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第4章
32・宰相の妻はなにかしてあげたい②
しおりを挟むメイドさんたちを探す、と決めたものの。
「どうしたもんかなー……」
私はどこを探すべきかを考えていた。
というのも、この5日間メイドさんたちの姿をちらとも見ていないのだ。
メイドさんたちは謹慎処分中とはいえ、仕事を休んでいるわけではない。しばらく裏方での作業にまわるとのことなので、私やリシャルト様の目につかないところで仕事をしているはずだ。
「ハーバーさんには聞きにくいし、料理長にでも聞いてみる……?」
このフォルスター別邸の料理を一任されている、料理長。
夕食前のこの時間、料理長なら確実に厨房にいるだろう。
◇◇◇◇◇◇
地下にある厨房をそっと覗くと、白いコック帽とエプロンを身につけた壮年の料理長が驚いた顔をして出迎えてくれた。
「ど、どうしたんですか、奥方様。腹でもすきました?」
料理長とは何度か顔を合わせたことはあるが、私が厨房に入ったのはこれが初めてだ。
厨房では、料理長を含めて数人のコックたちが慌ただしく作業をしていた。
奥にある大鍋で煮込んでいる人や、野菜の下処理をしている人など、みな忙しそうだ。
厨房中にはスープの良い香りが漂っていて、その場に入っただけでお腹がすいてくる……。
「おいしそうですね……」
思わず本音が出てしまった。
「いい匂いでしょ。今日の夕食も自信作ですよ。楽しみにしてください」
自信満々に料理長が言う。
それは夕食の時間が楽しみだ。――じゃなくて。
すっかり本題を忘れるところだった。
「あの、メイドさんたちを知りませんか?」
「メイド? あの3人ですか?」
目を丸くして言った料理長に、私はこくりと頷いた。
この屋敷には、あの3人しかメイドさんはいない。
「メイドたちなら、厨房の向かいの作業室でひたすら食器磨いてますよ。ハーバーさんから裏方の仕事をするように言われたらしいですけど、何やらかしたんだか」
やれやれ、と呆れたように料理長が教えてくれる。
料理長に聞いて正解だった。思ったよりも早く彼女たちを見つけられてラッキー。
「ありがとうございます」
私は料理長にお礼を言って厨房を後にした。
◇◇◇◇◇◇
作業室は厨房の向かいにある。
木製の扉を軽く叩いてそっと押し開けると、中では3人のメイドさんたちが椅子に座って無言で食器を磨いていた。
あ、かわいそう……。目が死んでる……。
いつもなら生き生きと仕事をしているのに、今は見る影もなく目に光がない。
大丈夫だろうか……。
「あの……」
私が作業室に入っても一向にメイドさんたちは気づいてくれる気配がなかったので、そっと声をかけてみる。
途端、メイドさんたちが目を見開いて顔をはね上げた。三人の目に光が戻って安心する。
「奥方様……!」
「どうしてこちらに!」
「あわわわ……!」
メイドさんたちは私の姿を認めると、わたわたと手にもっていた食器を机に置いて私の方へ駆け寄ってくる。
そして、三人揃って頭を下げた。
「この間は、覗いたりしてすみませんでした……!」
「坊っちゃまの長年の想いが報われると思ったら気になって仕方がなくて……」
「悪気はなかったんです……! 応援しているんです……!」
口々にそう言われて、今度は私がわたわたとする番だった。
「だ、大丈夫ですよ。あなたたちに悪気がないのは分かってますから……!」
別に私は、メイドさんたちに怒っているわけではないのだ。謝ってほしいわけじゃない。
彼女たちがリシャルト様のことを大切に想っていることは知っているし、この世界では珍しい黒髪黒目という見た目の私に対しても優しくしてくれるいい人たちだ。
「奥方様……。お優しい……」
「ありがとうございます」
うるる、と感動したように視線を向けられて、逆に居心地が悪い。
そんな感動されるほどの特別なことを言った覚えはないのだけど。
「でも、奥方様。どうしてこちらにいらっしゃったのですか?」
メイドさんの疑問はもっともだろう。
私が一通りの事情を話すと、メイドさんたちは「なるほど、そういうことですか」と得心したようだった。
「坊っちゃまがお疲れで寝不足気味なのですね……」
「奥方様はそれをどうにかして差し上げたいと」
「そういうことでしたら、いい飲み物がありますよ」
「え、何ですか?」
さすが、リシャルト様に長年仕えるメイドさんたちだ。相談してすぐに案を出してくれたので、驚きとともに尊敬の念が湧き上がる。
私が尋ねると、メイドさんたちは秘密を打ち明けるようにそっと小声で教えてくれた。
「坊っちゃまって、実はああ見えて……お酒に弱いんです」
「……え?」
思いもかけない一言に、私はぽかんとしてしまう。
リシャルト様が、お酒に弱い?
確かにリシャルト様がお酒を飲んでいるところを見たことはないけれど……。
「坊っちゃま、少しでもお酒を飲んだら上機嫌になってすぐ寝てしまうんですよ」
メイドさんたちが嘘をついているようには思えない。
苦手なものなどなさそうに見えるリシャルト様の意外な弱点を知ってしまって、私はほんの少し嬉しさを感じてしまっていた。
なんというか、それがもし本当ならかわいい。
「だから、ホットミルクにブランデーでも入れて、差し入れでもしたらいかがですか?」
「多分、すぐ寝ちゃいますよ」
「なるほど……。確かにそれはよく眠れそうですね」
悪くない案だ。
温かい飲み物を飲むと気持ちも落ち着くだろうし、よく眠れそう。
もし今夜もリシャルト様が仕事をされているようだったら、メイドさんたちの助言通り、ブランデー入りのホットミルクを寝る前に差し入れしてみよう。
「ありがとう。そうしてみます」
私はメイドさんたちにお礼を言って、作業室を出た。
彼女たちはまだ謹慎処分中の身なので、あまり長居をするのも良くないだろう。
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