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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
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「ジャ――ジャスミンさん!」
小袋を手にしたパームは、思わず大声で叫んだ。
「ん? 何だよ……、そんな素っ頓狂な声を出し――て、そりゃあ、確か……」
苛立たしげな顔で振り返ったジャスミンだが、パームの掌に載せられた小袋を一瞥すると、その表情を変えた。
「そうです! サンクトルで、ジザスさんから渡された、大教主様からの餞別です! 『きっと役に立つ』って言っていた――!」
「そうそう! すっかり忘れてたぜ、ソイツの存在を!」
ジャスミンもパームと同様に、興奮しながら、上気した顔を見合わせる。
「……これは、いわゆるひとつの“切り札”ってヤツだろ! いつ使うの? ――今でしょ!」
「そ……そうですよ! 大教主様の事ですから、きっと、こういう事態になる事も見越して、持たせてくれたんですよ、きっと!」
「……え、そうなの?」
熱に浮かされたような顔で、興奮を隠せないふたりの男とは対照的に、小袋に懐疑的な視線を送るアザレア。
「あの大教主さんでも、さすがにこの事態は想定できないと思うけど……」
「ダーメだよ、アザリー! よく言うじゃん、“信じる者は足を掬われる”ってさ」
「……いや、掬われてるじゃない、足」
「……それを言うなら、“信じる者は救われる”ですよ、ジャスミンさん……」
「あ? い……いいんだよ、細かい事はさ!」
ジャスミンは、誤魔化すように言って、パームの手から小袋をひょいっと持ち上げる。
「あ……ちょ、ちょっと、ジャスミンさん?」
「時間がないんだ。さっさと中身を開けて、役に立ってもらおうぜ? この、餞別様にさ!」
そう言うと、取り返そうと伸ばされたパームの手をひょいっと躱して、小袋の紐の結び目を解き始める。
「アザリー! その鞭で、屍鬼たちの足止めシクヨロォ!」
「――もう! 分かったわよ! ……でも、タダの鞭じゃ長く保たないから、早くしてよっ!」
ジャスミンの指示に、小さく舌打ちをしながら、アザレアは手にした長鞭を振るう。風切り音を立てながら縦横無尽に跳ね回る長鞭が、屍鬼たちを強かに打ち据えるが、既に痛覚を喪っている屍鬼たちは怯む事なく、緩慢な前進を続ける。――彼女の言うように、長くは持ち堪えられそうもない。
ジャスミンは、「へいへい」と軽い口調で返事をしながら、固い結び目を解く。小袋の中から取り出されたのは、仄かに黄色がかった色の液体で満たされた小瓶だった。
「え……何ですか、これは……? ポーションか何かでしょうか……?」
「さあ……?」
ジャスミンは首を捻るが、その表情には、アリアリと失望の色が浮かんでいた。
「切り札が、タダの回復薬だったら、意味ないなぁ……。ちょっぴり回復できたところで、この状況下じゃあ、寿命が数分延びるだけの話だ、ぜ……て、あれ? ――まだ何か入ってる……」
愚痴りながら、思わず小袋を握り締めたジャスミンは、袋に違和感を感じ、もう一度、袋の中を覗き込む。そして、中に入っていたそれを摘まみ出した。
「……これは、手紙……いや、メモ帳の切れ端……?」
怪訝な顔で、首を傾げるジャスミンは、小さく畳まれたそれを広げた。
「なになに……『汝、躊躇するなかれ。一気に小瓶の中身を呷るべし』――?」
「躊躇するなかれ……? 飲む事を……ですか?」
「つーか、結局、この小瓶の中身って何なんだよ? ……ひょっとして、犬のションベンか何かなのか……?」
「い――犬の……おしっこ……?」
ジャスミンの言葉に、顔面を強張らせるパーム。
「……真に受けるなって。冗談だよ…………多分」
苦笑しながら、小瓶のコルク栓を抜くジャスミン。
そして、瓶の口に鼻を近づけて――、
「――うっぷ!」
突然、弾かれたように顔を背け、激しく噎せた。
「じゃ、ジャスミンさん! だ、大丈夫ですかっ?」
驚きながら、彼の背中をさするパーム。心配そうな顔で、彼に訊く。
「や……やっぱり、相当危険な薬品だったんですか……それは?」
が、ジャスミンは首を横に振る。
「い……いや、そういう類のヤバいモンじゃないよ、コイツは」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。――に、しても」
と、ジャスミンは苦笑を浮かべた。
「……さすが、大教主というか何と言うか……とんだ狸ジジイだわ……」
「は? た、狸ジ……ジジイ?」
「なあ、パーム……」
不意に、ジャスミンはパームの事を呼んだ。パームは、目をパチクリさせながら、彼に顔を近づける。
「どうしました、ジャスミンさ――」
「――ゴメンな!」
「は――ふえっ?」
パームの不意を衝いて、ジャスミンが彼の首を抱え込み、その口に小瓶を突っ込み、一気に傾けた。
「ぶふっ! ぐっ? ――っ!」
パームは、咄嗟に抗おうと藻掻くが、小瓶の液体は、彼の口中に注ぎ込まれ、彼はそれを呑み込んだ。
次の瞬間、彼の身体が、雷にでも打たれたかのように激しく痙攣する。彼は、目を白黒させながら、顔色を赤くしたり青くしたりした後に、糸の切れたマリオネットのように力を失って、ジャスミンへとしなだれかかった。
「ちょ――ちょっと、ジャス! あなた、パーム君に何を飲ませたのっ?」
屍鬼たちに向かって長鞭を振り続けながら、仰天してジャスミンに叫ぶアザレア。
だが、ジャスミンは涼しい顔で、パームを引き剥がすと――、何と、蠢く屍鬼たちの群れに向かって蹴り出した。
パームは俯いたまま、よたよたと力無い足取りで、屍鬼たちの方へと歩み行く。
「ジャ――ジャスッ? い――一体、何を? 頭でもおかしく……?」
「いいや? 俺は正常だよ」
ジャスミンは、声を荒げるアザレアの方へ振り向くと、ニヤリと薄笑んだ。
顔色を変えたアザレアは、その真紅の目を剥いて、彼に食ってかかる。
「正常? どこがよ! パーム君に変な薬を飲ませた挙げ句、屍鬼たちの方へ蹴り飛ばすなんて――」
「変な薬? いやいや、薬なんかじゃないよ~、アレは。……ああ、でも、ある意味薬か……」
そう言いながら、したり顔で、手にした空の小瓶を振ってみせるジャスミン。
「この中に入っていた液体……あれは――」
屍鬼たちは、背を丸めて不気味な沈黙を保ったままのパームに向かって、涎の零れる口元から、汚れた歯を剥き出しながら一歩一歩近付く。
そんな危機的状況のパームを、余裕の表情を浮かべて見守りながら、ジャスミンは片目を瞑って言葉を続ける。
「いわゆる“百薬の長の長”……最高純度の溶岩酒――さ」
「は――?」
ジャスミンの言葉を聞いたアザレアが愕然としたのと同時に、背中を丸めた若草色の神官服がピクリと身体を震わせる。
次の瞬間、真夏の太陽のような黄金色の光が、まるで爆発したかのように、辺りを目映く照らし出したのだった――!
小袋を手にしたパームは、思わず大声で叫んだ。
「ん? 何だよ……、そんな素っ頓狂な声を出し――て、そりゃあ、確か……」
苛立たしげな顔で振り返ったジャスミンだが、パームの掌に載せられた小袋を一瞥すると、その表情を変えた。
「そうです! サンクトルで、ジザスさんから渡された、大教主様からの餞別です! 『きっと役に立つ』って言っていた――!」
「そうそう! すっかり忘れてたぜ、ソイツの存在を!」
ジャスミンもパームと同様に、興奮しながら、上気した顔を見合わせる。
「……これは、いわゆるひとつの“切り札”ってヤツだろ! いつ使うの? ――今でしょ!」
「そ……そうですよ! 大教主様の事ですから、きっと、こういう事態になる事も見越して、持たせてくれたんですよ、きっと!」
「……え、そうなの?」
熱に浮かされたような顔で、興奮を隠せないふたりの男とは対照的に、小袋に懐疑的な視線を送るアザレア。
「あの大教主さんでも、さすがにこの事態は想定できないと思うけど……」
「ダーメだよ、アザリー! よく言うじゃん、“信じる者は足を掬われる”ってさ」
「……いや、掬われてるじゃない、足」
「……それを言うなら、“信じる者は救われる”ですよ、ジャスミンさん……」
「あ? い……いいんだよ、細かい事はさ!」
ジャスミンは、誤魔化すように言って、パームの手から小袋をひょいっと持ち上げる。
「あ……ちょ、ちょっと、ジャスミンさん?」
「時間がないんだ。さっさと中身を開けて、役に立ってもらおうぜ? この、餞別様にさ!」
そう言うと、取り返そうと伸ばされたパームの手をひょいっと躱して、小袋の紐の結び目を解き始める。
「アザリー! その鞭で、屍鬼たちの足止めシクヨロォ!」
「――もう! 分かったわよ! ……でも、タダの鞭じゃ長く保たないから、早くしてよっ!」
ジャスミンの指示に、小さく舌打ちをしながら、アザレアは手にした長鞭を振るう。風切り音を立てながら縦横無尽に跳ね回る長鞭が、屍鬼たちを強かに打ち据えるが、既に痛覚を喪っている屍鬼たちは怯む事なく、緩慢な前進を続ける。――彼女の言うように、長くは持ち堪えられそうもない。
ジャスミンは、「へいへい」と軽い口調で返事をしながら、固い結び目を解く。小袋の中から取り出されたのは、仄かに黄色がかった色の液体で満たされた小瓶だった。
「え……何ですか、これは……? ポーションか何かでしょうか……?」
「さあ……?」
ジャスミンは首を捻るが、その表情には、アリアリと失望の色が浮かんでいた。
「切り札が、タダの回復薬だったら、意味ないなぁ……。ちょっぴり回復できたところで、この状況下じゃあ、寿命が数分延びるだけの話だ、ぜ……て、あれ? ――まだ何か入ってる……」
愚痴りながら、思わず小袋を握り締めたジャスミンは、袋に違和感を感じ、もう一度、袋の中を覗き込む。そして、中に入っていたそれを摘まみ出した。
「……これは、手紙……いや、メモ帳の切れ端……?」
怪訝な顔で、首を傾げるジャスミンは、小さく畳まれたそれを広げた。
「なになに……『汝、躊躇するなかれ。一気に小瓶の中身を呷るべし』――?」
「躊躇するなかれ……? 飲む事を……ですか?」
「つーか、結局、この小瓶の中身って何なんだよ? ……ひょっとして、犬のションベンか何かなのか……?」
「い――犬の……おしっこ……?」
ジャスミンの言葉に、顔面を強張らせるパーム。
「……真に受けるなって。冗談だよ…………多分」
苦笑しながら、小瓶のコルク栓を抜くジャスミン。
そして、瓶の口に鼻を近づけて――、
「――うっぷ!」
突然、弾かれたように顔を背け、激しく噎せた。
「じゃ、ジャスミンさん! だ、大丈夫ですかっ?」
驚きながら、彼の背中をさするパーム。心配そうな顔で、彼に訊く。
「や……やっぱり、相当危険な薬品だったんですか……それは?」
が、ジャスミンは首を横に振る。
「い……いや、そういう類のヤバいモンじゃないよ、コイツは」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。――に、しても」
と、ジャスミンは苦笑を浮かべた。
「……さすが、大教主というか何と言うか……とんだ狸ジジイだわ……」
「は? た、狸ジ……ジジイ?」
「なあ、パーム……」
不意に、ジャスミンはパームの事を呼んだ。パームは、目をパチクリさせながら、彼に顔を近づける。
「どうしました、ジャスミンさ――」
「――ゴメンな!」
「は――ふえっ?」
パームの不意を衝いて、ジャスミンが彼の首を抱え込み、その口に小瓶を突っ込み、一気に傾けた。
「ぶふっ! ぐっ? ――っ!」
パームは、咄嗟に抗おうと藻掻くが、小瓶の液体は、彼の口中に注ぎ込まれ、彼はそれを呑み込んだ。
次の瞬間、彼の身体が、雷にでも打たれたかのように激しく痙攣する。彼は、目を白黒させながら、顔色を赤くしたり青くしたりした後に、糸の切れたマリオネットのように力を失って、ジャスミンへとしなだれかかった。
「ちょ――ちょっと、ジャス! あなた、パーム君に何を飲ませたのっ?」
屍鬼たちに向かって長鞭を振り続けながら、仰天してジャスミンに叫ぶアザレア。
だが、ジャスミンは涼しい顔で、パームを引き剥がすと――、何と、蠢く屍鬼たちの群れに向かって蹴り出した。
パームは俯いたまま、よたよたと力無い足取りで、屍鬼たちの方へと歩み行く。
「ジャ――ジャスッ? い――一体、何を? 頭でもおかしく……?」
「いいや? 俺は正常だよ」
ジャスミンは、声を荒げるアザレアの方へ振り向くと、ニヤリと薄笑んだ。
顔色を変えたアザレアは、その真紅の目を剥いて、彼に食ってかかる。
「正常? どこがよ! パーム君に変な薬を飲ませた挙げ句、屍鬼たちの方へ蹴り飛ばすなんて――」
「変な薬? いやいや、薬なんかじゃないよ~、アレは。……ああ、でも、ある意味薬か……」
そう言いながら、したり顔で、手にした空の小瓶を振ってみせるジャスミン。
「この中に入っていた液体……あれは――」
屍鬼たちは、背を丸めて不気味な沈黙を保ったままのパームに向かって、涎の零れる口元から、汚れた歯を剥き出しながら一歩一歩近付く。
そんな危機的状況のパームを、余裕の表情を浮かべて見守りながら、ジャスミンは片目を瞑って言葉を続ける。
「いわゆる“百薬の長の長”……最高純度の溶岩酒――さ」
「は――?」
ジャスミンの言葉を聞いたアザレアが愕然としたのと同時に、背中を丸めた若草色の神官服がピクリと身体を震わせる。
次の瞬間、真夏の太陽のような黄金色の光が、まるで爆発したかのように、辺りを目映く照らし出したのだった――!
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