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第4章
35・宰相の妻は初めての社交場へ行く
しおりを挟む私がリシャルト様の屋敷にやってきて22日目。
先日リシャルト様から話があったように、フォート公爵家主催の茶会へ行く日がやってきた。
「奥方様、頑張ってくださいね」
「リシャルト様、しっかりフォローなさるんですよ」
「お気をつけて」
謹慎処分が無事に終わったメイドさんたちは、玄関先で見送ってくれる。
「ありがとう」
私は、いつもより豪華目なドレスに内心ドキドキしていた。
私が着ているのは、大人っぽい印象の薄花色のドレスだ。フリルとレースがついているものの控えめで美しい。同じ色のミニハットまで頭に載せられた。すごくオシャレをした気分。
私を茶会に行くためのドレスに着付けてくれたのは当然メイドさんたちだ。
久々に表へ立つことを許された彼女たちはとても嬉しそうだった。
「謹慎処分が明けたばかりだと言うのに、お前たちは……」
メイドさんたちの隣でハーバーさんは頭を抱えている。
この一週間、本当に裏方で頑張っていたみたいだから、謹慎処分明けの今日くらいはさすがに許してあげて欲しい……。
一瞬私の脳裏に、2日前の地下の作業場で見た、目に光のないメイドさんたちの姿が浮かんだ。あんな元気のないメイドさんたちはもう見たくない。
「ではキキョウ、行きましょうか」
リシャルト様が私に手を差し伸べてくる。
正装をしたリシャルト様は、隙がなくてかっこいい。この間の夜、ブランデーの入ったホットミルクを一口飲んだだけで見事に酔っ払った人とは同一人物に思えない。
あれはあれで可愛かったけども。
「はい」
あの可愛い姿を見るのは、私だけがいい。
私は密かにそう思いながら、リシャルト様の手を取って馬車に乗り込んだ。
「リシャルト様、奥方様。行ってらっしゃいませ。」
◇◇◇◇◇◇
茶会が行われるフォート公爵のお屋敷は王都にある。
馬車で小一時間ほど揺られたどり着いたそこは、リシャルト様の屋敷とはまた雰囲気が違った豪邸だった。
リシャルト様のお屋敷は全体的にアンティーク調というか、レトロな印象を受ける。それに対してフォート公爵のお屋敷は、白を基調としたもの。爽やかでこれもまた美しい屋敷だ。
「キキョウ、僕の腕をしっかり持っていてくださいね」
馬車を降りるとリシャルト様はそう言った。
「はい」
「本当はあなたと手を繋ぎたいのですが……」
リシャルト様はどこか歯がゆそうだ。
いつもなら手を繋ぐのだろうが、さすがにこの茶会の場ではマナー違反なのだろう。
私はそっとリシャルト様の腕に自分の手を回した。
「……新鮮です」
手を繋ぐよりも密着度が高いし、なおかつ大人っぽい気がして、少しだけ照れくさい。
私がそう呟いてリシャルト様を見上げると、リシャルト様の頬がほんのりと赤くなっている気がした。どうしたのだろう。
私の視線に気づくと、リシャルト様は咳払いをして顔を逸らした。
「そうですね、新鮮ですね。…………あなたとこうして密着できるなんて、幸せすぎます…………」
「?」
後半、何やら早口でぶつぶつ言っていたが、リシャルト様が口元を手で覆っていたせいかよく聞き取れなかった。
「リシャルト様、並びに奥方様。ようこそおいでくださいました」
私たちがやって来たことに気づいたのか、複数の使用人さんたちがやってくる。
出迎えてくれたフォート公爵家の使用人さんたちは、私たちにお辞儀をしてくれた。
そのまま、会場となる庭へと案内される。
……庭?
私はリシャルト様にこそっと尋ねた。
「すみません、今更な質問なんですけど……。今日のお茶会って庭でするんですか……?」
リシャルト様から茶会の話を聞いたのは一昨日のことだ。
一昨日も昨日も、リシャルト様は当然仕事で忙しそうですっかり聞くのを忘れていた。
一応茶会の作法の復習はしてきたが、ハーバーさんにでも、具体的に聞いておくべきだったと私は後悔している。
なんかヘマしそうで怖い。
「あれ、言っていませんでしたっけ。すみません」
リシャルト様は不思議そうにしている。茶会について私とほとんど話していないことに気づいたらしく、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「今日はガーデンティーパーティーの形式なんですよ」
ガーデンティーパーティー。
言葉から察するにそのままの意味だろう。
庭でするお茶会。
今世では見るのは初めてだが、前世ではテレビを通して見たことがあった。
「な、なるほど……」
テレビで見たのは確か、外国の女王様が広い庭でティーパーティーを開いている様子だ。今回招待されているお茶会は、それとはまた違うのだろうが……。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。フォート公爵はフランクな方ですし、今日の茶会はそこまで格式ばったものではありません」
リシャルト様は私を安心させるようににこっと笑う。
だが、私はリシャルト様と違い一般庶民。今までアルバート様の婚約者だったとはいえ名ばかりで、こういう社交場へ招待されたことなどなかった。なんなら、これが初めての茶会である。
ヘマしそうで怖い。
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