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第1章
5・お飾り聖女は出発準備中
しおりを挟む◇◇◇◇◇◇
「あ、あの……!」
リシャルト様はアルバート様たちの脇をすり抜け、混乱する私の手を引いて歩いていく。
教会を出て、その裏手にある私たちが寝泊まりしている修道院の前まで来ると、ようやくリシャルト様は私の手を離して振り返った。
「では、あなたの荷物を取ってきてください。僕はここで待っていますから」
「へ? なんで荷物……」
なんで荷物を取りに行かないといけないんだろう。
と私が首を捻ると、リシャルト様は当たり前のことのように言った。
「何を言っているんですか? あなたは今日から僕の屋敷に住むんですよ」
「はい……?」
「当たり前でしょう。あなたは僕の妻になるんですから」
「――???」
何を言っているんだろう、リシャルト様は。
確かに私は半ば面白そうだからと結婚を了承したが、まさかその日に同棲開始になるとは誰が思うだろう。
リシャルト様の婚約者になるだけでは無いのか? いろいろすっ飛ばして妻なのか。
異世界の常識とやらはよく分からない。
「……わかりました」
もしや私、早まったか――?
ただ、ニコニコと嬉しそうにしているリシャルト様には逆らう気も起きず……。私は渋々修道院の自室へと戻ることにした。
分厚い木製の扉を開けてすぐの階段を上る。2階の突き当たりの部屋が私の部屋だった。
中は普通の治癒士に与えられる部屋と同じものだ。必要最低限の質素な家具だけ。毎日聖女としての仕事に明け暮れ、部屋は寝るだけのものと化していた。
休日? ナニソレオイシイノ?
前世でも部屋は寝るだけのものだったな。
前世でも今世でも、似たり寄ったりな生活を送っていることに気づいて、私は自嘲的にため息を吐き出した。
「よい、しょ……っと」
クローゼットの横に置いていた革張りのトランクを引っ張り出す。
「うげぇ……ホコリだらけ」
私は思わず顔をゆがめてしまった。そのくらい汚い。
茶色い皮の上にうっすらとホコリがかかり、くすんでいる。
最後にこのトランクを使ったのはいつだったっけ。確か……10年前。聖女になったばかりの頃のことだ。隣国との大きな衝突で、今よりも大量の怪我人が出たことがあった。
現在なら、遠方の治療者を治療する時は、怪我人が教会本部に運ばれてくるのを待つか、地方の治癒士や医師が対応に当たる。
しかし当時は治癒士の数が少なかった。聖女になったばかりだった6歳の私も、現場に駆り出されることになったのだ。
色々なことがあったもんだ。
しみじみと思い出を懐かしみながら、トランクの皮を布で拭く。
そうしてかちゃりと中を開けて服やら必要なものを突っ込もうとしていると……、トランクの中から懐かしいものを見つけた。
「あ……」
ころん、とネックレスがトランクの中から転がり出てくる。雫に似た形の透き通った青い石がついたものだ。
――懐かしい。
私はそのネックレスを拾い上げた。
「これをくれたあの人、元気かな」
治癒してくれたお礼にと、昔少し年上の金髪の少年に貰った。
確か彼はどこかの貴族の息子だと言っていた気がする。その割には、口とか柄とか悪かった気がするけど、それでも言葉や態度の端々に、気品の良さがうかがえたのを覚えている。……口、悪かったけど。
青い石を目の前まで持ってきて、透き通るその先を眺めた。遠く、窓の外は天気が良く晴れ渡っていた。
――これ、つけていこう。
この少年にお礼を言われたことは、ある種聖女としての転機になった。
自分の力は役に立つのだと、頑張ろうと思えた。
「よし」
私はネックレスを首から下げると、襟元から服の内側にいれた。
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