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プロローグ
①
しおりを挟むその日は特別な1日というわけではなかった。
強いて言うなら、楽しみにしていた作家先生のラノベ新刊が発売される、というくらいで。
普通ではないブラック企業で働く一社員の、普通の一日が過ぎ行こうとしていた。そのはずだった。
◇◇◇◇◇◇
時刻は深夜を回り、午前3時。草木も寝静まった丑三つ時に、街を歩く人はほとんどいない。
眠気と過労でもつれる足を動かしどうにかマンション5階の自宅にたどり着くと、私は玄関にそのままぱたりと倒れた。
最後の気力を振り絞って帰ってきたが、もう歩けない……。
「つっ……かれたぁ……」
私の名前は、花菱桔梗。22歳。新卒で働くことになった会社がブラック企業でした……。
地獄の初24連勤を終えたばかりでつらい……。
なーにが「労働基準法最大日数の24連勤は新入社員の登竜門!」(By上司)だよ。ふざけやがって。ただのブラック企業のやり口を上手い具合に誤魔化しただけでしょうが。
逃げられるうちに逃げなくては、と頭の片隅で考える。
死んだ魚のような目をして働いている先輩たちは24連勤どころか48連勤しているとの話なので、新人はまだマシなのかもしれないと思わされてしまうのがまたタチが悪い。
(やばい……さすがにこれはまずいかも)
一度横になると、一気に体調不良が襲ってくる。否、家に帰るまでは見て見ぬふりをしていただけだった。
くらりと目眩がして、起き上がれない。貧血だろうか。それとも、自宅にたどり着いた安心から気が抜けせいか。はたまた、朝からまともに食事をとっていないからだろうか……。気付かないふりをしていたが、もしや過労か……?
心当たりがありすぎて、原因がどれなのか判別しかねる。
私はなけなしの気力で、通勤カバンから1冊の本を取り出した。
(ああ、せめて皐月先生の新刊、少しでいいから読んで寝たい……)
私は大好きなラノベ作家・皐月はな先生の新刊『偽物聖女ですが王太子からの愛が重すぎて逃げたいです!』をぎゅっと握りしめる。
昼休みのわずかな時間、会社を抜け出して買ったものだ。
私は無類のラノベオタクであり、中学生の頃ラノベと出会ってからというもの、ラノベを読むことを生きがいとして生きてきた。
ないと死んじゃう。まじで。
そんな私のイチオシ作家は、女性向けの恋愛ファンタジー小説を中心に、商業、非商業問わず多くの作品を発表している皐月はな先生だ。
皐月先生は最近流行りのWeb小説投稿サイト出身の作家なのだが、今日発売(日付が変わっているからもう昨日か)したこの新刊はWebでは未発表の完全新作なのだ!
しかもタイトルから推察するに、聖女を主人公とした安定のファンタジー!
読みたい。とても、読みたい。ヨダレが出るほど、読みたい。
(でも、ああ……。もう無理……)
眠気、もあるのだが、なんだかそれとは違う感覚だ。
頭はガンガンするし、吐き気までしてきた。意識が遠のいていく……。
◇◇◇◇◇◇
「あらあらまあまあ。可哀想に」
どこからか鈴のなるような可憐な声が聞こえる。
可哀想に、と言ってはいるが、そこまで可哀想と思っているようには感じられない。
(だれ……?)
私は重たいまぶたをゆっくりと開く。
するとそこは、上下左右、どこを見ても真っ白な空間だった。どこまでも純白が続く。
その真っ白の中に溶け込むようにして佇む、ホワイトブロンドの美女が1人。
(だれ……!?)
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