やっぱりまただ。

 ぐるぐると回る視界の中、私は考える。
 
 ――もし、またあの日に戻るなら……次は……。


 ◇◇◇◇◇◇


「……では、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。今後ともよろしく頼む」

 はっと目を開けると、そこは屋敷の客間だった。
 私の隣には、ウィングフィールド公爵家の当主であるお父様。目の前には、ヘンリー様とそのお父上である伯爵様が座っている。

 ――やっぱりまた戻ってきたみたいね。

 このシーンを見るのはこれで五度目になる。
 忘れもしない、ヘンリー様との婚約が決まった日だ。

「これからよろしくね。白光はっこうの令嬢として名高い君と婚約できるなんて嬉しいよ」

『白光の令嬢』とは、私のことを示すあだ名みたいなものだ。
 ホワイトブロンドの髪や肌の白さから、私は社交界で『白光の令嬢』と呼ばれていた。

 ――何が白光、よ。白光じゃなくて、薄幸の間違いでしょ。
 
 皆は褒め言葉として呼んでくれたのだろうが、今となっては別の意味に聞こえる。
 何度も婚約破棄され続けて、やさぐれ気味の私は思う。

 幼い頃に母を亡くし、五年前に再婚した父が連れてきたのは義妹と、義妹ばかりを優遇する継母だった。
 義妹・エレノアは、服でも本でも私のものをなんでも羨ましがり、すべて盗っていった。
 父は継母に頭が上がらないらしく、義妹が私のものを盗っても何も言ってくれない。
 挙句、継母は金遣いが荒いようで、ウィングフィールド公爵家の家計は火の車に陥っていた。

 この婚約は、いわゆる政略結婚だ。
 私が伯爵家へ嫁ぐ代わりに、公爵家うちに融資してもらうことが決まっている。

 それでも私は、ヘンリー様のことが好きだった。

 ――でも、それは今までの話。

「フェリシア?」
 
 差し出されたヘンリー様の手。
 今までは、その手を握り返していた。
 しかし、今回はそれをはたき落とした。

「申し訳ありませんが、その婚約、破棄させていただきますね」
 
「……は?」

 婚約が結ばれてものの数分で破棄されるだなどと、誰が思うだろう。
 ヘンリー様がぽかんとしている。いい気味だ。
 
「フェリシア! この結婚の意味がわかっているだろう!?」
 
「ヘンリー様のお相手でしたら、私じゃなくてもよろしいでしょ? エレノアなんていかがかしら」

 この結婚の意味なんてわかっている。
 だけれど私はもう、ヘンリー様との結婚にうんざりしているし、エレノアにもお義母様にもお父様にも嫌気がさしていた。

 ――なにより、もうループするのは嫌だ。
 
 怒鳴る父を尻目に、私はソファーから立ち上がった。

「勘当でも好きになさってくださいな。私はこの家を出ていきます」

 呆気に取られている三人を放置して、私は急ぎ足で自室に向かった。

 
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