好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良

文字の大きさ
上 下
138 / 176
第十一章 “DEATH”TINY

【回想】狂人と屍人形

しおりを挟む
 「……“しろがねの死神”ですって――?」

 ロゼリアは、目の前の男の言葉を一笑に付そうとしたが――出来なかった。
 扉を開けて入ってきた矮小な老婆の全身から立ち上る、何ともいえないおぞましさを感じさせるオーラが、彼女が本当に“銀の死神”だという事を、この上なく雄弁に示していた。
 ロゼリアは、喉に激しい渇きを覚える。
 次いで、胃の中の物が食道を逆流するのを感じ、その場に膝を落とした。

「ガッ……グ――フゥウ……」

 理性が止める間もなく、剥き出しの木の床に吐瀉物をぶちまける。老婆の放つ禍々しい瘴氣ショウキに中てられられたのだ。
 ――そう、

「おやおや、大丈夫ですか……ロゼ――」
「触らないでッ!」

 椅子から立ち上がり、背中を摩ろうとするフジェイルの手を撥ね除けて、ロゼリアは顔を上げて、燃える炎の色をした目で彼を睨みつけた。その目には、憎悪と嫌悪と恐怖と畏怖の光が宿り、ギラギラと輝いている。
 ロゼリアは、息を荒くしながら、途切れ途切れに言葉を吐く。

「フジェ……フジェイル……、貴方――この、死神……は――」
「お察しの通りですよ、ロゼリア」

 フジェイルは、その陰鬱な顔を狂気的に歪め、含み笑いを浮かべながら、自慢げに話し始める。

「実際の彼女――“銀の死神”は、神話おとぎばなしのような、冥神の御業みわざによる聖なる造形物ではありませんでした。――遙か太古の、滅びし旧人類の手によるだったのですよ」
「……屍……人形――」
「もちろん、の屍術士が造るようなチャチな木偶デクどもなどとは、出来のレベルが桁違いですがね。――屍人形ならば、私に使えない訳が無いのですよ。……“屍の冒瀆者”と呼ばれた私ならね……」

 そう言うと、フジェイルは腹を抱えて嗤い出す。狂ったように。
 ……否。

(……既に狂っている)

 彼の哄笑に呆然としながら、そうロゼリアは考えていた。

「私の屍術ネクロマンシーで彼女の魂を縛り、意のままに操る――事は、正直出来てはいませんね。さすがに彼女の呪いの力は強力すぎて、いかに私といえども手に余る……」

 フジェイルは自嘲気味に薄笑みを浮かべた。

「まあ、今の私と彼女の関係は、飼い主と狗のような半従属関係と言っていいでしょうか……。何せ、私が発見した時は、尸氣シキ幽氣ユウキが抜け切って、骨と皮だけのミイラのようになっていましたからね。アケマヤフィトへ持ち込んで、地下の実験室でを遣りながら、大切にここまで育ててやったのですよ」
「……エサ?」

 ロゼリアは思わず聞き返した。“エサ”という、一見とりとめも無いように聴こえるその単語に、何ともいえないおぞましい響きを感じたからだ。
 ロゼリアの言葉に、フジェイルは怖気を震うような嗜虐的な表情を浮かべて答えた。

「それはもちろん――良質の雄氣ゆうき雌氣しきを持つ……人間ですよ、ククククク!」
「――!」

 フジェイルの答えを聞いたロゼリアは、再び激しい吐き気を覚えて、口を押さえた。
 そんな彼女の様子を見下しながら、フジェイルは小首を傾げてみせる。

「……自分の事でも無いのに、なぜ、そんなに苦しむのですか? ご安心を。喰わせていたのは、地下牢に収容されるような、どうしようも無い犯罪者ばかりですよ」
「そういう――そういう問題じゃない!」

 ロゼリアは、フジェイルの言葉に絶叫した。だが、彼は、彼女の声が聞こえていないかのように話を続ける。

「囚人共を喰わせ続けて、ようやくここまで育てたのですが、困った事に、エサが尽きてしまいましてね。もう、地下牢食料庫は空っぽです」

 彼は、戯けて肩を竦めてみせる。

「――なので、これから良質の人間エサを調達しようと思いましてね。に、この都市の総督……グリティヌス公を、バスツールの灰雪宮へ告発してみました」
「え――!」

 フジェイルの言葉に、ロゼリアの目が驚愕で見開かれる。

「既に、グリティヌス公は大公に呼び出されて、監察使にされながら、バスツールへ向かっている最中です。まあ、バスツールまで辿り着けるかは……どうでしょうかね? ふふふ……」

 ロゼリアは、彼の事が心底恐ろしくなって、ブルブルと身体をおこりのように震わせる。
 その様子を、氷の様な冷たい瞳で見下しながら、フジェイルは口元を歪ませる。

「……で、が本番です」
「本番……?」

 ロゼリアの問いに、フジェイルは実に愉快そうに鼻をひくつかせる。

「――当然、灰雪宮からは、アケマヤフィト総督庁の制圧令が発せられます。クレオーメ公国の各地から、活きのいい屈強な男達が列を成して……ほら、よく言うでしょ? 『牛が鍋を運んでやって来る』――ってね。そして、彼女には、存分に腹を満たしてもらう。……です」
「――……狂ってる」

 ロゼリアは震える声で、それでも敢然と彼を睨みつけて言った。

「この死神の力を取り戻させるだけの為に、公国軍の騎士達を贄にしようだなんて……! 狂ってるわ、貴方っ!」
「ええ。その通りです。キチンと自覚はしていますよ」

 フジェイルは、薄ら笑いを絶やす事なく、あっさりと頷く。

「ですが、狂いもするでしょう? 何せ、これだけ強大な銀の死神ちからを手に入れたのです。おかしくならない訳がない! 誰であっても例外ではない!」

 そう声高に叫ぶと、フジェイルは、その陰鬱な顔に凄惨な笑顔を貼り付けて、右手を真っ直ぐロゼリアへと伸ばして言った。

「――たとえ、貴女であってもね。……さあ、ロゼリア。私と一緒に狂いましょう!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...