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第十章 Welcome to the Black Mountain
土産と宝物
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「おい、色男。これからどうするつもりなんだ?」
ヒースが、荷馬車の天蓋に頭をぶつけて顔を顰めながら、ジャスミンに訊いた。
ジャスミンとヒース、そしてパームの三人は、きつく縛り上げられた上で、黒衣の者たちの用意した荷馬車に押し込まれた。荷馬車は夜闇に紛れて村を出発し、田舎のデコボコ道で車輪を軋ませながら何処かへと疾走している。
「どうする、って? 別にどうもしないよ~」
ジャスミンは、ヒースの問いに、涼しい顔でそう答える。
「だって、あいつらがダリア傭兵団の手の者だって言うなら、この馬車の行き先はひとつだろ?」
「……ダリア山、か」
「そゆ事」
ジャスミンは頷く。
「俺たちは元々ダリア山へ行く予定だったんだしさ。寧ろ、ちまちまと歩く手間が省けたってもんさ。わざわざ、こんな乗り心地の良い荷馬車まで用意してくれて、俺たちの事を目的地まで運んでくれるんだぜ。有り難く傭兵団サマのご厚意に甘えさせてもらおうじゃないの」
そう言うと、彼はニヤリと嘲笑った。
「で――でも! こんな拘束されたままじゃ……。ダリア山に着いた途端にバッサリとやられてしまったら――!」
そう言って、怯えた表情を浮かべたのは、先程意識を取り戻したばかりのパームだ。
ジャスミンは、苦笑しながら首を横に振った。
「いやあ、その怖れはないだろうさ」
「――そうだな。さっき襲ってきた時も、本気で俺たちを殺す気じゃなかったみてえだしな」
ヒースは頷くと、自分の身体をきつく縛り上げた太い縄を揺すってみせた。
「ご丁寧に、拘束強化術式縄まで用意してるって事は、ヤツらの目的が、俺たちの殺害じゃなくて捕獲の方だ、っていう何よりの証左――」
「た……確かに」
パームは、ヒースの言葉に納得して頷き、また首を傾げた。
「でも、そもそも何でなんでしょうか? 僕たちを生け捕りにするメリットって……?」
「そりゃ、『仲間になれ!』とでも言ってくるんじゃないの? サンクトルでの俺達の活躍を、先方さんもご存知の様だしな」
ジャスミンはそう言うと、満更でもなさそうにニンマリと笑った。
「サンクトルでチャー傭兵団が壊滅した後、脱出してダリア傭兵団に舞い戻った奴も居るだろうしな。俺達の情報が、ある程度漏れてたとしてもおかしくねえだろ」
ヒースが首をコキリと鳴らしながら、ジャスミンの言葉を補足する。本当は顎髭抜きでもしたい所だったが、両腕を縛られていて、出来ないのがもどかしい様だ。
と、彼は、冷たい眼をすると、荷馬車の前の方に顎をしゃくって示す。
「――それに、俺達の中にスパイが混じってたみてえだしなぁ」
「そ……そんな、スパイだなんて……」
パームが窘めるように言うが、彼自身考えないでもない事だったので、歯切れは悪い。
「いや、スパイなんかじゃないよ、多分」
が、一方のジャスミンの言葉に淀みは無い。
「アザリーの事は、ガキの頃から良く知ってる。サンクトルから後のあいつの行動に、後ろ暗い部分は無かったよ」
「……じゃあ、さっきのアレは何なんだよ? あれが裏切りじゃなくて何なんだっつー話だぜ?」
「……ひょっとして、まだアザレアさんに掛かった洗脳が解けていない……という事ではないですか?」
パームが、恐る恐る口を挟んだ。それに対し、
「うん。半分解けてないよ」
あっさりと頷くジャスミン。
「半分……?」
「でも、それと、今回のアザリーの行動とは、直接関係は無いんだと思う。何か、アイツなりの考えがあっての事だろうな」
「何で、そう言い切れる、色男?」
自信満々な様子のジャスミンに、怪訝な表情を浮かべて訊くヒース。
ジャスミンは、ニヤリとニヒルな微笑を浮かべた。
「何で……って、タダの勘だよ。――但し、『天下無敵の色事師』――もっとも女心に精通した男の、な」
◆ ◆ ◆ ◆
「……随分、大人しゅうございますな」
御者台に並んで座る仮面の者が、後ろに顎をしゃくって、傍らの紅い髪の女に話しかけた。
「……そうね」
アザレアは、無表情で素っ気なく答え、目を横にやる。目まぐるしいスピードで、木々が彼女達の横を行き過ぎていく。荷馬車は、漆黒の森の中を、ガラガラと車輪の音を喧しく鳴らしながら、ダリア山へ向けて疾走していた。
「……随分と長い休暇を取ってしまって、シュダ様は怒ってらっしゃるのかしら……?」
アザレアは、ボソリと独り言のように呟いた。仮面の者はチラリと彼女の横顔を見て、
「――団長はお怒りではないと思います。寧ろ、アザレア様のお帰りを心待ちにしている様子でした」
こちらも呟くように答え、後ろを指さした。
「格好のお土産もありますしな」
「――喜んで頂けるのかしら?」
アザレアは、不安げな顔で首を傾げた。
「……そもそも、何でシュダ様は、彼らを――」
「我々には分かりかねますな。某は、団長から、アザレア様のお迎えのついでに、奴らを生け捕りにして連れてくるように……としか命ぜられてはおりませぬ故」
「そう……」
アザレアは、表情を曇らせると、左手で横髪を梳き上げた。
「――なかなか、趣味の良い髪留めですね」
「え――?」
アザレアは、仮面の者の言葉に、戸惑ったように目を丸くして、そっと横髪を留めている、銀の髪留めに指を当てた。ひんやりとした金属の感触が心地いい。
「ああ……これね」
アザレアは、つい数時間前の事を思い出して、頬を仄かに染めながら、微笑みを浮かべて言った。
「これは、私の……新しい宝物なの」
ヒースが、荷馬車の天蓋に頭をぶつけて顔を顰めながら、ジャスミンに訊いた。
ジャスミンとヒース、そしてパームの三人は、きつく縛り上げられた上で、黒衣の者たちの用意した荷馬車に押し込まれた。荷馬車は夜闇に紛れて村を出発し、田舎のデコボコ道で車輪を軋ませながら何処かへと疾走している。
「どうする、って? 別にどうもしないよ~」
ジャスミンは、ヒースの問いに、涼しい顔でそう答える。
「だって、あいつらがダリア傭兵団の手の者だって言うなら、この馬車の行き先はひとつだろ?」
「……ダリア山、か」
「そゆ事」
ジャスミンは頷く。
「俺たちは元々ダリア山へ行く予定だったんだしさ。寧ろ、ちまちまと歩く手間が省けたってもんさ。わざわざ、こんな乗り心地の良い荷馬車まで用意してくれて、俺たちの事を目的地まで運んでくれるんだぜ。有り難く傭兵団サマのご厚意に甘えさせてもらおうじゃないの」
そう言うと、彼はニヤリと嘲笑った。
「で――でも! こんな拘束されたままじゃ……。ダリア山に着いた途端にバッサリとやられてしまったら――!」
そう言って、怯えた表情を浮かべたのは、先程意識を取り戻したばかりのパームだ。
ジャスミンは、苦笑しながら首を横に振った。
「いやあ、その怖れはないだろうさ」
「――そうだな。さっき襲ってきた時も、本気で俺たちを殺す気じゃなかったみてえだしな」
ヒースは頷くと、自分の身体をきつく縛り上げた太い縄を揺すってみせた。
「ご丁寧に、拘束強化術式縄まで用意してるって事は、ヤツらの目的が、俺たちの殺害じゃなくて捕獲の方だ、っていう何よりの証左――」
「た……確かに」
パームは、ヒースの言葉に納得して頷き、また首を傾げた。
「でも、そもそも何でなんでしょうか? 僕たちを生け捕りにするメリットって……?」
「そりゃ、『仲間になれ!』とでも言ってくるんじゃないの? サンクトルでの俺達の活躍を、先方さんもご存知の様だしな」
ジャスミンはそう言うと、満更でもなさそうにニンマリと笑った。
「サンクトルでチャー傭兵団が壊滅した後、脱出してダリア傭兵団に舞い戻った奴も居るだろうしな。俺達の情報が、ある程度漏れてたとしてもおかしくねえだろ」
ヒースが首をコキリと鳴らしながら、ジャスミンの言葉を補足する。本当は顎髭抜きでもしたい所だったが、両腕を縛られていて、出来ないのがもどかしい様だ。
と、彼は、冷たい眼をすると、荷馬車の前の方に顎をしゃくって示す。
「――それに、俺達の中にスパイが混じってたみてえだしなぁ」
「そ……そんな、スパイだなんて……」
パームが窘めるように言うが、彼自身考えないでもない事だったので、歯切れは悪い。
「いや、スパイなんかじゃないよ、多分」
が、一方のジャスミンの言葉に淀みは無い。
「アザリーの事は、ガキの頃から良く知ってる。サンクトルから後のあいつの行動に、後ろ暗い部分は無かったよ」
「……じゃあ、さっきのアレは何なんだよ? あれが裏切りじゃなくて何なんだっつー話だぜ?」
「……ひょっとして、まだアザレアさんに掛かった洗脳が解けていない……という事ではないですか?」
パームが、恐る恐る口を挟んだ。それに対し、
「うん。半分解けてないよ」
あっさりと頷くジャスミン。
「半分……?」
「でも、それと、今回のアザリーの行動とは、直接関係は無いんだと思う。何か、アイツなりの考えがあっての事だろうな」
「何で、そう言い切れる、色男?」
自信満々な様子のジャスミンに、怪訝な表情を浮かべて訊くヒース。
ジャスミンは、ニヤリとニヒルな微笑を浮かべた。
「何で……って、タダの勘だよ。――但し、『天下無敵の色事師』――もっとも女心に精通した男の、な」
◆ ◆ ◆ ◆
「……随分、大人しゅうございますな」
御者台に並んで座る仮面の者が、後ろに顎をしゃくって、傍らの紅い髪の女に話しかけた。
「……そうね」
アザレアは、無表情で素っ気なく答え、目を横にやる。目まぐるしいスピードで、木々が彼女達の横を行き過ぎていく。荷馬車は、漆黒の森の中を、ガラガラと車輪の音を喧しく鳴らしながら、ダリア山へ向けて疾走していた。
「……随分と長い休暇を取ってしまって、シュダ様は怒ってらっしゃるのかしら……?」
アザレアは、ボソリと独り言のように呟いた。仮面の者はチラリと彼女の横顔を見て、
「――団長はお怒りではないと思います。寧ろ、アザレア様のお帰りを心待ちにしている様子でした」
こちらも呟くように答え、後ろを指さした。
「格好のお土産もありますしな」
「――喜んで頂けるのかしら?」
アザレアは、不安げな顔で首を傾げた。
「……そもそも、何でシュダ様は、彼らを――」
「我々には分かりかねますな。某は、団長から、アザレア様のお迎えのついでに、奴らを生け捕りにして連れてくるように……としか命ぜられてはおりませぬ故」
「そう……」
アザレアは、表情を曇らせると、左手で横髪を梳き上げた。
「――なかなか、趣味の良い髪留めですね」
「え――?」
アザレアは、仮面の者の言葉に、戸惑ったように目を丸くして、そっと横髪を留めている、銀の髪留めに指を当てた。ひんやりとした金属の感触が心地いい。
「ああ……これね」
アザレアは、つい数時間前の事を思い出して、頬を仄かに染めながら、微笑みを浮かべて言った。
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