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第十一章 “DEATH”TINY

【回想】幻影と遺言

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 「感無量ですよ、ロゼリア……」

 虚ろな表情のロゼリアの顔を覗き込みながら、フジェイルはその長い舌で舌なめずりをする。

「美しい貴女を、私の屍人形コレクションに加える日が来ようとはね。末永く大切にしてあげますよ……」
「…………ザリ……ア……アザリー……」
「……は? ――ああ、妹さんの名前ですか」

 うわ言の様に微かに紡がれるロゼリアの言葉に、耳を寄せて聞き取ったフジェイルは、その酷薄な表情を更にサディスティックに歪めた。

「ご安心を。あの妹さんは、私が責任を持って育てさせて頂きますよ。――もう少し育ったら、閨事などもね……クククク」
「……めて……や……めろ……」
「……私の性格はよくご存知でしょう、ロゼリア?」

 と、フジェイルは、目も虚ろなロゼリアに向かって舌を出した。

「私はねえ、人に止めろと言われた事をしてあげるのが、大好きなんですよ」

 そして、今際いまわの際の彼女が、どんな絶望的な表情を浮かべるのかよく見ようと、より近くに顔を寄せる。

「さて、おしゃべりはこの辺で終わりにしましょう」

 そして、微かに目を細め、屍術の呪句を唱えようと、口を窄める。

『我 命ズ ソノ魂 骸ニ留メ 我ガ 僕トナレ……クロキヤミ スベテヲスベル ダレムノチ ムクロニヤド――』
「――やらせないッ!」

 その時、ロゼリアの散大していた瞳孔が収縮し、虚ろだったその真紅の瞳に力が戻る。
 彼女は右手を伸ばして、フジェイルの口を掴むと、左手で自分の側頭部に飾っていた銀の髪留めをむしり取った。

「な――何を! こ、この――死に損ないがっ!」
「私と一緒に……貴方も死ぬのよ、フジェイル! ――灰になりなさいッ!」

 思いがけぬロゼリアの抵抗に焦燥し、思わず声を上ずらせるフジェイルに、美しい顔を歪めて嘲笑したロゼリアは、自分の服の胸元を引き裂く。
 彼女の乳房――心臓の位置には、赤い墨文字のタトゥーが刻み込まれていた。
 ロゼリアは、そのタトゥーと同じ言葉を、掠れた声で唱え上げる。

『火の女神 フェイムの魂 猛る炎! 我が身を代に 全てを燃やせッ!』

 唱えるや、左手に持った髪留めの尖った先端を、胸のタトゥーに向けて、思い切り突き刺した。
 次の瞬間、彼女の身体は真っ赤な豪炎に包まれる――フジェイルの身体ごと。

「ああああああああああああっ――! ガアアアアアアアッ~!」

 全身を炎に襲われたフジェイルが、目を剥き出し、熱さと痛みで絶叫する。ロゼリアの掌が触れている彼の左半面はジュウウウという嫌な音を立てながら、みるみる焼け爛れていく。

「は――離せェッ! この……薄汚い売女ばいたガアアアアアアアッ~!」
「――離さ……ない!」

 彼女は、掠れた声で叫ぶと、左腕でフジェイルの胴を抱え込んだ。ぶすぶすと嫌な音を立てながら、フジェイルのローブが燃え落ち、露わになった肌が爛れ、火ぶくれが至る所に現れ始める。

「あああああああああづいいいいッ! あづいよおおおおぉっ! 離じ……離じでぐれええええ!」

 彼は、顔面を醜く歪めながら泣き叫ぶ。が、もちろん、彼女がその腕の力を緩めるはずがない。
 そのまま、フジェイルを灼き尽くそうと、より一層、その腕に力を込めようとし――、

「――!」

 突然、強い力でフジェイルから引き離された。
 彼女の身体は、床の上に投げ出される。

「……う……」

 炎に巻かれ、真っ赤に染まる視界の中で、黒いローブの銀髪の老婆が、全身から黒い煙が立ち上り、皮膚が焼け爛れてグッタリとしているフジェイルの身体を黒い左腕で抱き上げるのが見えた。

「……ま……ま――て……」

 全身から炎を吹き上げながら、ロゼリアは必死で彼女を呼び止めようとする。
 扉を開けて、外へ出ようとしていた“銀の死神”は、その声に反応し、振り返った。

「…………ろ」

 その唇が何かの言葉を紡ぎ出したようだったが、ロゼリアの聴覚は、既にその機能を喪っていて、死神が何を言ったのかは解らなかった。
 死神は、そのまま彼女に背を向けると、扉を蹴破って、出て行った。

(……待て……待て――!)

 ロゼリアは、右手を伸ばして、声をあらん限りに張り上げた――つもりだったが、既に声は出なかった。力尽き、仰向けに倒れ込む。
 彼女を燃やし尽くさんと、ますます猛り狂う火炎を、ほとんど盲いた瞳で見つめながら、ロゼリアは、左手に持っていた髪留めを両手で固く握りしめる。

(だ……大丈夫……。あれだけの火傷を負わせたのだから……どちらにしろ、生き延びられはしない……)

 世界の敵になり得る狂人……いや、それよりも、最愛の妹に迫る危険を排除できた。
 そう思う彼女の心は平安に満ちていた。
 ――もう、熱さも痛みも感じない。
 灼熱の炎に全身を灼き苛まれながらも、彼女の口元は綻んでいた。

(ごめんね……アザリー……お姉ちゃんは、もう、貴女と一緒に生きられない)

 アザリーいもうとは、泣くだろうか……泣くだろうな……。そう考える彼女の頬を涙が伝い、火炎によって蒸発する。
 彼女の脳裏に、涙を止めどなく流し続ける妹の姿が浮かび、ロゼリアの胸が張り裂けそうになる。
 ――が、泣きじゃくるアザリーの傍らに寄り添うひとりの影を見止めたロゼリアは、優しい微笑みを浮かべた。

(ああ……そうか……あなたが居たわね……。あなたが側に居れば、アザリーも、きっと……泣き止んでくれるわ……)

 意識が途切れる直前、ロゼリアはニッコリと微笑んで、黒曜石の瞳をした少年へ、最期の言葉を贈った――。

(後の事……アザリーをお願いね……ジャスくん――)
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