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第1章
3・お飾り聖女は求婚される
しおりを挟むエマ様がアルバート様の背からそっと姿を現す。
ふわふわとした長いピンクブロンドに、薄茶の瞳。小柄で華奢なエマ様は、いわゆる守ってあげたい小動物系女子だ。
ちょん、のアルバート様の金の房がついた豪華な上着の裾をそっと握る様は、とても可愛らしい。
だが、私はエマ様のことを苦手としていた。
なぜなら――。
「聖女さまぁ、こんにちはぁ」
「……こんにちは」
妙に間延びした甘ったるい口調で、調子が狂ってしまうからだ。
エマ様はいわゆるぶりっ子であり、前世の世界で言うならば、男子からは好かれるが女子を敵に回しやすいタイプの令嬢だった。
「エマ、お飾りの聖女様よりアルバート様のお役に立てると思います」
「そうですか……」
聖女の仕事を辞められるのは嬉しいのだが、後任がエマ様だということにはいささか不安があった。
エマ様は最近治癒士の力に目覚めたばかりで、地方教会に所属して数ヶ月、という非常に経歴が浅いのだ。
エマ様に夜会で一目惚れしたらしいアルバート様が、エマ様を持ち上げ過剰に褒めたたえているが、実力のほどは不明。超怖い。
正直、エマ様を聖女にしようとしているのは、周囲からの反対もなくエマ様と結婚するためなのではないかと思った。
エマ様は男爵令嬢だから、アルバート王太子殿下と結婚するにはどうやっても身分が足りない。
だが、エマ様が聖女という身分を得ることが出来れば、周囲の風向きは180度変わるはずだ。
なぜなら、聖女はこの国の象徴。国王陛下の次に偉いからだ。
「という訳だ! お前はいらないんだよ、お飾り聖女! ああ、元お飾り聖女だったな!」
不遜な態度でアルバート様は私にそう宣言する。
エマ様もくすっと口元を引き上げている。
私はというと……。
――異世界って、めんどくさいなぁ。
なんて思って、冷めた目で2人を見ていた。
テンプレ展開を実体験できるのはラノベオタクとして冥利に尽きるのだが、婚約破棄も面倒な性格の王太子に絡まれるのも現実だとなかなかに厄介だ。
そうして私は考える。
いっそ教会を出て、どこか離れた地でスローライフでも送ってみようか。異世界らしく。こちらもテンプレ展開だけど、ほのぼのしていて今より随分気楽そうだ。
幸い、今まで貰ってきた給金は溜め込んであることだし、聖女としての力もある。
そうしよう。その方が楽しそうだし。
「分かりました。では私は――」
「――それでは僕が、聖女様を頂いてもよろしいですか?」
教会を出ていきますね、と言おうとした私の声を遮ったのは、穏やかな男の声だった。
はっと声のした方に視線を向けると、教会の入口に、1人の男性が立っていた。歳は、20代前半くらいだろうか。少なくとも、19歳のアルバート様よりは大人っぽい。
長いさらさらとした金の髪を首の後ろで束ね、モノクルをかけた男性の深い青の瞳は知的に輝いていた。
……どこかで見たことがあるような気がするけど、誰だったっけ。
教会に入ってきたその男性は、ゆっくりとした動作で私とアルバート様たちの間まで来ると、すっと私に手を差し出した。
「聖女様、僕と結婚してくださいませんか?」
「は、はい――?」
いや、誰!?
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