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第十一章 “DEATH”TINY

闇黒蛇と黄金光

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 全身を緊張させて身構える三人の前に現れた“しろがねの死神”は、ローブの裾と銀色の髪を風に靡かせながら、一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。
 彼女の全身からゆらゆらと立ち上る陽炎のようなどす黒いオーラに、パームは思わず吐き気を催す。

「――おいおい、大丈夫か、パームよ……」

 そんなパームを薄笑みを浮かべながら茶化すジャスミンだったが、彼自身、喉がカラカラに渇き、全身の細かい震えが止まらない。
 パームは、立っている事が出来ずにへたり込むが、気丈に顔を上げる。

「だ……だい……大丈夫です。――それよりも」

 パームは、一旦言葉を切ると、ふたりに視線を送って言葉を継ぐ。

「ふたりとも……気をつけて下さい。あの人……いや、は、今までの相手とは、全く次元……が違う敵です」
「……成り立ち?」

 聞き返すヒースに、パームは頷く。震えて上手く働かない口の筋肉を苦労して動かしながら、言葉を紡ぐ。

「彼女は……昔はともかく、い……今の彼女は、もはや生き物ではない――そう……感じます……」
「生き物ではない? ……それに、彼女“達”って、どういう意味だ……?」
「……僕にもハッキリは、分かりません……ただ」

 パームは、ジャスミンの問いに首を横に振りながら、激しく身震いをし、言葉を継いだ。

「――彼女の中から……何人、何十、いや何百何千もの……“目”が、僕たちを見ている……そういう風に感じるんです……」
「何百何千もの目ぇ? 俺には、何も感じねえけどなぁ」

 ヒースは首を傾げる。

「……僕は、ラバッテリア教の神官としての修導を受けています。だから、僕には感じられるんだと思います……」

 そう言うと、パームはフラフラとしながらも、己の脚でしっかりと立ち上がり、右手で自身の額を覆う前髪を梳き上げた。
 彼の額に刻まれた“太陽神アッザム聖眼”が露わになる。
 そして、決然とした表情で、ジャスミンとヒースに言った。

「ジャスミンさん、それにヒースさん……。先に行って下さい。は、ラバッテリア教の神官たる、僕が対しなければならない……そして、対処できない存在です」
「は――?」
「お、おい、パーム!」

 パームの言葉に、呆気に取られるジャスミンとヒース。
 そして――、

「……なかなか優秀な神官の様だな、お前」
「――!」

 思わぬ方向からのパームを称える艶やかな声に、三人はギョッとして、声の方向に顔を向ける。
 いつの間に、15エイム程の距離を取って、“しろがねの死神”が飄然と佇んでいた。

「死神――!」
「……では、試してみよう」

 死神は無表情のままそう言うと、黒い闇が質量を得て、形を成したかのような質感の左腕をユラリと上げる。
 彼女の左腕は、ゴワゴワと蠢くや、煙が舞うようにその形を崩し、数瞬後に三条の黒い大蛇の首へと姿を変えた。

「……ゆくぞ」

 彼女は、小さく呟くように言うと、左腕から生えた三匹の大蛇が鎌首を上げて、三人へ向かって襲いかかってきた。

「――来るぞ! 構え――」
「二人とも、下がって!」

 大棍棒を構えるヒースを強い声で制したのは、パームだった。
 彼は、目を固く閉じると、

『我が額 宿りし太陽 アッザムの聖眼 光を放ちて 邪を払わんっ!』

 厳かな聖句を唱える。
 次の瞬間、彼の額の“アッザムの聖眼が目映い黄金の光を放った。

「うおっ! 眩しッ!」

 ジャスミンはその光の眩しさに、思わず目を覆う。
 パームの額から発した黄金の光は、放射状に前方に伸び、死神の闇黒あんこく色の大蛇を照らす。

「――――!」

 すると、大蛇の形を成していた黒い霧が、黄金の光によって溶け弾け、文字通り霧散したのだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 同刻――ダリア傭兵団本部大広間。
 玉座に座り、頬杖をついてじっと目を閉じていたシュダは、ふとその目を開く。
 彼の座る玉座の階に、ひとりの人影が佇んでいた。
 彼は、その白面に薄笑みを浮かべ、人影に声をかける。

「やあ――、久しぶりだね、アザレア」
「……ご無沙汰しております、シュダ様」

 アザレアは顔を伏せ、階の前で片膝をついた。シュダは、足を組み、気さくな様子で彼女に話しかける。

は満喫できたようだね。――を遂げられたようで、何よりだよ」
「……シュダ様のお陰でございます。有難うございました。――その事なのですが」
「……」

 アザレアはそこまで言うと、顔を上げ、じいっとシュダの白面を見つめた。暗い大広間の中で、彼女の真っ赤な瞳が僅かな光を反射して、煌々と輝く。
 彼女は、早鐘のように鳴り響く、己の心臓の音を五月蠅く感じながら、ゴクリと生唾を呑み込むと、動きの鈍い舌を縺れさせながら、ゆっくりと言葉を吐く。

「……一点、シュダ様にお伺いしたい事が……ございます」
「ほう。私に訊きたい事……ねえ」

 彼女の言葉を聞き、シュダは片目を瞑って小さな溜息を吐き、そして頷いた。

「――分かった。心して伺おう。……だが、ここでは、落ち着いて話も出来ない。――場所を変えよう」

 そう伝えると、彼は立ち上がり、アザレアを手招きする。

「……私の居室に来なさい、アザレア。――大丈夫、取って食いはしないよ」
「……はい」

 一瞬、アザレアは逡巡する素振りを見せたが、すぐにコクリと頷き立ち上がる。
 そして、シュダの手招きに応じて、彼が開けた大広間の扉をくぐり、彼の居室へ向かう廊下に出ようとする。

「――髪の毛、随分と短くなったね」

 すれ違う刹那、シュダはそう呟いて、彼女の真紅の髪を撫でる。――と、その手が止まった。

「…………この、髪留めは……?」

 彼の、冬の湖色をした瞳は、彼女の耳の上に飾られたに釘付けとなる。――彼には珍しい“狼狽”が、その瞳の色にありありと現れていた。
 アザレアは、そんな彼の様子を横目で見て、短く、

「――姉の形見です」

 それだけ言った。
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