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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
天下無敵の色事師と冒瀆の屍術士
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「ジャス……ッ!」
振り返ったアザレアが、驚きで目を見開いた。その瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
「アザリー、大丈夫か?」
ジャスミンは、素早く彼女の元に駈け寄ると、手にした無ジンノヤイバの柄尻を叩く。桃色の光が剣身となり、その光の刃で、アザレアの脚を握りしめて離さない屍鬼の腕に斬りつけた。
不思議な事に、あれだけ強い力でアザレアの脚を掴んでいた屍鬼の腕が、無ジンノヤイバの桃色の刃に触れた途端、苦しそうに痙攣しながらボロボロと崩れ出し、やがて、一片の灰と化した。
アザレアはもちろん、当のジャスミン自身も、その現象に目を丸くする。
「……どうしたの、コレ?」
「……私に聞かないでよ」
――何はともあれ、アザレアは自由の身となった。
「――ケガはないか、アザリー?」
労るように尋ねるジャスミンに、小さく頷いて答えるアザレア。それを見たジャスミンはニッコリ笑って、彼女の肩をポンポンと叩いた。
「――よし、じゃあ、ちょっと休んでな。あとは、俺がキッチリ片をつけてやるからさ」
「だ――ダメよ、ジャス……! 私も戦う……! 姉様の仇を討つ――」
「ああ、そうしろ。――でも、今はダメだ」
ジャスミンは、アザレアの頬に流れる涙を、指でそっと拭いながら、優しく言った。
「そんな乱れた精神状態じゃ、仇を討つどころか、炎鞭も出せないだろ? 俺が時間を稼ぐから、その間心を静めて、落ち着いて戦えるようになったら――助けてくれよな?」
「……分かった……解ったわ、ジャス……」
「――ありがとう」
と、アザレアにニコリと微笑みかけてから、彼は振り返り、不気味に佇むふたり……ひとりとひとつを睨みつけ――首を傾げた。
「……あれ? アンタ、本当にシュダ団長か? その頭おかしい白装束で、団長だとばっかり思ってたけど、よく見たら顔が全然違うなあ」
確かに、昼間に謁見の間で見えた時とは、面相から違う。ジャスミンが戸惑うのも無理はない。
フジェイルは、引き攣れた唇を歪めて冷笑した。
「……ふん。君も、アザレアの変装は見ているだろう? あれを仕込んだのは、他ならぬ私だ。――あの忌々しい女が、私の顔に、この酷い火傷を刻んでくれたのでね。火傷を隠して、人目に晒しても恥ずかしくない面相にする為に覚えたメイクアップ技術は、いつの間にか達人の域に達していたよ」
「ふーん……でも、そうは言っても、本当は自信が持てなかったんだろ? 自分の技術にさ」
「……何だって?」
フジェイルの眉がピクリと跳ねる。ジャスミンは、彼の僅かな表情の変化に気付いてか気付かずか、口の端に皮肉気な薄笑みを浮かべながら、言葉を継ぐ。
「ただ、メイクアップして火傷の傷痕を隠そうとしても、不自然なところが残っているんじゃないのか……そう考えて、気になってたまらなくなったから、アンタはベースの化粧の上から、更に過剰な白塗りをしたんだ。――要するに、不自然を、更なる不自然で覆い隠したって訳」
「……それが、どうしたというのだ?」
話の着地点が見えない事に、若干の苛つきを覚えながら、フジェイルは上辺では平静を装い、問い返した。
「不自然な化粧を隠す為に、より目立つ不自然な白塗りを施す――だから何だという――」
「要するに、『小心者だね、アンタ』――っていう事さ」
「小心者……だって? ――私が?」
「そ」
ジャスミンは、ニッコリと微笑んで頷いた。
「それだけ完璧な偽装を施しながら、更に大袈裟な偽装を凝らす。おまけに、アザリーの記憶を弄ってまで、自分の正体を隠そうとする。――でも、そこまでしてでも、アザリーにバレたくなかったんだろ? アンタがシュダでは無く、フジェイルだという事実を」
「……」
「安心したよ、シュダ団長……いや、フジェイル」
「安心した? ……何を、だ?」
意外な言葉に、当惑の表情を浮かべるフジェイルを、ジャスミンは真っ直ぐ指さして、ニヒルな笑みを浮かべる。
「……初めて会った時は、顔から言葉から態度から、アンタは全てに仮面を被ってて、人間味の欠片も感じられなくって、正直薄気味悪かったんだけどさ。――今は、全然怖くないんだよ。むしろ、親しみすら感じる程にさ」
「……」
「フジェイルさんよ。アンタはタダの人間だ。惚れた女に、自分の本性を知られたくないと、必死に化けの皮を被って演技し続ける、感情豊かで恋に惑う……タダのひとりの男だ。――だったら」
ジャスミンはそう言うと、胸を張った。
「――俺がアンタに負けるはずは無いんだよ。人の心の機微を読む事にかけては右に並ぶ者のいない、この俺――『天下無敵の色事師』ならば、ね!」
振り返ったアザレアが、驚きで目を見開いた。その瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
「アザリー、大丈夫か?」
ジャスミンは、素早く彼女の元に駈け寄ると、手にした無ジンノヤイバの柄尻を叩く。桃色の光が剣身となり、その光の刃で、アザレアの脚を握りしめて離さない屍鬼の腕に斬りつけた。
不思議な事に、あれだけ強い力でアザレアの脚を掴んでいた屍鬼の腕が、無ジンノヤイバの桃色の刃に触れた途端、苦しそうに痙攣しながらボロボロと崩れ出し、やがて、一片の灰と化した。
アザレアはもちろん、当のジャスミン自身も、その現象に目を丸くする。
「……どうしたの、コレ?」
「……私に聞かないでよ」
――何はともあれ、アザレアは自由の身となった。
「――ケガはないか、アザリー?」
労るように尋ねるジャスミンに、小さく頷いて答えるアザレア。それを見たジャスミンはニッコリ笑って、彼女の肩をポンポンと叩いた。
「――よし、じゃあ、ちょっと休んでな。あとは、俺がキッチリ片をつけてやるからさ」
「だ――ダメよ、ジャス……! 私も戦う……! 姉様の仇を討つ――」
「ああ、そうしろ。――でも、今はダメだ」
ジャスミンは、アザレアの頬に流れる涙を、指でそっと拭いながら、優しく言った。
「そんな乱れた精神状態じゃ、仇を討つどころか、炎鞭も出せないだろ? 俺が時間を稼ぐから、その間心を静めて、落ち着いて戦えるようになったら――助けてくれよな?」
「……分かった……解ったわ、ジャス……」
「――ありがとう」
と、アザレアにニコリと微笑みかけてから、彼は振り返り、不気味に佇むふたり……ひとりとひとつを睨みつけ――首を傾げた。
「……あれ? アンタ、本当にシュダ団長か? その頭おかしい白装束で、団長だとばっかり思ってたけど、よく見たら顔が全然違うなあ」
確かに、昼間に謁見の間で見えた時とは、面相から違う。ジャスミンが戸惑うのも無理はない。
フジェイルは、引き攣れた唇を歪めて冷笑した。
「……ふん。君も、アザレアの変装は見ているだろう? あれを仕込んだのは、他ならぬ私だ。――あの忌々しい女が、私の顔に、この酷い火傷を刻んでくれたのでね。火傷を隠して、人目に晒しても恥ずかしくない面相にする為に覚えたメイクアップ技術は、いつの間にか達人の域に達していたよ」
「ふーん……でも、そうは言っても、本当は自信が持てなかったんだろ? 自分の技術にさ」
「……何だって?」
フジェイルの眉がピクリと跳ねる。ジャスミンは、彼の僅かな表情の変化に気付いてか気付かずか、口の端に皮肉気な薄笑みを浮かべながら、言葉を継ぐ。
「ただ、メイクアップして火傷の傷痕を隠そうとしても、不自然なところが残っているんじゃないのか……そう考えて、気になってたまらなくなったから、アンタはベースの化粧の上から、更に過剰な白塗りをしたんだ。――要するに、不自然を、更なる不自然で覆い隠したって訳」
「……それが、どうしたというのだ?」
話の着地点が見えない事に、若干の苛つきを覚えながら、フジェイルは上辺では平静を装い、問い返した。
「不自然な化粧を隠す為に、より目立つ不自然な白塗りを施す――だから何だという――」
「要するに、『小心者だね、アンタ』――っていう事さ」
「小心者……だって? ――私が?」
「そ」
ジャスミンは、ニッコリと微笑んで頷いた。
「それだけ完璧な偽装を施しながら、更に大袈裟な偽装を凝らす。おまけに、アザリーの記憶を弄ってまで、自分の正体を隠そうとする。――でも、そこまでしてでも、アザリーにバレたくなかったんだろ? アンタがシュダでは無く、フジェイルだという事実を」
「……」
「安心したよ、シュダ団長……いや、フジェイル」
「安心した? ……何を、だ?」
意外な言葉に、当惑の表情を浮かべるフジェイルを、ジャスミンは真っ直ぐ指さして、ニヒルな笑みを浮かべる。
「……初めて会った時は、顔から言葉から態度から、アンタは全てに仮面を被ってて、人間味の欠片も感じられなくって、正直薄気味悪かったんだけどさ。――今は、全然怖くないんだよ。むしろ、親しみすら感じる程にさ」
「……」
「フジェイルさんよ。アンタはタダの人間だ。惚れた女に、自分の本性を知られたくないと、必死に化けの皮を被って演技し続ける、感情豊かで恋に惑う……タダのひとりの男だ。――だったら」
ジャスミンはそう言うと、胸を張った。
「――俺がアンタに負けるはずは無いんだよ。人の心の機微を読む事にかけては右に並ぶ者のいない、この俺――『天下無敵の色事師』ならば、ね!」
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