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第2章
10・お飾り妻は夜の散歩中
しおりを挟む私はネグリジェにカーディガンを羽織って、リシャルト様の後をついていく。
リシャルト様はいつの間にやら私の手を握っていた。いちいち動きがスマートすぎる。
赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く中、リシャルト様は無言だった。
ちらとリシャルト様の横顔を盗み見る。廊下の明かりが、端正なリシャルト様の顔を照らしていた。
「どうかしましたか?」
私の視線に気づいたリシャルト様が歩きながら視線をこちらに向けてくる。
私は慌てて視線を逸らした。
「い、いえ、お戻りが遅かったのって、何かあったのかなーと……」
適当に誤魔化すようにそう言うと、リシャルト様は「ああ」と声を上げた。
「実は少し店を回っていましたら遅くなってしまいまして……」
リシャルト様はどこか気恥ずかしそうに言う。
「店?」
なんの店を回っていたのだろう。
私が小首を傾げた時、ちょうど玄関の前まで着いてしまって話が中断される。リシャルト様が扉を開けてくれた。
庭に出て、薔薇の咲き誇る一角までやってくると、リシャルト様は私の方へ振り返った。
「あなたに贈る、結婚指輪をみていたのですよ。どんなのが似合うかな……と」
「え……」
ざああ、と風が吹いて赤い薔薇の花びらが何枚か風に乗って飛んでいく。
私はリシャルト様の言葉に、時が止まったように感じてしまった。
「今度の休みに、一緒に見に行きませんか? あなたが気に入るものを贈りたいのです」
「……あ、ありがとう、ございます」
指輪を贈ってもらう、だなんて。前世でも経験がない。
緊張で口がカラカラになっているのが分かる。
リシャルト様は本当に優しくしてくれる。
前世も今世も過労で倒れるわ、今世では前世よりも聖女として働き詰めだわな私にとって、彼はご褒美みたいな人だ。
言葉も仕草も柔らかくて、どこぞの王子様よりも王子様のよう。例えるなら、女の子が一度は夢見るような絵本の中の王子様みたい。
「リシャルト様、本当に色々とありがとうございます。ですが、私はリシャルト様にここまで良くしていただく理由が思い当たらなくて……」
他に好きな女性がいるのだろうが、それにしても優しすぎる。
私の言葉に、リシャルト様は穏やかな表情で微笑んだ。
「ありますよ。あなたは昔僕を助けてくれた」
「……?」
「あなたのことを幸せにしたいのです」
「……っ」
そんな甘やかな顔で、夢みたいな言葉をかけられたら、勘違いしてしまいそうになる。恋に落ちてしまいそうになる。
落ち着け。落ち着くんだ、キキョウ……!
「ですが、リシャルト様には大切な女性がいるのでしょう? ハーバーさんから少し聞きました」
「うん?」
「私は、その方と結ばれるためのお飾りの妻なのですか……?」
もしそうなら、早めに教えて欲しい。
うっかりリシャルト様を本気で好きになってしまう前に。
勇気をだして尋ねた私に、リシャルト様は盛大なため息をついてその場にしゃがみ込んだ。
「なぜそんな勘違いをしているんですか……」
「え? えーと?」
勘違い? 何がだろう。
「ハーバーから何を聞いたのかは知りませんが、僕がずっと大切に思っている女性というのはあなたですよ。キキョウ」
「…………はい?」
にわかには信じられないリシャルト様の言葉に、私はぱちぱちと目を瞬かせた。
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