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第2章
12・宰相の妻(一応)は身震いする
しおりを挟む「……ありがとうございます」
リシャルト様の言葉に、心の奥深くから暖かいものが溢れて、私の体全身に広がっていく。そんなに昔から私のことを想ってくれていたなんて、嬉しいし、ありがたいことだ。
「あなたが王都に戻ってからも、あなたの活躍の噂はよく耳にしていました。たまに王城へ登城する用事があった時は、そっとあなたの様子を見に行っていたのですよ」
「そ、そうだったんですか……!」
それは知らなかった。
ずっと気にかけてくれていたのだと知って、驚くとともに喜びの感情が湧き上がるのを感じる。
誰かが自分のことを特別に想ってくれる。
そんな経験は、前世でも今世でも初めてだった。
「あなたがアルバート殿下の婚約者になったと知った時は、本当にショックで。だからこそ、僕は努力して宰相にまでなったのです」
アルバート様と私が婚約したのは、私が10歳の時のことだ。
「……なぜ、宰相に?」
だが、アルバート様と私が婚約していたことと、リシャルト様が宰相になったことにどういう関係があるというのだろう。
私が首を傾げると、リシャルト様はふっと笑った。
「宰相だと、王族と関わりを持つことも自然でしょう?」
「……ん?」
「上手いことアルバート殿下を焚き付けて、適当な令嬢と恋仲にもっていく。まさかこんなに上手くいくなんて……。殿下が単純で助かりました」
「んんん?」
なんだろう。なんか、違和感がある。
まるで、アルバート様とエマ様の関係に、リシャルト様が一枚噛んでいるかのような……。
「……聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか。キキョウ」
リシャルト様は朗らかな笑みを浮かべている。
対して私は引きつった笑みを浮かべていた。
「焚き付けた……って、ちなみにリシャルト様、何をしたんですか?」
「ただ僕は、ちょうどよくエマ様に見とれていたアルバート殿下に『アルバート殿下とエマ様はお似合いですよ』と後押ししたり、エマ様と二人きりになれるように場をセッティングしたりと盛り上げただけですよ?」
リシャルト様は「あとはあの二人が勝手にしたことです」とにこにこ笑っている。
「アルバート殿下がキキョウとの婚約をあっさりと破棄してくれて助かりました。おかげで、ようやくキキョウにアプローチできます」
優しい眼差しで、私を見つめてくるリシャルト様。周囲は美しい赤薔薇に囲まれ、柔らかな月の光が私たちを照らす。
ここだけ切り取れば、うっとりとするようなシチュエーションだ。リシャルト様の言葉の内容を深く考えなければ、だが。
この宰相様……。基本優しいんだろうけど、お腹の中が真っ黒だ。
私はぶるりと身震いをした。
「なんか……寒気がしてきました……」
「おや、それはいけません。今日はもう、部屋へ戻りましょうか」
そう言って、リシャルト様は私の手を引く。
部屋までの道のりを歩きながら、私はなんとも言えない気持ちを抱えていた。
リシャルト様は抜群にかっこいいし、優しいし、穏やかな物腰が素敵な人だ。しかも宰相閣下という超エリート。
そんな人が私のことを10年も想い続けてくれていたなんて、感謝しかない。信じられないくらいの幸運だ。
しかし、腹の底で何を考えているのか分からないのは、少し怖い。
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