【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那

文字の大きさ
上 下
42 / 66
第4章

33・宰相の妻はなにかしてあげたい③

しおりを挟む

 そうして夜も深け、時刻は午後10時。
 私はマグカップが二つ乗ったトレーを持って、書斎の前にいた。片方はブランデー入りのホットミルク。もう片方は普通のホットミルクだ。

 リシャルトは夕食を食べたあと、仕事をすると言って書斎に入っていった。
 ハーバーさんに聞いたところまだ仕事をしているようだったので、これは差し入れチャンスだ。と勢い込んでホットミルクを用意してきたはいいものの。
 
 ――少し、緊張する……。

 こんな夜遅くにリシャルト様のところへ行くのは初めてだった。
 私とリシャルト様は書類上夫婦ではあるが、夜を共にしたことはない。手を繋いだり、キスをされたことはあるけれど、この20日間かなり清らかな結婚生活を送っていた。

 ――夜に夫の部屋に行くって、意味に取られないかな……。

 私はこれでも一応、前世では22年、今世では16年生きてきている身だ。
 経験は無いけれど、恋人や結婚した夫婦がするであろう営みの知識だけはある。
 ああ……。ちょっと切ない……。貞淑と言えば聞こえはいいけど、こんなの胸を張って言えることじゃないんだよなぁ。
 相手がいるけど操を守った、とかではなく、そもそも前世も今世も相手がいなかったんだから。

 まぁ、それは今までの話だ。
 今は一応、両思いで結婚をしている旦那様がいるわけだ。
 別にリシャルト様と一線を超えたくないというわけではないし、もしそういう行為をするならリシャルト様がいいけれど……。
 そういうつもりで訪問するのではなく、差し入れをしたいだけだから、ここで一線を踏み越えたくない、というのが本音だ。
 
 まぁ、リシャルト様だから大丈夫でしょ。
 なんの根拠もなく私は思う。
 今までそういう手出しをされたことはないし、あの人はきっと私が嫌がることはしない。
 この短期間急速に縮められた距離だが、私はリシャルト様のことを信頼していた。
 
 そんなことよりも、ホットミルクが冷める前に持っていかないと。

「リシャルト様、入ってもいいですか?」

 書斎の扉をノックをして呼びかける。
 すると、すぐに扉が開いた。

「キキョウ? こんな時間にどうしたのですか?」

 寝る前だからか軽装のリシャルト様は、私の姿を見て少し驚いているようだった。いつもつけている片眼鏡モノクルも外していて新鮮だ。
 だが、リシャルト様の顔色があまり良くない。
 やっぱり疲れている……。

「差し入れを持ってきたんですけど、いかがですか……?」

 私がトレーを持ち上げると、リシャルト様は嬉しそうに目元を緩めた。

「ありがとうございます。どうぞ、中へ」

 リシャルト様に促されて、私は書斎の中に入る。
 書斎の中は屋敷の他の部屋と同様に、アンティーク調の家具で揃えられていた。
 暖かな橙色のランプが、部屋を取り囲むように配置された本棚を照らしている。
 部屋の奥には執務机があり、リシャルト様はどうやらそこで仕事をしていたようだった。机の上には書類が散らばっている。

「お仕事の邪魔をしてしまいましたか……?」

 部屋の中央にあるソファにリシャルト様が腰掛ける。
 私も続いて隣に座った。
 トレーはローテーブルの上に置かせてもらおう。

「いいえ。あなたが来てくれて良かったです」

「どうしてですか?」

 微笑むリシャルト様の言葉に私は首を傾げた。
 私が来てよかった、とはどういうことだろう。

「ここ最近の状況を考えて、さすがの僕も、今後が怖くなってしまいまして……」

 リシャルト様は自嘲気味に笑う。指を組んでどこか遠くを見る横顔には、疲れが滲んでいた。

「エマ様が今、聖女代理になっていることはご存知ですよね?」

「え、ええ」

 私はリシャルト様の言葉に頷いた。
 城下街でニコラと遭遇した時、そのことは聞いた覚えがあった。

「エマ様が聖女代理でいられるのは一ヶ月の間なんです。それまでに聖女の力を示さなければ、エマ様もエマ様を推薦したアルバート殿下も破滅するでしょう」

「……っ」

 静かに告げられた内容に、私は思わず息を飲んだ。
 私の知らないところで、そんなことになっていたのか。

「その一ヶ月の期限が、あと10日に迫っている」

 リシャルト様は私に視線を向けてきた。彼の青い瞳が心配そうに揺れている。

「未だ聖女として力を示せていないエマ様やアルバート殿下からしたら、もう後がない状況です。つまり――」

 リシャルト様はそこで言葉を止めた。まるで、続きを言うのを躊躇っているかのようだ。私がリシャルト様の瞳を見返すと、覚悟をきめたようだった。

「――何をしてくるか分からない。もしかしたら、あなたに危害が及ぶかもしれない。そう考えたら不安でたまらないんです」

「リシャルト様……」

「もちろん、すでに裏で色々と手は打っています。あなたのことは必ず僕が自由にしてみせますし、守ります。ですが――、もしエマ様やアルバート殿下が接触してきたら、逃げてください」

 リシャルト様に真っ直ぐな瞳を向けられて、私は困惑してしまった。
 
 エマ様やアルバート様が、私になにかしてくるかもしれない?
 そんな馬鹿な、と思う。だってあの人たちは、私のことを散々『お飾り聖女』だとバカにしてきたはずだ。念願通り、私を解任したのだからもう用はないだろう。

 だけど、と思う。あの二人に時間が残されていないのなら、確かに何をしてくるか分からない。

「分かり、ました」
 
 私はリシャルト様にそう返すしか無かった。

 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

処理中です...