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最終章
51・宰相の妻は幸せな夜を迎える
しおりを挟む――さすがにつっかれたぁ……。
結婚式もお披露目パーティーも無事に終わった。
夕ご飯も食べたしお風呂も入った。
あとはもう寝るだけだ。
――みんなに会えたし、よかったなぁ。
ニコラに、エルウィン様。フォート公爵様とフォルスター公爵様にも会えた。
親しい人たちに祝福されて、とても幸せな一日だった。
私が自室に戻ろうと廊下を歩いていると、メイドさんたちに遭遇した。私を見て、とても驚いた顔をしている。
一体どうしたんだろう。
「奥方様、どうしてこちらにいらっしゃるんですか?」
「え? 普通に自室に戻ろうとしてるだけですけど……」
「いやいやいや、今日くらいはリシャルト様のお部屋に行って差しあげてくださいまし」
「お願いですから。さすがに坊っちゃまが可哀想です」
メイドさんたちは私の背中をぐいぐいと押してくる。
そんなことを言われても、もうリシャルト様の部屋は通り過ぎてしまった。
「ええ? なんでですか」
「いくらお二人が清い仲であるとはいっても、今日がいわゆる初夜ですよ?」
「これも奥方様の務めです」
この時間に、こんなネグリジェ姿でリシャルト様の部屋に行くのは気恥しいのだけど。
メイドさんたちのいつにない勢いに抵抗できず、私はリシャルト様の部屋の前まで連れていかれてしまった。
そのままメイドさんたちが、コンコンと部屋の扉をノックする。
「え、ちょ」
「あとは、グッドラックです! 奥方様!」
「良い夜を!」
「おやすみなさいませ~!」
メイドさんたちはピンポンダッシュならぬノックダッシュをして勢いよく逃げていった。
廊下を走ってはいけません、といつもハーバーさんに叱られているはずなのにあの人たちは……。
私がはぁ、とため息をつくと、目の前のドアがゆっくりと開かれた。
中から、軽装姿のリシャルト様が現れる。
「ど、どうかしましたか? キキョウ」
私が訪ねてくるとは思っていなかったらしい。驚いた様子のリシャルト様は、私を部屋に招き入れてくれた。
リシャルト様の部屋の中で、ここまでの事情を話す。
メイドさんたちの仕業だと分かると、リシャルト様はやれやれとため息をついて額を押さえた。
「はぁ……全くあの人たちは……」
悪い人たちではないし、リシャルト様や私のことを思って行動してくれているのは分かる。
だけど、結構振り回されているのも事実だった。
「そういうわけなので、私は失礼しますね」
私は部屋に戻ろうとする。
一緒には過ごしたいけれど、もう夜も遅い。リシャルト様もお疲れだろうし、ゆっくりしたいだろう。
そう思ったのに。
「……戻ってしまうんですか?」
リシャルト様に手を掴まれて引き止められた。
「え」
振り向くと、いつになくリシャルト様が真剣な瞳をしてこちらを見つめている。
私はその視線にぬい止められて、思わず動きを止めてしまった。否、動けない。
「メイドたちの心遣いに感謝しているのは、僕だけですか?」
リシャルト様が一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
「僕は臆病だから……。あなたに嫌われたくなくて、今までずっと踏み込めなかった」
リシャルト様の雰囲気がいつもと少し違う気がした。
まるで、お酒を飲んだリシャルト様に押し倒されたあの時のよう。
でも今のリシャルト様は酔っていないはずだ。
「今夜だって……。本当は僕が勇気を出すべきだったんです。メイドたちに気を遣われないと勇気を出せないなんて、僕は愚か者です」
「り、リシャルト、様……?」
間近で見下ろされて、一気に自分の体の熱が上がっていくのがわかる。
どうしてか緊張してしまって、どもってしまった。
「僕は……、あなたと夜を共にしたいです」
リシャルト様の青い瞳が、熱で揺らめいている。
すごく綺麗で、私は目が離せなくなってしまう。
「いけませんか……? キキョウ」
いけないなんて、そんなことあるわけがない。
私だってリシャルト様のことが好きなのだから。
「そんなこと、ないです。私も、リシャルト様と……。一緒に過ごしたいです」
私は自分からも一歩、リシャルト様に近づいた。
もう距離なんてほとんどない。
抱きつくような距離感に、自分の鼓動がまた一段と早くなっていくのが分かる。
「ああ、よかった。僕は、とても幸せです」
リシャルト様が泣きそうな顔で微笑んだ。
――ああ。やっぱりあの日この人の手を取ったのは間違いじゃなかった。
アルバート様に婚約破棄されたあの日、リシャルト様が求婚してくれたから。
あの日、私が手を取ったから。
今この瞬間の幸せがある。
「キキョウ……。愛しています。ずっとずっと……、大好きです」
「私もです」
幸せそうに私を見つめてくるリシャルト様に微笑み返して、私はリシャルト様の体に手を回した。
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