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第十一章 “DEATH”TINY
神話と死神
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――“銀の死神”の言葉に、ふたりは言葉を喪った。中庭は、シンと静まりかえる。
と、
「で――デタラメを言わないで下さい!」
その沈黙を破ったのはパームだった。彼は、顔色を失って絶叫する。
だが、その言葉を受けた死神は、首を傾げた。
「出鱈目……? 一体、どこがだ?」
「で……出鱈目じゃないですか! 貴方が先程口にした事は、ラバッテリア教に伝わる、“銀の死神”の神話と全然違う!」
パームは、そう叫ぶと、彼女に指を突きつけた。
「神話では、地上で繁栄を極める、太陽神アッザムの治世を嫉視した黄泉の神ダレムが、煉獄の土と呪龍の血を混ぜ合わせて創り出したのが、貴女という呪われた存在だったはずです! 貴女は、ダレムの命によって、この地に降り立ち、その呪われし力を以て――」
「……取りあえず、ひとつ訊きたいのだが……ダレムとは、一体誰の事だ?」
「え……? な……何を――」
「……『何を言いたい?』は、私の台詞だ」
意想外の言葉に、声を失うパームに、追って疑問を投げつける銀の死神――ゼラ。
「人間なのか神なのかは知らんが……そもそも私は、ダレムなどという者に会った事はおろか、名前自体、数万年の昔から今に至るまで聞いた事が無い」
ゼラは静かな口調で言うと、ふう……と小さな溜息を吐いた。
「……どうやら、数万年の時間を経る内に、随分と歪んで伝えられてしまったようだな、あの頃の事は。――まあ」
ゼラは、そう呟くと、二の腕の先から喪われた左腕を天に翳す。――と、その切断面から夥しい黒い霧が噴き出し、一瞬で凝集して漆黒い左腕を形成した。
彼女は、上げた腕を下ろすと、拳を握ったり開いたりして、その感触と動きを確かめながら言葉を継ぐ。
「――それも致し方なかろう。人の命は儚く短い……。しかも、太古の昔に一度滅んでいるのだからな……私の手によって」
そこまで言うと、ゼラは自然を落とし、地べたに転がり呻き声を上げている傭兵達の姿に冷たい視線を送り、微かに薄く笑った。
「そう、こうやってな――」
次の瞬間、左腕を成していた黒い霧が歪み、幾条にも分かれ、小さな牙を剥く無数の蛇の首と変わった。
漆黒の蛇たちは、一斉にその鎌首を上げて、一直線に地面に倒れ伏す傭兵達へと襲いかかる。
「や――止めてッ!」
彼女の意図を察したパームは、必死で叫ぶが、もうどうしようも出来なかった。
次々と、無抵抗の傭兵達の身体に牙を立てた蛇たち。その黒い身体が紅と青に光り、傭兵達の身体から吸い出された血液のように脈動しながら、黒蛇の枝元――ゼラへと向かって流れていく。
「あ……あがががががががぁっ!」
「イヤだ……止めて……やめうええええええええ!」
「ウギャ――アアアアアアアアア」
食いつかれた傭兵達が、涙と涎を流し散らし、飛び出さんばかりに目を剥き出しながら、断末魔を上げる。
「ダメだ……止めて下さいッ! ――『我が額 宿りし太陽 アッザムの――」
「止めとけ、坊ちゃん! ……もう遅い」
目に涙を浮かべながら、急いで“キヨメ”の聖句を唱えようとするパームを、ヒースは静かに、そしてハッキリと制した。振り返ってキッと睨みつけるパームに、フルフルと首を横に振る。
――彼の言う通りだった。傭兵達の絶叫はみるみる弱まり、それに応じるように、彼らの身体もみるみる萎んでいく。
それはまるで、砂漠で斃れた死体が朽ちる様を何倍にも早めて見せられているかのようだった。
そして、傭兵達の身体は、この世界から消え去った。骨の一欠片も、髪の一片も残らず……。ただ、彼らが身につけていた粗末な胴丸や衣服だけが、まるで抜け殻のように地面に転がっていた。
「……」
「あ……ああ……な、何て……酷い事を……」
パームは、腰が抜けたようにその場でへたり込むと、涙でグシャグシャになった顔を伏せ、嗚咽する。ゼラは、そんなパームの姿を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……良く分からないな。何故お前が泣いている?」
そう呟くと、彼女は己の胸に手を当てながら、抑揚の無い声で言った。
「彼らは、お前達の敵だろう? 何故、お前が彼らの不運に対して涙を流すのだ?」
「ッ!」
パームは、顔を上げて、キッとゼラを睨みつける。
「あ――貴女は!」
「――まあ、細けえ事はいいじゃねえか、坊ちゃん」
色を失って反駁しようとするパームを制して、一歩前に踏み出したのはヒースだった。
彼は舌なめずりをしながら、大棍棒を構え、足元をならす。
「取り敢えず、コイツが伝説の“銀の死神”で、一度この世の人間を滅ぼした――っていうのは確実なんだろ? ――俺にとっては、それだけで充分」
ヒースは、ニイッと口角を吊り上げた。
「本来のコイツが、ダレムの造った土人形なのか、昔の人間が造り出した、ぜっといーえる……なんちゃらなのかは、別に興味ねえ。……俺はよぉ」
彼は、腰を屈め、まるでネコのようにゆっくりと身体を丸めていく。
「ギリギリの命のやり取りが出来れば、それだけでいいんだよッ!」
吠えた瞬間、ヒースはその太い脚で思い切り地面を蹴る。地面が抉れ、土煙が上がった。
跳躍したヒースの巨軀が、まるで投石機から発射された巨石のような勢いで、一直線に銀髪の女へ向かって襲来する。
そして、空中で大棍棒を高く振り上げたヒースは、
「ウオオオオオオオオオオオオッ!」」
と、万雷をも遙かに凌駕する大音声を上げて、渾身の力を込めた一撃を、“銀の死神”の脳天目がけて振り下ろした!
と、
「で――デタラメを言わないで下さい!」
その沈黙を破ったのはパームだった。彼は、顔色を失って絶叫する。
だが、その言葉を受けた死神は、首を傾げた。
「出鱈目……? 一体、どこがだ?」
「で……出鱈目じゃないですか! 貴方が先程口にした事は、ラバッテリア教に伝わる、“銀の死神”の神話と全然違う!」
パームは、そう叫ぶと、彼女に指を突きつけた。
「神話では、地上で繁栄を極める、太陽神アッザムの治世を嫉視した黄泉の神ダレムが、煉獄の土と呪龍の血を混ぜ合わせて創り出したのが、貴女という呪われた存在だったはずです! 貴女は、ダレムの命によって、この地に降り立ち、その呪われし力を以て――」
「……取りあえず、ひとつ訊きたいのだが……ダレムとは、一体誰の事だ?」
「え……? な……何を――」
「……『何を言いたい?』は、私の台詞だ」
意想外の言葉に、声を失うパームに、追って疑問を投げつける銀の死神――ゼラ。
「人間なのか神なのかは知らんが……そもそも私は、ダレムなどという者に会った事はおろか、名前自体、数万年の昔から今に至るまで聞いた事が無い」
ゼラは静かな口調で言うと、ふう……と小さな溜息を吐いた。
「……どうやら、数万年の時間を経る内に、随分と歪んで伝えられてしまったようだな、あの頃の事は。――まあ」
ゼラは、そう呟くと、二の腕の先から喪われた左腕を天に翳す。――と、その切断面から夥しい黒い霧が噴き出し、一瞬で凝集して漆黒い左腕を形成した。
彼女は、上げた腕を下ろすと、拳を握ったり開いたりして、その感触と動きを確かめながら言葉を継ぐ。
「――それも致し方なかろう。人の命は儚く短い……。しかも、太古の昔に一度滅んでいるのだからな……私の手によって」
そこまで言うと、ゼラは自然を落とし、地べたに転がり呻き声を上げている傭兵達の姿に冷たい視線を送り、微かに薄く笑った。
「そう、こうやってな――」
次の瞬間、左腕を成していた黒い霧が歪み、幾条にも分かれ、小さな牙を剥く無数の蛇の首と変わった。
漆黒の蛇たちは、一斉にその鎌首を上げて、一直線に地面に倒れ伏す傭兵達へと襲いかかる。
「や――止めてッ!」
彼女の意図を察したパームは、必死で叫ぶが、もうどうしようも出来なかった。
次々と、無抵抗の傭兵達の身体に牙を立てた蛇たち。その黒い身体が紅と青に光り、傭兵達の身体から吸い出された血液のように脈動しながら、黒蛇の枝元――ゼラへと向かって流れていく。
「あ……あがががががががぁっ!」
「イヤだ……止めて……やめうええええええええ!」
「ウギャ――アアアアアアアアア」
食いつかれた傭兵達が、涙と涎を流し散らし、飛び出さんばかりに目を剥き出しながら、断末魔を上げる。
「ダメだ……止めて下さいッ! ――『我が額 宿りし太陽 アッザムの――」
「止めとけ、坊ちゃん! ……もう遅い」
目に涙を浮かべながら、急いで“キヨメ”の聖句を唱えようとするパームを、ヒースは静かに、そしてハッキリと制した。振り返ってキッと睨みつけるパームに、フルフルと首を横に振る。
――彼の言う通りだった。傭兵達の絶叫はみるみる弱まり、それに応じるように、彼らの身体もみるみる萎んでいく。
それはまるで、砂漠で斃れた死体が朽ちる様を何倍にも早めて見せられているかのようだった。
そして、傭兵達の身体は、この世界から消え去った。骨の一欠片も、髪の一片も残らず……。ただ、彼らが身につけていた粗末な胴丸や衣服だけが、まるで抜け殻のように地面に転がっていた。
「……」
「あ……ああ……な、何て……酷い事を……」
パームは、腰が抜けたようにその場でへたり込むと、涙でグシャグシャになった顔を伏せ、嗚咽する。ゼラは、そんなパームの姿を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……良く分からないな。何故お前が泣いている?」
そう呟くと、彼女は己の胸に手を当てながら、抑揚の無い声で言った。
「彼らは、お前達の敵だろう? 何故、お前が彼らの不運に対して涙を流すのだ?」
「ッ!」
パームは、顔を上げて、キッとゼラを睨みつける。
「あ――貴女は!」
「――まあ、細けえ事はいいじゃねえか、坊ちゃん」
色を失って反駁しようとするパームを制して、一歩前に踏み出したのはヒースだった。
彼は舌なめずりをしながら、大棍棒を構え、足元をならす。
「取り敢えず、コイツが伝説の“銀の死神”で、一度この世の人間を滅ぼした――っていうのは確実なんだろ? ――俺にとっては、それだけで充分」
ヒースは、ニイッと口角を吊り上げた。
「本来のコイツが、ダレムの造った土人形なのか、昔の人間が造り出した、ぜっといーえる……なんちゃらなのかは、別に興味ねえ。……俺はよぉ」
彼は、腰を屈め、まるでネコのようにゆっくりと身体を丸めていく。
「ギリギリの命のやり取りが出来れば、それだけでいいんだよッ!」
吠えた瞬間、ヒースはその太い脚で思い切り地面を蹴る。地面が抉れ、土煙が上がった。
跳躍したヒースの巨軀が、まるで投石機から発射された巨石のような勢いで、一直線に銀髪の女へ向かって襲来する。
そして、空中で大棍棒を高く振り上げたヒースは、
「ウオオオオオオオオオオオオッ!」」
と、万雷をも遙かに凌駕する大音声を上げて、渾身の力を込めた一撃を、“銀の死神”の脳天目がけて振り下ろした!
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