43 / 66
第4章
34・宰相の妻はなにかしてあげたい④
しおりを挟む「ああ……。あなたが来てくださったのに、こんな話ではいけませんね。すみません」
リシャルト様は空気を変えるように苦笑しながらそう言うと、マグカップに手を伸ばす。
「これは、ホットミルクですか? せっかくあなたが僕のために持ってきてくださったのです。冷める前にいただきますね」
「え? あ、これただのホットミルクではなくて――」
私が全てを言い切るよりも先に、リシャルト様はマグカップの中身を1口飲んだ。ブランデーが入っている方だ。カップの柄が違うので分かる。
少しして、リシャルト様はごと、とマグカップを机に置く。
いつもは物を置く時に音を立てたりしないのに、珍しい。
ふと、リシャルト様の方を見遣れば、なんか様子が変だということにようやく気づいた。
ん? なんか顔赤い?
メイドさんたちから聞いたけど、リシャルト様ってお酒弱いんだっけ。
すぐ寝ちゃいますよ、とメイドさんたちが言っていたけど……。
「大丈夫ですか……? リシャルト様……っわ!?」
私がそっと声をかけたのとほぼ同時、私はリシャルト様に押し倒されたのだった。
「え? え、え?」
突然のことに脳が処理しきれない。
一体何が起こっている?
なんで私は押し倒されているの?
「すごく、ふわふわします……。キキョウ……」
目の前には、ほんのりと赤い顔をしたリシャルト様。
青い瞳はとろんとしており、心做しか声もさっきまでよりふわふわしている気がする。
「これ、お酒入ってます……?」
少し舌足らずな声で聞かれて、私はどぎまぎしながらこくこくと頷いた。
「は、入ってます……。その方がよく寝られるかなと思いまして……」
リシャルト様はふにゃりと笑う。
幸せそうだ……。
「僕のことを考えてくれたんですか? あなたは本当に可愛いですねぇ……」
こ、これは……。
もしかしなくても酔ってるーー!
酔うのはっや! 飲んだの一口だよ!?
「り、りりり、リシャルト様っ!?」
ふにゃふにゃとした笑顔で、リシャルト様は私の頭を撫でてくる。
いや、待て待て待て!? 可愛いのはリシャルト様の方なんですけど!?
いつもはきりりとしているのに、今のリシャルト様はまるで幼い子供のようだ。
「小さくて、ふわふわで……。いつも一生懸命で……」
一体誰のこと!?
話の流れからして、リシャルト様は私のことを言っているのだろうがイマイチしっくりこない。
小さくてふわふわだなんていう言葉が似合うのは、エマ様のようなタイプの女の子だろう。
背はリシャルト様よりは低いが平均だし、ふわふわしているタイプだとは自分では思えない。
「そんなあなたのことを、とびっきり甘やかして僕だけのものにしたいのに……。同時にあなたを泣かせて困らせたい自分もいる……。困りました」
「は、はいいい!?」
え、え、え、泣かされるのは嫌なんですけど!?
「ああ……。キキョウは知らないのでしょうね……。僕がどれだけ我慢しているか、なんて」
我慢? 一体何を我慢しているというのだろう。
私はなにか、リシャルト様に我慢させるようなことをしているのだろうか。
リシャルト様はまるで夢の中にいるかのようだった。
目の前の私を見ているようで、見ていない。
ぼーっとしているし、私の頬を撫でてくるリシャルト様の手のひらは熱い。
「知らないから……。僕のために差し入れを持って、こんな無防備な姿でここに来たんでしょう……?」
酔っているせいなのだろうが、リシャルト様の視線がいつもと少し違う。
まるで獲物を捉えた肉食獣のような……。
「ひ……っ」
私は思わず小さく悲鳴を上げた。
確かに無防備といえば無防備な格好だ。ネグリジェにカーディガンを羽織った状態で来たのだから。
ここまできたらさすがに身の危険を感じて、私は両手でカーディガンの前を引き合わせた。
「キキョウ……」
リシャルト様の体が、そのまま私に覆い被さるように落ちてくる。
私は思わずぎゅっと目を瞑った。
お願いだから元に戻ってー!
「り、リシャルト様……っ」
「…………」
重い。
リシャルト様は私の上に覆いかぶさったまま動かない。
「……ん?」
どうにか体を少し起こすと、リシャルト様は私の上で健やかな寝息を立てていた。
「……寝てる」
人をあれだけ混乱させておいて、なんだったんだ。
思わずがくっとしてしまう。
ほっとしたような、少しだけ残念なような……。
確かにメイドさんたちの言う通り、お酒を飲んだリシャルト様は上機嫌になってすぐに寝てしまった。まさか、こんな風なテンションの上がり方だとは思わなかったが。
「……おやすみなさい」
私はリシャルト様の金の髪をそっと手で梳いた。
その後、ハーバーさんが書斎にやってくるまで、私はリシャルト様の下敷きになったままだった。
翌日、何があったかを知ったリシャルト様が私に平謝りしてきたのは言うまでもない。
15
お気に入りに追加
1,083
あなたにおすすめの小説
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜
本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。
アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。
ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから───
「殿下。婚約解消いたしましょう!」
アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。
『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。
途中、前作ヒロインのミランダも登場します。
『完結保証』『ハッピーエンド』です!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる