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終章 嗚呼、色事の日々
天下無敵の色事師と愉快な仲間たち
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「痛てててて……」
アザレアによって、部屋の中へと引きずり込まれたジャスミンは、食い込んだ鞭の痕がくっきりと残った首をしきりに押さえながら、どっかりと椅子に腰を下ろした。誰に促された訳でも無いのに。
「……で、何をしに来たんですか、ジャスミンさん? まさか、貴方に限って、『会いたくなったから来た』って事は絶対に無いでしょうから……」
パームは、警戒をアリアリと浮かべた顔で、ジャスミンに尋ねた。その言葉に、ジャスミンはあっさりと頷く。
「――あったり前じゃん。俺は、野郎如きに『会いたくなっただけさ』なんて、死んでも言わねぇよ。可愛い女の子なら話は別だけ――痛っ!」
「馬鹿な事言ってないで、さっさと理由を話しなさい、ジャス」
「――ら、ラジャっす」
長鞭の柄で小突かれた頭をさすりながら、引き攣った笑いを浮かべたジャスミンは、軽く咳払いをしてから、口を開いた。
「えー、今日わざわざ来てやった理由はですね……。平和で平凡で退屈極まる日常に、そろそろ飽き飽きしている頃合いのパームさんに、冒険のお誘いをして差し上げてやろうと思いましてね……」
「……はいぃ?」
トンチンカンな敬語混じりのジャスミンの言葉に、パームは間の抜けた相槌を打って、首を傾げた。――内心でドキリとしながら。
そんなパームの内心には気付かぬ様子で、ジャスミンは先を続ける。
「まあ、この度、ある筋から、某所まであるものの回収をしに行くミッションを押し付けら……請け負いましてね。で……もし宜しければ、パームさんもいかがですか~、って――」
「ちょっと待って! 私、そんなの聞いてないんですけど?」
ジャスミンの言葉に血相を変えたのは、アザレアだった。彼女は、眦を上げて、ジャスミンに詰め寄る。
「ていうか、某所って何処よ!」
「え……えーと……、ちょっとそこまで……」
「だから、何処だって言ってるのっ!」
「…………バルガルディア……」
「「ば――バルガルディアぁっ?」」
ジャスミンの言葉に、パームとアザレアは驚愕の声を上げて、顔を見合わせる。それも無理はない。
「……バルガルディアって……あの――クレオーメ公国の“奴隷生産都市”……?」
「……うん」
「――“うん”じゃないわよ!」
アザレアは、頭を抱えて、呆れ声で言った。
「バルガルディアって、訪問者はもちろん、街道沿いを通る旅行者や商人たちも問答無用で拘束して、奴隷化するような街でしょ? そんな危ない街に、何を回収しに行けって言われたのよ……?」
「……あ、もしかして……」
ピンときた顔をしたパームに、ジャスミンは小さく頷いた。
「……そ。回収目標は、サンクトル一の任侠組織、テリノーラ一家のボスの娘。バスツールへの旅の途中で、お付きの者たち共々拘束されたらしい。彼女を無事に回収してくれたら、今回、俺と先方のトラブルの件と、ついでに、俺がボスのお妾さんに手を出した事も併せてチャラにしてくれる、……ていう条件で引き受けたんだけど……あ」
「もう、アンタは! 『ついでに』で、しれっと浮気報告してるんじゃないわよ! ――何回、変な女を引っかけてトラブル起こしたら気が済むのよ! ――いつになったら、女関係で懲りてくれるのよ……はあ~」
アザレアは、ジャスミンの胸倉を掴んで、ブンブンと振り回し、大きな溜息を吐いた。
パームも、呆れ顔を禁じ得ない。
「……ホントに相変わらずですね……。チュプリから逃げ出したあの時と、全く変わってない……」
「そ、そりゃ、変わってなくて当然よ! 何せ、俺は『天下無敵の色事師』だからな!」
「「胸張んな!」」
「あだっ!」
パームとアザレアから、物理的にツッコまれ、ジャスミンは椅子から転げ落ちる。
アザレアは、もう一度大きな溜息を吐くと、転がったジャスミンの手を引っ張りながら言った。
「……もう。ていうかさ、どうして、そんな事になってるのに、私に相談しないの、貴方……!」
「いや……ゴメン。でも……」
「……どうせ、ホントは、私を巻き込まない様に、わざと黙ってたんでしょ? 私がそんな話を聞いたら、絶対に一緒に行くって譲らないと思って……」
「……」
アザレアの言葉に、バツが悪そうにソッポを向くジャスミン。
そんな彼を見て、アザレアはフッと微笑んだ。
「――その通りよ。私も一緒に行くから。貴方ひとりじゃ、何をしでかすか分かったもんじゃないからね。――大丈夫。私だって、自分と貴方の身くらいは守れるわよ」
「止めても無駄かぁ……」
「そういう事。決まりね♪」
ジャスミンが観念して頷くと、アザレアはニッコリと微笑んだ。
そして、ふたりはパームの方へ向き直る。
「で……パーム君はどうする?」
「――え?」
パームは、突然問い掛けられて、目をぱちくりさせた。
ジャスミンは目を逸らして、鼻の頭を掻きながら、おずおずと言う。
「ま、無理にとは言わないけどさ。……やっぱり、回復役は欲しい所なんだよね。何があるか分からないし……」
「……というか、パーム君がいてくれた方が、私も助かるなあ。このバカの抑止力にもなるし……」
「うん……いざという時の捨て駒は必要だよな」
「……て、オイいいっ! 誰が捨て駒ですかぁっ!」
思わずツッコんだパームだったが――、彼らの言葉に、自分の心が妙にザワザワと騒ぎ出すのを敏感に感じ取り、複雑な表情を隠せなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日――。
朝露が降りたエルード東大門で、ふたりの男女が立っていた。
「――さて、そろそろ時間だけど……来るかしらね、パーム君?」
「……さあな」
ウキウキ顔のアザレアとは打って変わって、仏頂面のジャスミンは、素っ気なく言った。
アザレアは、そんな彼の顔を覗き込んで、笑いを噛み殺しながら尋ねる。
「……なに? 昨日、パーム君が即答してくれなかったから、拗ねてるの?」
「ち、違わい! ――寝不足なんだよ。昨日呑み過ぎちゃってさ……」
顔を赤らめながら、頭を振るジャスミン。アザレアは、ニヤニヤしながら、「あっ、そう」とだけ言うと、大通りの方へ目を移した。
一方のジャスミンは、イライラした様子で、何やらブツブツ言い始めた。
「そもそもさあ……何が『考えさせてください』だよ。てっきり、二つ返事で付いてくると思ったのによ……」
昨日、てっきりジャスミンの誘いに乗るものだと思ってたパームは、彼の予想に反して、即答を避けたのだった。
それでも、迷いに迷っている様子だったパームに、今朝八時までエルード東大門で待っている旨を伝えて、昨日のところは大人しく引き上げたのだが……。
「そもそも、お前に選択の余地なんかないじゃんって話よ。――だったら、気持ちよく、その場で快諾しろっての。男同士の友情って、そんな感じじゃん! 顔同様、ナヨナヨした性根でさ……そういうトコなんだよ、アイツがダメダメなのはさあ~……」
「――あ、そうですか。じゃ、やっぱり帰りますね」
「へ――?」
意想外の声に、ジャスミンは目を丸くして振り返った。
――彼の目の前に、大きな荷物を背負った金髪の少年が、ふくれっ面で立っていた。
「あ……」
「ナヨナヨしてて、どうもすみませんでした。せいぜい頑張って下さいね。アザレアさんに迷惑をかけないように、女漁りは控えて下さいね!」
「あ……いや……その……」
顔を青くしたり赤くしたりするジャスミンを尻目に、パームはくるりと振り返り、スタスタとその場を立ち去ろうと――、
「……あ! ゴメン! いや、どうもすみません、パームさん! イライラして言っただけなんですぅ! ナヨナヨしてるとか、ホントは顔が良くて調子に乗ってるとか、お偉くなりやがってまた罠のエサにするぞとか、そんな事は、全然考えてませんって!」
「……本気で帰っていいですか?」
神官服の裾に縋り付くジャスミンを見下しながら、こめかみに青筋を立てつつ、ニッコリと凄惨な笑みを浮かべるパーム。
――すると彼は、大きな溜息を吐いて言った。
「……冗談ですよ。そんなに僕が必要なら、しょうがないですねぇ。ご一緒しましょう」
「……何だよ、その上から目線……」
「何か言いました?」
「いえっ! 何でもありません、パームさんっ!」
ジャスミンは、直立不動で恭しく頭を下げたが、その頬は、フグのように膨れていた。
「パーム君! ありがとうね、このバカの我が儘に付き合ってくれて!」
一方のアザレアは、喜色を露わに、パームを迎える。
パームも、彼女に対しては、心からの笑顔を見せる。
「いえ……僕なんかで良ければ、いくらでもアザレアさんの力になりますよ」
「本当にありがとうね! 改めて、これからも宜しくね」
「……『アザレアさんの』って……そこ、強調するんかい……」
にこやかな二人とは対照的に、ふて腐れまくりのジャスミン。
――と、パームが、ボソリと言った。
「こうなると、ヒースさんにも加わってほしいところですけどね……」
「……オッサンか? そりゃあ、無理だわ」
ジャスミンは、巨大な体躯の、傷だらけの男を思い出しながら呟いた。
「あの後別れて、すぐさまどっかの戦場に流れていったからな……。まあ、探すのは簡単だろうけどさ。デカいドンパチが勃発してる所にいるだろ、アイツは」
「そうね……。でも、縁があれば、嫌でも会うんじゃない? そんな気がするわ」
「ええ……僕も、そう思います」
アザレアの言葉に、苦笑いで応えるパーム。
ジャスミンは、「そんなもんかねぇ……」と、独りごちながら頭を掻いた。
と――、
「うん……?」
ふと、背後に不穏な気配を感じたジャスミンは後ろを振り返り――、
「――うおっとぉっ!」
慌てて身を屈めた。
一瞬後、彼の頸動脈を狙ったナイフの刃が、銀色に閃きながら空を切る。
「――な、何だぁ……?」
咄嗟にバク転しながら、襲撃者から距離を取るジャスミン。
襲撃者は、大きく舌打ちをすると、手にしたナイフを翻し、腰だめに構えて吠えた。
「おらぁっ! 遂に見付けたぞ、クソ野郎! 半年前の事……忘れたとは言わさねえぞ、ゴラァ!」
小太りの中年男が、顔を真っ赤にし、眦を吊り上げながら、充血した目に憎しみの炎を宿して、ジャスミンを睨みつける。
そんな彼を前に、ジャスミンはキョトンとした顔で、首を傾げた。
それを見た中年男のこめかみに、太い青筋が2本浮かび上がる。
「てめえっ! テメエが俺の女房を寝取ったせいで、あの大教主のクソジジイにボコられるわ、レイタスのオジキに縁を切られるわ、挙げ句女房に逃げられるわで、俺の人生はメチャクチャなんだよ! 少しでも悪いと思うんだったら、大人しくオレに膾にされやがれぇ!」
「あ――ッ!」
目を丸くして、大きな声を上げたのは――ジャスミンでは無く、パームだった。
彼は、ジャスミンの背中を叩くと、耳元で囁いた。
「……ジャスミンさん! あの人、アレですよ! 僕らがここからサンクトルに向かう時に、部下を引き連れて襲ってきた……」
「……あ。ああぁ~!」
ジャスミンも、ようやく気が付いたのか、ポンと手を叩いた。
「あー、あの時はお世話になりました。……えーと……ボブさん?」
「モブだッ! まぁだ覚えてねえのか、このトリ頭がぁ!」
怒り心頭に発し、手にしたナイフをブンブンと振り回しながら、中年男――モブは叫んだ。
「改めて、この前の続きをやってやるッ! 選べぇっ、膾か簀巻きか丸焼きかぁっ!」
「――ちょっと、ジャス? 誰、この人? ……いや、まあ、大体見当は付くんだけど……」
興奮するモブを胡乱げに見ながら、呆れ顔でアザレアが訊く。
「え――っと……、ちょっと説明は難しいなぁ……この状況下では……」
「どーせ、また、女関係のゴタゴタでしょ? まったく、アナタはいつもいつも……」
「い……イデデデデ!」
「……や、止めて下さいっ、ふたりともっ!」
口ごもるジャスミンと、彼の頬をねじり上げるアザレアを押さえながら、パームは怒鳴った。
「こ、ここは――取り敢えず――!」
「……そ、そうね……」
「――あ、ああ……ここは――」
三人は無言で頷いた。――そして、狂ったようにナイフを振り回すモブの姿をチラリと見やると――、
「……せ――、のっ!」
息を合わせて、一斉に地面を蹴った!
そのまま、脇目も振らずに、エルード東大門の外を目指して全力疾走する。
「……あ、てめえらぁっ! 待ちやがれ、ゴラあぁっ!」
すぐさま、モブも、ナイフを振りかざしながら彼らの後を追いかける。
「――っつか、アイツ、あんな図体のクセして速えっ!」
「や……やっぱり、素直に謝って……赦して頂いた方が……!」
「だ、ダメよ、パーム君! 謝って済むレベルじゃ無いわよ、あの剣幕だと! ……ここはとにかく――」
アザレアの言葉に、三人は頷き、
「「「逃げの一手っ!」」」
息を合わせてハモり、一心不乱に脚を動かし続ける。
そして、また始まるのだ――。
ギリギリで、碌でもなくて、ハチャメチャで、常識破りな――
“天下無敵の色事師”と、そんな彼に振り回される仲間たちの冒険が。
――好色一代勇者 ~ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!~ 完――
アザレアによって、部屋の中へと引きずり込まれたジャスミンは、食い込んだ鞭の痕がくっきりと残った首をしきりに押さえながら、どっかりと椅子に腰を下ろした。誰に促された訳でも無いのに。
「……で、何をしに来たんですか、ジャスミンさん? まさか、貴方に限って、『会いたくなったから来た』って事は絶対に無いでしょうから……」
パームは、警戒をアリアリと浮かべた顔で、ジャスミンに尋ねた。その言葉に、ジャスミンはあっさりと頷く。
「――あったり前じゃん。俺は、野郎如きに『会いたくなっただけさ』なんて、死んでも言わねぇよ。可愛い女の子なら話は別だけ――痛っ!」
「馬鹿な事言ってないで、さっさと理由を話しなさい、ジャス」
「――ら、ラジャっす」
長鞭の柄で小突かれた頭をさすりながら、引き攣った笑いを浮かべたジャスミンは、軽く咳払いをしてから、口を開いた。
「えー、今日わざわざ来てやった理由はですね……。平和で平凡で退屈極まる日常に、そろそろ飽き飽きしている頃合いのパームさんに、冒険のお誘いをして差し上げてやろうと思いましてね……」
「……はいぃ?」
トンチンカンな敬語混じりのジャスミンの言葉に、パームは間の抜けた相槌を打って、首を傾げた。――内心でドキリとしながら。
そんなパームの内心には気付かぬ様子で、ジャスミンは先を続ける。
「まあ、この度、ある筋から、某所まであるものの回収をしに行くミッションを押し付けら……請け負いましてね。で……もし宜しければ、パームさんもいかがですか~、って――」
「ちょっと待って! 私、そんなの聞いてないんですけど?」
ジャスミンの言葉に血相を変えたのは、アザレアだった。彼女は、眦を上げて、ジャスミンに詰め寄る。
「ていうか、某所って何処よ!」
「え……えーと……、ちょっとそこまで……」
「だから、何処だって言ってるのっ!」
「…………バルガルディア……」
「「ば――バルガルディアぁっ?」」
ジャスミンの言葉に、パームとアザレアは驚愕の声を上げて、顔を見合わせる。それも無理はない。
「……バルガルディアって……あの――クレオーメ公国の“奴隷生産都市”……?」
「……うん」
「――“うん”じゃないわよ!」
アザレアは、頭を抱えて、呆れ声で言った。
「バルガルディアって、訪問者はもちろん、街道沿いを通る旅行者や商人たちも問答無用で拘束して、奴隷化するような街でしょ? そんな危ない街に、何を回収しに行けって言われたのよ……?」
「……あ、もしかして……」
ピンときた顔をしたパームに、ジャスミンは小さく頷いた。
「……そ。回収目標は、サンクトル一の任侠組織、テリノーラ一家のボスの娘。バスツールへの旅の途中で、お付きの者たち共々拘束されたらしい。彼女を無事に回収してくれたら、今回、俺と先方のトラブルの件と、ついでに、俺がボスのお妾さんに手を出した事も併せてチャラにしてくれる、……ていう条件で引き受けたんだけど……あ」
「もう、アンタは! 『ついでに』で、しれっと浮気報告してるんじゃないわよ! ――何回、変な女を引っかけてトラブル起こしたら気が済むのよ! ――いつになったら、女関係で懲りてくれるのよ……はあ~」
アザレアは、ジャスミンの胸倉を掴んで、ブンブンと振り回し、大きな溜息を吐いた。
パームも、呆れ顔を禁じ得ない。
「……ホントに相変わらずですね……。チュプリから逃げ出したあの時と、全く変わってない……」
「そ、そりゃ、変わってなくて当然よ! 何せ、俺は『天下無敵の色事師』だからな!」
「「胸張んな!」」
「あだっ!」
パームとアザレアから、物理的にツッコまれ、ジャスミンは椅子から転げ落ちる。
アザレアは、もう一度大きな溜息を吐くと、転がったジャスミンの手を引っ張りながら言った。
「……もう。ていうかさ、どうして、そんな事になってるのに、私に相談しないの、貴方……!」
「いや……ゴメン。でも……」
「……どうせ、ホントは、私を巻き込まない様に、わざと黙ってたんでしょ? 私がそんな話を聞いたら、絶対に一緒に行くって譲らないと思って……」
「……」
アザレアの言葉に、バツが悪そうにソッポを向くジャスミン。
そんな彼を見て、アザレアはフッと微笑んだ。
「――その通りよ。私も一緒に行くから。貴方ひとりじゃ、何をしでかすか分かったもんじゃないからね。――大丈夫。私だって、自分と貴方の身くらいは守れるわよ」
「止めても無駄かぁ……」
「そういう事。決まりね♪」
ジャスミンが観念して頷くと、アザレアはニッコリと微笑んだ。
そして、ふたりはパームの方へ向き直る。
「で……パーム君はどうする?」
「――え?」
パームは、突然問い掛けられて、目をぱちくりさせた。
ジャスミンは目を逸らして、鼻の頭を掻きながら、おずおずと言う。
「ま、無理にとは言わないけどさ。……やっぱり、回復役は欲しい所なんだよね。何があるか分からないし……」
「……というか、パーム君がいてくれた方が、私も助かるなあ。このバカの抑止力にもなるし……」
「うん……いざという時の捨て駒は必要だよな」
「……て、オイいいっ! 誰が捨て駒ですかぁっ!」
思わずツッコんだパームだったが――、彼らの言葉に、自分の心が妙にザワザワと騒ぎ出すのを敏感に感じ取り、複雑な表情を隠せなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日――。
朝露が降りたエルード東大門で、ふたりの男女が立っていた。
「――さて、そろそろ時間だけど……来るかしらね、パーム君?」
「……さあな」
ウキウキ顔のアザレアとは打って変わって、仏頂面のジャスミンは、素っ気なく言った。
アザレアは、そんな彼の顔を覗き込んで、笑いを噛み殺しながら尋ねる。
「……なに? 昨日、パーム君が即答してくれなかったから、拗ねてるの?」
「ち、違わい! ――寝不足なんだよ。昨日呑み過ぎちゃってさ……」
顔を赤らめながら、頭を振るジャスミン。アザレアは、ニヤニヤしながら、「あっ、そう」とだけ言うと、大通りの方へ目を移した。
一方のジャスミンは、イライラした様子で、何やらブツブツ言い始めた。
「そもそもさあ……何が『考えさせてください』だよ。てっきり、二つ返事で付いてくると思ったのによ……」
昨日、てっきりジャスミンの誘いに乗るものだと思ってたパームは、彼の予想に反して、即答を避けたのだった。
それでも、迷いに迷っている様子だったパームに、今朝八時までエルード東大門で待っている旨を伝えて、昨日のところは大人しく引き上げたのだが……。
「そもそも、お前に選択の余地なんかないじゃんって話よ。――だったら、気持ちよく、その場で快諾しろっての。男同士の友情って、そんな感じじゃん! 顔同様、ナヨナヨした性根でさ……そういうトコなんだよ、アイツがダメダメなのはさあ~……」
「――あ、そうですか。じゃ、やっぱり帰りますね」
「へ――?」
意想外の声に、ジャスミンは目を丸くして振り返った。
――彼の目の前に、大きな荷物を背負った金髪の少年が、ふくれっ面で立っていた。
「あ……」
「ナヨナヨしてて、どうもすみませんでした。せいぜい頑張って下さいね。アザレアさんに迷惑をかけないように、女漁りは控えて下さいね!」
「あ……いや……その……」
顔を青くしたり赤くしたりするジャスミンを尻目に、パームはくるりと振り返り、スタスタとその場を立ち去ろうと――、
「……あ! ゴメン! いや、どうもすみません、パームさん! イライラして言っただけなんですぅ! ナヨナヨしてるとか、ホントは顔が良くて調子に乗ってるとか、お偉くなりやがってまた罠のエサにするぞとか、そんな事は、全然考えてませんって!」
「……本気で帰っていいですか?」
神官服の裾に縋り付くジャスミンを見下しながら、こめかみに青筋を立てつつ、ニッコリと凄惨な笑みを浮かべるパーム。
――すると彼は、大きな溜息を吐いて言った。
「……冗談ですよ。そんなに僕が必要なら、しょうがないですねぇ。ご一緒しましょう」
「……何だよ、その上から目線……」
「何か言いました?」
「いえっ! 何でもありません、パームさんっ!」
ジャスミンは、直立不動で恭しく頭を下げたが、その頬は、フグのように膨れていた。
「パーム君! ありがとうね、このバカの我が儘に付き合ってくれて!」
一方のアザレアは、喜色を露わに、パームを迎える。
パームも、彼女に対しては、心からの笑顔を見せる。
「いえ……僕なんかで良ければ、いくらでもアザレアさんの力になりますよ」
「本当にありがとうね! 改めて、これからも宜しくね」
「……『アザレアさんの』って……そこ、強調するんかい……」
にこやかな二人とは対照的に、ふて腐れまくりのジャスミン。
――と、パームが、ボソリと言った。
「こうなると、ヒースさんにも加わってほしいところですけどね……」
「……オッサンか? そりゃあ、無理だわ」
ジャスミンは、巨大な体躯の、傷だらけの男を思い出しながら呟いた。
「あの後別れて、すぐさまどっかの戦場に流れていったからな……。まあ、探すのは簡単だろうけどさ。デカいドンパチが勃発してる所にいるだろ、アイツは」
「そうね……。でも、縁があれば、嫌でも会うんじゃない? そんな気がするわ」
「ええ……僕も、そう思います」
アザレアの言葉に、苦笑いで応えるパーム。
ジャスミンは、「そんなもんかねぇ……」と、独りごちながら頭を掻いた。
と――、
「うん……?」
ふと、背後に不穏な気配を感じたジャスミンは後ろを振り返り――、
「――うおっとぉっ!」
慌てて身を屈めた。
一瞬後、彼の頸動脈を狙ったナイフの刃が、銀色に閃きながら空を切る。
「――な、何だぁ……?」
咄嗟にバク転しながら、襲撃者から距離を取るジャスミン。
襲撃者は、大きく舌打ちをすると、手にしたナイフを翻し、腰だめに構えて吠えた。
「おらぁっ! 遂に見付けたぞ、クソ野郎! 半年前の事……忘れたとは言わさねえぞ、ゴラァ!」
小太りの中年男が、顔を真っ赤にし、眦を吊り上げながら、充血した目に憎しみの炎を宿して、ジャスミンを睨みつける。
そんな彼を前に、ジャスミンはキョトンとした顔で、首を傾げた。
それを見た中年男のこめかみに、太い青筋が2本浮かび上がる。
「てめえっ! テメエが俺の女房を寝取ったせいで、あの大教主のクソジジイにボコられるわ、レイタスのオジキに縁を切られるわ、挙げ句女房に逃げられるわで、俺の人生はメチャクチャなんだよ! 少しでも悪いと思うんだったら、大人しくオレに膾にされやがれぇ!」
「あ――ッ!」
目を丸くして、大きな声を上げたのは――ジャスミンでは無く、パームだった。
彼は、ジャスミンの背中を叩くと、耳元で囁いた。
「……ジャスミンさん! あの人、アレですよ! 僕らがここからサンクトルに向かう時に、部下を引き連れて襲ってきた……」
「……あ。ああぁ~!」
ジャスミンも、ようやく気が付いたのか、ポンと手を叩いた。
「あー、あの時はお世話になりました。……えーと……ボブさん?」
「モブだッ! まぁだ覚えてねえのか、このトリ頭がぁ!」
怒り心頭に発し、手にしたナイフをブンブンと振り回しながら、中年男――モブは叫んだ。
「改めて、この前の続きをやってやるッ! 選べぇっ、膾か簀巻きか丸焼きかぁっ!」
「――ちょっと、ジャス? 誰、この人? ……いや、まあ、大体見当は付くんだけど……」
興奮するモブを胡乱げに見ながら、呆れ顔でアザレアが訊く。
「え――っと……、ちょっと説明は難しいなぁ……この状況下では……」
「どーせ、また、女関係のゴタゴタでしょ? まったく、アナタはいつもいつも……」
「い……イデデデデ!」
「……や、止めて下さいっ、ふたりともっ!」
口ごもるジャスミンと、彼の頬をねじり上げるアザレアを押さえながら、パームは怒鳴った。
「こ、ここは――取り敢えず――!」
「……そ、そうね……」
「――あ、ああ……ここは――」
三人は無言で頷いた。――そして、狂ったようにナイフを振り回すモブの姿をチラリと見やると――、
「……せ――、のっ!」
息を合わせて、一斉に地面を蹴った!
そのまま、脇目も振らずに、エルード東大門の外を目指して全力疾走する。
「……あ、てめえらぁっ! 待ちやがれ、ゴラあぁっ!」
すぐさま、モブも、ナイフを振りかざしながら彼らの後を追いかける。
「――っつか、アイツ、あんな図体のクセして速えっ!」
「や……やっぱり、素直に謝って……赦して頂いた方が……!」
「だ、ダメよ、パーム君! 謝って済むレベルじゃ無いわよ、あの剣幕だと! ……ここはとにかく――」
アザレアの言葉に、三人は頷き、
「「「逃げの一手っ!」」」
息を合わせてハモり、一心不乱に脚を動かし続ける。
そして、また始まるのだ――。
ギリギリで、碌でもなくて、ハチャメチャで、常識破りな――
“天下無敵の色事師”と、そんな彼に振り回される仲間たちの冒険が。
――好色一代勇者 ~ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!~ 完――
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1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
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私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
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モブ様w潔すぎて笑いました。文章がとてもお上手だと感じました😌
お読み頂きましてありがとうございます!
楽しんで頂けて良かったです。
モブ様は、文字通りモブキャラのつもりだったんですが、書くうちに妙にキャラが立ちましたね(笑)。
お時間のある時に、続きを読み進めて頂ければ幸いです。
感想をお寄せ頂きまして、ありがとうございました!
ぜひ読ませていただきます🐱
ありがとうございます😆宜しくお願いいたします🙇
お気に入りに登録しました~
おお……!ありがとうございます!
9月末までに数話ずつ公開していく予定ですので、お楽しみにして頂ければ幸いです!