19 / 66
第2章
14・宰相の妻(一応)はデート準備中①
しおりを挟む翌日。
その日は朝から、フォルスター家のお屋敷で働くメイドさんたちがやたらウキウキとしているように見えた。
「おはようございます」と朝一にカーテンを開けに来てくれた時も。
朝起きて、食堂に向かうまでの道のりも。
リシャルト様とともに朝食を食べている最中も。
今日はこの後からリシャルト様とともに城下町へ指輪を探しに行くからと、支度のために自室に戻る道中も。
……ずーっと、にこにこと微笑ましそうな視線を複数のメイドさんから向けられて、大変居心地が悪いです。一体なんなんだ。
この屋敷にきて、約一週間。屋敷で働いている使用人さんたちの顔もだいぶ見なれてきた。
この屋敷はどうやらフォルスター家が所有している別荘のようなものらしい。リシャルト様が宰相の任務を仰せつかった際、王城での仕事がしやすいように、と現フォルスター公爵(つまりリシャルト様の父親)から譲り受けたものだそうだ。
フォルスターの本家は、今いる屋敷よりもかなり北の方にあるので、確かにそこから宰相の仕事をするのは大変だろう。
この王都すぐそばの屋敷で働く使用人さんたちは、基本的にフォルスターの本家で長く勤めてきた人たちなのだと、使用人たちを取りまとめる執事のハーバーさんが言っていた。
ということは、今私を取り囲む三人の年上メイドさんたちもリシャルト様とは長い付き合いということになる。
一人は私の髪のヘアアレンジをしてくれ、もう一人はメイクを施してくれていた。最後の一人は着ていく上着の用意をしてくれている。
「せっかくのお忍びですので、奥様の髪色が目立ちにくいように帽子でも被ります?」
「……そうですね。ありがとう」
聖女だった時は基本的に、修道院を含む教会敷地内からはあまり出なかったので、周囲から見た目に関して何か言われるということは少なかった。
ニコラをはじめとした修道院や教会関係者は私の容姿を気にせずに接してくれたし、治癒された兵士たちは助けて貰った手前もあり目の前で悪口など言ってこない。そもそも、聖女は王族に並ぶような立ち位置なので、兵士よりも格上とされている。
アルバート様とエマ様は、私の容姿よりも出自や能力に関する攻撃が多く、やれ「お飾り聖女」だの「役立たず」だの「下賎な血筋が」だのばかり言ってきた。
それらの聖女になってからの環境は、ある意味特殊だった。
孤児だった幼い頃、黒髪黒目だからと石を投げられたこともあるし、私の見た目を怖がって遊んでくれる友達なんていなかった。
この屋敷の人たちは、私の髪や目の色を怖がったりしないでくれるのでありがたい。のだが……。
今日のメイドさんたちはいつもよりも超ご機嫌で、なんなら鼻歌のようなものまで聞こえる……。逆に怖い。
「あの、みなさん今日はどうかしたんですか? なにかあったんですか?」
私は意を決して聞いてみると、待ってましたとばかりとすぐに返答が返ってきた。
「何って! 奥方様とデートですよ! デート!」
「あの女っ気のないリシャルト坊っちゃまが! 奇跡!」
「王子様系イケメンだけど腹黒そう、ってご令嬢方にこっそり噂されている坊っちゃまにようやく春が……!!」
メイドさんたちはテンション高く、口々に言う。
若干、主であるリシャルト様に対して失礼な気がする言葉が混じっていたが……。聞かなかったことにしよう。
「女っ気がない……? リシャルト様、モテそうなのにですか?」
それはさすがにないだろう。
今まで得てきたリシャルト様の情報を総合すると、ありえない、と私は強く思う。
なんせ、リシャルト・フォルスター様は結構なスパダリ属性の持ち主だよ? 世の貴族女性たちが放っておくとは思えない。
大国・セレスシェーナの宰相に歴代最年少で就任し、フォルスター公爵家の次期当主。
しかも、見た目は金髪碧眼で物腰も柔らかい。片眼鏡をかけた姿はミステリアスで知的だ。
「そりゃもちろん! うちの坊っちゃまはモテますとも!」
「そうですわ! 擦り寄ってきたご令嬢を笑顔でスパッと切り捨てるのがリシャルト坊っちゃまです!」
「坊っちゃまは昔っから、奥方様にしか興味ありませんもの! そのほかのお嬢様方なんてそもそも視界にすら入っておりません!」
「……そ、そうですか」
メイドさんたちのあまりの熱量に気圧されてしまう。まるでうちの子自慢でもされているみたいだ。
ここの使用人さんたちはリシャルト様に長年仕えてきたそうだから、家族に近い気持ちなのだろう。
「キキョウ、入ってもよろしいですか? 準備はできました?」
扉を軽くノックする音と共に、当のリシャルト様の声が扉越しに聞こえてきた。
メイドさんたちは慌てたように、手早く私の準備を終わらせる。
「リシャルト様、奥方様のご準備ができました。どうぞお入りください」
先程までリシャルト様のことを『坊っちゃま』と親しんで呼んでいたメイドさんたちは、主人に丁寧な態度で接している。
切り替えがプロだ……。
26
お気に入りに追加
1,083
あなたにおすすめの小説
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜
本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。
アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。
ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから───
「殿下。婚約解消いたしましょう!」
アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。
『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。
途中、前作ヒロインのミランダも登場します。
『完結保証』『ハッピーエンド』です!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる