【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那

文字の大きさ
上 下
23 / 66
第2章

18・宰相の妻(一応)は愚痴を聞く

しおりを挟む

「ど、どうしたんですか? 何かありました?」

「うううーっ、聖女様ぁ」

 私が声をかけるとニコラは余計に泣き出してしまう。
 いつもはこんなに泣いたりするような子ではなかったはずだ。いつも芯の通ったしっかり者という印象をもっていただけに、なにか大変なことがあったのではと心配になる。

「キキョウ。とりあえず、ここでは目立ちますし……。ベンチに行きましょうか」

 リシャルト様がひそりと私に告げてきた。
 確かに周囲を見遣れば、人通りが少ないといえど数人の視線がこちらに集まっている。

「そうですね……。ニコラ、移動しましょう」

 私はニコラのほっそりとした体を支えながら、ベンチへと向かった。


 ◇◇◇◇◇◇

 
「落ち着きました?」

「……はい。取り乱してすみませんでした」

 ニコラはもっていたハンカチでちーんと鼻をかむと、小さく項垂うなだれた。
 リシャルト様は気を使ってか、ベンチに座る私たちを少し離れたところで見守ってくれている。

「それで何があったんですか? ニコラがこんなに弱っているなんて珍しい」

 私が尋ねると、ニコラは緑の瞳をうるませて言った。
 
「それが……。聖女様がいなくなって3日後に、聖女候補としてエマ様が教会にやってきたんです」

 なるほど。アルバート様の宣言通り、一応エマ様が私の代わりとして教会に入ったのか。

「でも、私たちほかの治癒士に仕事を押し付けてくるし、私たちには聖女様程の力はないから治癒しきれないって言ったら 『役立たずね』って言ってくるしで、教会関係者みんな参ってて……」

 う、うわぁ……。ひどい有様だ。
 聞くに絶えない話に、私は思わずニコラに同情してしまう。

「ここ数日は、負傷者が減ってきていて嬉しいのに……。エマ様のことがあるから全然喜べなくて……。私、耐えられなくて休暇とって街をふらついてたんです。そしたら聖女様をお見かけしたもんだから……っ」

 それで助けを求めるように抱きついてきたわけか……。納得がいった。
 堪えきれなくなったのか、ニコラはふたたびハンカチで強く目元を押さえている。
 私はどうしたものか、と考えあぐねた。

 ニコラたちのためには、私が教会に戻って聖女の仕事をした方がいいのでは、と思う。
 だが、これは私が教会に戻れば済む、というような簡単な話ではないのだ。
 私が勝手に教会に戻ったら、アルバート様やエマ様がよく思うとは考えられない。また揉めるのは必至だろう。面倒くさいし関わりたくない。
 それに、私自身身を粉にして働く聖女の仕事は、もうしたいとは思えなかった。

 人の命を救う、大切な仕事であることは分かっている。
 その仕事が決して嫌だった訳では無い。

 だが今世は、自分のために自由に生きたいと思うのだ。

 私は困ってしまってリシャルト様の方を見上げた。
 話をそばで聞いてくれていたリシャルト様は、静かに口を開いた。

「ニコラさん、事情は分かりました。陛下にこのことは伝えておきます」

「さ、宰相閣下……。ありがとうございます……」

 
 ◇◇◇◇◇◇

 
 ニコラと別れ、リシャルト様と王城すぐにある貴族街をめざして歩く。
 平民が多く暮らすエリアを抜けると人通りがとんと減ったように思う。
 リシャルト様は難しい顔をして押し黙ったままだった。

「キキョウ。あなたは聖女に戻りたいですか?」

「……いいえ」

 私はリシャルト様の問いに、静かに答える。

「私は……。薄情だと思われても、聖女に戻りたくはありません」

 私は、『聖女様』ではなくキキョウを大切にしてくれるこの人のそばで生きたいと思い始めていた。
 聖女の仕事には誇りを持っていた。だから聖女の力も、治癒士として働く人たちを否定する気はない。だけど、同時に思うのだ。

 もう、ただ聖女の力を利用されるだけの人生は嫌だと。
 好きな時に好きな場所にいったり、好きなものを食べたり、好きな人と過ごせる。
 そういう人生にしたい。
 前世で手に入らなかった、幸せな未来がほしい。

「僕はあなたの意思を尊重するまでです。そもそも、根本的な問題を解決しなくては、キキョウが教会に戻ったところで意味がない」

「根本的な問題……?」

「アルバート殿下やエマ様の行いは、もちろん正さなくてはなりません。それだけではなく、陛下の周辺諸国への対応もどうにかせねば」

 リシャルト様は独り言のように呟く。
 何を言っているのか理解しきれなくて、リシャルト様の言葉は私の耳をすり抜けていった。

「とりあえず、すでに色々手は打っているので僕に任せてください」

 はっきりと言ってくれるリシャルト様はとても頼もしい。
 政治の問題も関わっていそうだし、今は私が勝手に動くべきではないだろう。
  
「それよりも……キキョウ。早く指輪を買いに行きましょう? 僕はあなたを幸せにしたいんです」

「あ、ありがとうございます」

「そのためなら僕は、王族だって操ってみせますよ」

「……っ」

 優しい笑顔で言われたリシャルト様の言葉の重さに、私はなんと言っていいか分からなかった。
 一つ、心の中で思う。

 ――リシャルト様、世間ではそれをって言うんですよ。

 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...