好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良

文字の大きさ
上 下
171 / 176
終章 嗚呼、色事の日々

呪縛と屍人形

しおりを挟む
 這々の体でダリア傭兵団本部の建物から脱出した四人は、真っ赤な猛火が建物を包み込み灼き尽くす様を、ただただ呆然とした様子で眺めていた。
 炎は、建物の窓という窓からチロチロと噴き出し、屋根まで燃え上がって、まるでダンスを踊るかのようにユラユラと揺れている。

「……派手な、火葬だな……」

 ジャスミンが熱風に前髪を呷られながら静かに呟いた言葉に、焦げた髪留めを握りしめたアザレアは静かに頷いた。
 と、

「……終わったんですか?」

 背後からの声に、ジャスミンとアザレアは、ハッとした顔をして振り返る。

「……よっ。やっとお目覚めかい? 寝坊助くん」
「こら、ジャス! ……大丈夫、パーム君?」

 安堵の表情を、ニヤニヤ笑いと軽口で誤魔化すジャスミンと、彼を窘めながら、身体を起こしたパームの元へ駈け寄るアザレア。
 パームは、痛む頭を押さえて顔を顰めながらも、二人に向かって力無く微笑む。

「……スミマセン。ちょっと頭と身体が痛むけど、大丈夫です。……それより、あの団長……フジェイルさんは……」
「……死んだよ」

 と、簡潔に言ったジャスミンだったが、感慨深げな表情を浮かべて、静かに言葉を継いだ。

「――いや、とっくに死んでたから、その言い方は正しくないか……。そうだな……うん――無事によ」
「……そうですか」

 パームは、ジャスミンの言葉に複雑な表情を浮かべると、静かに目を閉じ、

「……太陽神アッザム、紅月神ブシャム、蒼月女神レム、――そして、冥神ダレム。……彼の者の魂を、再び無垢なる魂へと還し給わん事を……」

 低い声で、祈りの聖句を唱える。
 そして、傍らで片膝をついていた、黒衣の少女に視線を移すと、深々と頭を下げた。

「……貴女が、僕を助けてくれたのですね。ありがとうございました。――ええと……」
「……先程は、名乗りもせずに、失礼仕った。……某は、第十二代半藤佐助…………いや、半藤……一華と申します、神官殿」

 そう答えると、イチカは、彼よりも深く頭を垂れた。

「礼を申したいのは、某の方で御座ります。――に風穴を開けられた右腕を、敵だったにもかかわらず、快く癒やして頂き……忝う御座りまする」
「――いやいや! 風穴を開けたって、人聞きの悪い! あの時は色々といっぱいいっぱいで……やむを得ないアレだったし……」

 イチカのイヤミに、慌てて言い訳し始めるジャスミンに、何かを思い出したアザレアが詰め寄る。

「――あ! そういえば、アナタさっき、イチカちゃんとキスしたとか言ってたわよね! その事……詳しく教えて貰えるかしら?」
「い――! そんな話、今更蒸し返すかぁ?」
「――き、貴様は、あの事を、と申すのか! あ…アレは……あの接吻は、私の……!」
「い……いや、その……あの件は、悪いと思ってはいる――」
「……て、もしかして、貴女……ジャスにされたのが……初めてだったの……?」

 イチカの言葉に、目を丸くしたアザレアは、彼の胸倉を掴んで、ブンブンと揺すりながら捲し立てる。

「どうするのよ、ジャス! 私はともかく……イチカちゃんにどう償うのよ! アナタ……“天下無敵の色事師”なんて、ふざけた二つ名を名乗っておきながら、女の子のが、どんなに大切なものなのか――!」
「あ、あの……アザレア様……。もう……もういいですから……」

 激高するアザレアを、顔を真っ赤に染めて、必死で押さえるイチカ。ジャスミンは、アザレアに頭を激しくシェイクされ続けて、すっかり目を回している。
 と――、
 突然、目の前で勃発した男女の修羅場を、目を丸くして呆然と見ているだけだったパームだったが、その耳が何かを拾った。
 彼は慌てて、三人に呼びかける。

「……ちょ、ちょっと! 皆さん、静かに……静かにして下さい! ――何か、聞こえます!」
「え……?」

 パームの言葉に、ふたりは顔を見合わせ、アザレアは、掴んでいたジャスミンの胸倉を手離した。半ば気を失っていたジャスミンは、ドウッと音を立ててその場に崩れ落ちる。
 ジャスミンを除く三人は、静かにして耳をそばだてる。

「…………――おおーい――」
「……聞こえた!」

 一斉に顔を見合わせる三人。そして、声のした方に目を向ける。

「おおーい! こっちだ~!」
「――ヒースさん!」

 遙か向こうで、ブンブンと手を振る巨大な影を視認したパームが叫んだ。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「よぉ。そっちも終わったみてえだな」

 近付いてきた四人に対し、その荒々しい顔に、野卑な笑みを浮かべながら、ヒースは声をかけた。

「随分とボロボロだな。手強かったのかい、あの野郎は?」
「……そう言うオッサンも、ボコボコじゃないか」
「まあ、な」

 ジャスミンの皮肉交じりの返しに、苦笑しながら頷いたヒース。彼の言う通り、ヒースの身体は血に塗れ、あちこちに打撲痕や擦過傷、刀創が刻み込まれている。更に、踝の骨を砕かれたのか、彼の左脚はあらぬ方向を向いていたのだが、当の本人は涼しい顔で立っていた。
 ヒースは、背後をチラリと見て、言葉を続ける。

「屍人形に堕ちたとはいえ、さすがに最強騎士団を束ねる男だっただけの事はあったぜ」

 そう、静かに言うと、恍惚とした表情を浮かべ、大きく息を吐いた。

「――実に、楽しい……楽しい激戦たたかいだった――」
「……!」

 彼の視線を追って目を移した四人は、思わず絶句した。彼の後ろの大岩に身体をめり込ませていたのは、あちこちが凹み、割れ、砕けたアセテジュ鋼の黒鎧のなれの果てを身に纏った屍人形――。

「……いや、違う」

 ヒースは静かに首を横に振って、言葉を続けた。

「……この男は、もう屍人形じゃあねえ。俺と戦り合っている内に、コイツは自我を取り戻した。ここに居るのは、屍人形ではなく――」

 彼の言葉に、大岩にめり込んだ騎士の身体がピクリと動き、俯いていた頭を上げた。
 その面頬の奥から覗く瞳は、先程までとは違い、明確な意志の光に満ちている。
 ――そして、男は、ゆっくりと口を開き、

「……ワタしは――バルさ王国――わいマーレ騎士団団長……ロイ――ロイ・ワイマーレ……で、ある」

 ひび割れながらも、しっかりとした声で、己の名を名乗ったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...