13 / 66
第1章
幕間1・王太子side
しおりを挟むキキョウとリシャルトが教会を去ってからのこと。
アルバートはエマとほくそ笑んでいた。
「邪魔なお飾り聖女がいなくなったし、これで共になれるな……エマ」
「そうですわねぇ、アルバート様」
親が勝手に決めた聖女との婚姻など、端からするつもりなどなかった。夜会でエマに一目惚れしてからは、いかにして聖女との婚約を破棄するかばかり考えてきたのだ。
まずは、第一段階である聖女の排除に成功した。ただ、宰相閣下がその聖女に求婚をしてきたのは誤算だったし面白くはないが、まあこの際そこは良いだろう。
あとは、エマが新しい聖女として認められさえすれば、結婚は秒読みだ。なにせこの国では、聖女は王族に並ぶほどの権威を持つのだから。
「エマ、お前の力は強いのだろう? あとはお前が聖女として認められれば……」
「大丈夫ですわぁ。うちの教会では私が1番力が強いはずですもの」
エマは自信満々にそう言う。
エマが所属するエーシェ地方教会は、王都から少し離れた地域にある教会だ。
そこは最近できたばかりの教会であり、所属している治癒士もたった2人。なんならまだ、エマは1度も治癒を施したことは無いのだが……。そんなことをアルバートが知るわけもない。
「そうか。列聖省からの知らせが楽しみだな」
「ええ」
2人で微笑みあっていると――。
「アルバート殿下! 国王陛下がお呼びです! 至急王の間へ!」
慌てた様子で王の使いが走ってきた。
アルバートは顔を輝かせた。
「父上が! すぐに行く!」
もしかしたら、自分が国王のために聖女を解任したことを知って、褒めてくれるのかもしれない。そう思ったアルバートは嬉しくなった。
(あんな、たった1人を治癒させるのに半日も時間を使っているやつなんか、聖女失格で当然だ)
エマにその場で別れを告げ、アルバートはほくほくと王の間へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
「お前は何をやってくれたのだ!」
王の間へとやってきたアルバートに飛んできたのは、褒め言葉ではなく叱責だった。
「え、な、何がですか、父上」
「貴重な聖女をわしの許可無く勝手に解任したとな!? 信じられん! 挙句、勝手に婚約破棄など……! 自分の立場を分かっているのか、アルバート!」
国王陛下のあまりの怒り狂いように、アルバートは一瞬たじろいでしまう。
だが、これは国王陛下のことを思ってやったことでもある。アルバートは負けじと、玉座に腰掛ける国王陛下を見据えた。
「婚約破棄については誰に何を言われようとも譲るつもりはありません。ですが聖女解任については、父上も嘆いておられたはずです! なかなか兵士が戦地へ戻ってこないと」
呆れたように強く息を吐き出した国王陛下に、アルバートは言い返す。なぜ自分が責められなければならないのかと思った。
「だからといって聖女を解任しては、誰が死にかけた兵士を治癒するのだ!」
「それは俺が、新しい聖女候補を見繕っております!」
「ほう? 誰だ。列聖省の報告では、聖女殿よりも力のある治癒士はいないとのことだが?」
国王陛下は眉根を寄せて不審そうにしている。
まだ国王陛下にはエマと付き合っていることを秘密にしているとはいえ、自分の恋人のことを話すことに内心どきどきしながら、アルバートはエマのことを告げることにした。
「エマです。エマ・アンダーソン男爵令嬢を、新しい聖女として列聖省に推薦致しました!」
「アンダーソンの娘……? 治癒士として力があるとは聞いたことがないが?」
「そんなことはありません!」
一歩も引かない様子のアルバートに、国王陛下は諦めたように嘆息した。
「ひと月、時間をやる。お前の選んだそのエマという治癒士が役に立たなければ……分かっているだろうな」
「……っ」
最後に向けられた視線の冷たさに、アルバートは息を詰まらせる。
聖女の存在は他国との戦況を、そして国の行方を左右するのだ。
国王陛下が待ってくれるのは、ひと月だけ。とはいっても、戦況によってはどうなるか分からない。
その期間内に、エマが聖女として役に立つということを国王陛下に示さなくてはならない。
「承知しました……」
アルバートは湧き始めた焦りを誤魔化すように、静かに一礼をして王の間を後にした。
27
お気に入りに追加
1,083
あなたにおすすめの小説
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜
本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。
アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。
ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから───
「殿下。婚約解消いたしましょう!」
アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。
『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。
途中、前作ヒロインのミランダも登場します。
『完結保証』『ハッピーエンド』です!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる