【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那

文字の大きさ
上 下
51 / 66
第4章

41・宰相の妻は治癒する②

しおりを挟む

 屋敷にたどり着くと、キャリッジでリシャルト様を治癒していて手の離せない私の代わりに、御者がハーバーさんを呼びに行ってくれたようだった。

 キャリッジの扉を開けたハーバーさんは、馬車でぐったりと横たわるリシャルト様を見て、いつもは穏やかに細めている両目を驚きで見開いた。

「何があったんですか、これは……!」

「ハーバーさん! 後で話しますから、リシャルト様をベッドへ運んでください……!」

 こんな馬車の中では、良くなるものも良くならないだろう。
 私は自分でも驚くほど必死な声で、ハーバーさんに懇願していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 御者とハーバーさんが協力して、リシャルト様をキャリッジから運び出してくれた。どうにかリシャルト様の部屋のベッドに寝かせることができて私はほっとひと安心する。

 リシャルト様の部屋に入るのはこれが初めてだった。
 まさかこんな形でリシャルト様の部屋に入ることになるなんて思わなかったな……。

 屋敷に着くまでの馬車の中で治癒し続けたおかげか、リシャルト様の額の傷は塞がって血は止まっていた。
 よかった……。

「なるほど、そんなことが……。それは大変でしたね」

 ハーバーさんに今日の出来事を話すと、酷く同情したような視線を私たちに向けた。
 確かにとても大変な1日だった。

「そうですね……」

 私はベッド横に置かれた木製の椅子に腰掛けた。
 ハーバーさんの言葉に同意しながら、再びベッドに横たわるリシャルト様の治癒を再開する。

「リシャルト様、私を庇ってくれて……。リシャルト様を守れなくて、ごめんなさい」

 私はハーバーさんに向かって謝罪の言葉を口にした。
 ハーバーさんにとって、リシャルト様はずっと仕えてきた大切な主人のはずだ。

「そんな……。奥方様、謝らないでください。リシャルト様は、あなたを守れて本望だと思いますよ」

 確かにリシャルト様は「必ず僕が守ります」と何度も言ってくれていた。
 本当に守ってくれた。
 だけど、その代わりにリシャルト様を失いたくなんてないのだ。

 ――今度は、私がリシャルト様を助けなきゃ。

 私は決意を込めて、ハーバーさんを見た。

「ハーバーさん。私が、必ずリシャルト様を治癒します」

 どれだけ時間がかかろうとも、リシャルト様が目を覚ますまで必ず。
 私の言葉に、ハーバーさんは深く頭を下げた。

「よろしくお願いします」
 

 ◇◇◇◇◇◇


 ハーバーさんはリシャルト様の治癒を続ける私の邪魔をしないためか、部屋を出ていった。
 
 屋敷での治癒を始めて30分が経ったが、リシャルト様はまだ目を覚まさない。
 私が小さく息を吐き出すと、メイドさんたちが静かに部屋にやってきたところだった。

「奥方様……。無理はなさらないでくださいね。」

 サイドテーブルに、そっと水差しとコップを置いてくれる。
 ありがたい……。

「ありがとうございます」

 メイドさんたちも、ハーバーさんから事情を聞いたのだろう。いつもは小鳥のようにさえずっているのに、今までにないほど静かで、差し入れを置いただけで音を立てないようにして部屋を出ていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 メイドさんが来てくれてから、どれだけ時間が経っただろう。
 屋敷に帰った時は夕方だったのにもう日が落ちきって、窓の外には星がきらめいていた。

 ――リシャルト様、いつになったら目覚めてくれるんだろう……。

 それなりの高さがある階段から、まるでサスペンスドラマのように転がり落ちた。私を庇うような体勢だったせいでまともに受け身も取れなかっただろう。階段から落ちる間にどこかで頭もぶつけたようだし心配だ。

 ――これじゃまるで、あの日みたい。

 私は10年前のあの日のことを思い出していた。
 リシャルト様を助けたあの日。

 フォルスター公爵家の領地があるのは、隣国との境界からほど近い場所だった。
 今はもうその隣国との戦争は終わっているが、当時は戦闘が激化していたときで、リシャルト様もそれに巻き込まれてしまったようだった。
 
 幼いリシャルト様は敵兵に切りつけられ、大きな怪我を負っていたのだ。

 それを治したのが私だ。

 ――お願いだから、治って。

 あの日も、同じように願った。

 大怪我をした少年が、早く良くなりますようにと。
 ただ一心に、願った。

 あの日の自分と、今の自分の気持ちが重なる。

「リシャルト様……。お願いです。目を開けて……」

 繋いだリシャルト様の手を、私はぎゅっと両手で握りしめた。
 その時だ。
 握りしめたリシャルト様の指先が、ぴくりと動いたのは。

「……き、きょう……?」

 ゆっくりとリシャルト様の瞼が持ち上がり、美しい青い瞳が現れる。
 その様に、私は涙がこぼれるのを止められなかった。
 
「リシャルト様……! 良かった……。リシャルト様……っ」

 私はたまらずリシャルト様に抱きついた。
 ああ、本当に良かった! またリシャルト様の声を聞くことが出来たことに、ほっと安堵の気持ちが私の心に広がっていく。
 リシャルト様はまだぼんやりとしているようだったが、涙をこぼす私の背を優しくさすってくれた。

「……良かったです。今度はちゃんと、あなたを守れたみたいですね……」

 リシャルト様の声が優しくて、傷ついているというのに幸せそうで。
 だから私は余計に泣いてしまった。
 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

処理中です...