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第九章 Lakeside Woman Blues
送別と惜別
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――それから数日が過ぎ、ジャスミンたちがファジョーロの村を旅立つ日がやって来た。
「この度は……誠にありがとうございました!」
一歩前に出た村長が、そう言って深々と頭を下げると、その後ろに居並ぶ村人たちもそれに倣った。
「あ……いえ、当然の事をしたまでで……どうか頭を上げて下さい」
「いやいやぁ、大した事……あるケド♪ 今回の事を叙事詩か何かにして、石碑か銅像でも建ててくれてもいいんだよ~」
「ちょ、ジャスミンさん?」
「……台無しよ、あなた……」
謙遜の“け”の字もないジャスミンの浮かれた態度に、慌てるパームと呆れるアザレア。ヒースは、興味無さげに顎髭を抜きながらアクビを噛み殺している。
「それにしても、もう少しごゆるりとなさって戴いても構いませぬのに……。ウチの娘たちも、たいそう悲しがっておりますぞ」
村長は、残念そうにジャスミンを見る。
その言葉を聞いたジャスミンは、つと村長の視線から目を逸らしながら、口の端をひくつかせて笑う。
「い、いやあ……ま、悪くないところではあるんだけどさ。何も無さ過ぎて退屈……あ、いや、やる事があるからさ、俺たち」
「……っていうか、毎日、村長さんの娘に付きまとわれて大変だったからね、ジャス……」
「……僕にもです」
クスクス笑いながら、パームの耳元で囁くアザレアに渋面を作るパーム。
「あら……まあ、かわいいもんね、パームくんは。――大変だったでしょ、グイグイ来られて」
「ええ……まあ。……て、そういうアザレアさんはどうだったんですか? 若い男の人が沢山来たりしたんじゃないですか?」
「来たけど、一睨みしてニッコリ笑うと、顔を引き攣らせながら離れていってくれたわよ」
「……あ、そうですか……」
清々しい笑顔を向けられたパームは底知れぬ圧を感じ、口を噤んだ。
そんなふたりのやり取りにも気付かぬ様子で、村長は顔を曇らせながら話を続ける。
「それにしても、あのダリア傭兵団の所へですか……。かなり危険な組織だと、風の噂で聴いておりますが……」
「ま、今回の湖賊も中々だったけどね」
「――寧ろ、あの水龍どもより骨が無いと、張り合いが無えけどな」
ヒースが、口の端を歪めて、野卑な笑いを浮かべた。
「――ま、向こうには銀の死神が居るから、退屈はしねえで済みそうだがな」
「……は、はあ……」
村人たちは、ヒースの言葉に引き攣った表情を浮かべる。
「――ま、水龍を従えた魔獣遣い相手にひけを取らなかった俺たちだしな。何とかなるんじゃないかと思うよ」
ジャスミンはそう言って、二カッと微笑ってみせた。
「じゃ、ジャスミン様~っ! お慕いしております~!」
「どうぞ、お体にお気を付け下さいまし~」
「全てが終わったら、またこの村に戻ってきて下さいませ……わたしたちは……ずっとお待ちしておりますわ!」
「う……うわわわっ! な、何だ、いきなりぃ!」
感極まった村長の三人娘が、一斉にジャスミンに抱きついてきた。バランスを崩したジャスミンが、地面に引き倒される。
それを契機に、村の女たち(40代オーバーズ)が、軛を放たれた暴れ牛の集団の如く、ジャスミンの許へと殺到する。
「ジャスミンさ! 無理すんでねえぞ!」
「オラたちが待ってるかんな! 必ず帰ってくるんだど!」
「ウチの孫、3歳だけど、嫁にもらってくれないだかぁ?」
「わ、分かった! 分かったから……ちょっと落ち着いて……。や、止め……口は止めて! せめてホッペ――ちょ、お婆ちゃん、ドコ触ってんのぉぉぉ! ――あああああ~っ!」
人だかりの中心で切実な悲鳴を上げるジャスミン。思い切り手を伸ばし、必死でアザレアたちに助けを求める。
――が、
「……さ、パーム君、ヒース。何だか、ジャスはお楽しみ中のようだから、先に行ってましょう」
アザレアはニッコリ笑うと、踵を返して村の出口へ向かってスタスタと歩き出した。
「あ……あの、アザレアさん……。ジャスミンさんは……」
「行・く・わ・よ、パームくん」
慌ててアザレアを呼び止めようとするパームだったが、彼女が浮かべた寒気すら感じる表情を見た瞬間、
「…………はい!」
その顔を恐怖で引き攣らせながら頷く。
「お……おーい! ちょ、待てよ! ……見捨てないで……!」
誰かさんの焦り声が、女だかりの真ん中で聞こえたが、アザレアは振り返らずに手を振って言った。
「じゃあね。せいぜいじっくりとお別れを惜しんでね。――私達は、先に行ってるから!」
「おいいいっ! アザリー……待って……! ――パームぅ、代わってくれえ! ――オッサン……た、助けて……!」
「……何、ナチュラルに身代わりにしようとしてるんですか……」
「――悪ぃな、色男。よく言うだろ? 『泣く子と地頭と……怒った女には勝てない』……ってよ。つー事で――せいぜい頑張んな~」
そう言い捨てて、二人は、足早に去るアザレアの後を追った。
颯爽と村を立ち去る彼らの背後から、悲痛な叫び声が聞こえる。
「ちょ、マジで行くのかよっ! いや、後生だから助けて……あ、だから、ドコ触ってるんだって……! ちょ! シャツを脱がすなって――ば、婆さん、首筋を舐めるなぁああっ! ――ああああああああっ!」
「この度は……誠にありがとうございました!」
一歩前に出た村長が、そう言って深々と頭を下げると、その後ろに居並ぶ村人たちもそれに倣った。
「あ……いえ、当然の事をしたまでで……どうか頭を上げて下さい」
「いやいやぁ、大した事……あるケド♪ 今回の事を叙事詩か何かにして、石碑か銅像でも建ててくれてもいいんだよ~」
「ちょ、ジャスミンさん?」
「……台無しよ、あなた……」
謙遜の“け”の字もないジャスミンの浮かれた態度に、慌てるパームと呆れるアザレア。ヒースは、興味無さげに顎髭を抜きながらアクビを噛み殺している。
「それにしても、もう少しごゆるりとなさって戴いても構いませぬのに……。ウチの娘たちも、たいそう悲しがっておりますぞ」
村長は、残念そうにジャスミンを見る。
その言葉を聞いたジャスミンは、つと村長の視線から目を逸らしながら、口の端をひくつかせて笑う。
「い、いやあ……ま、悪くないところではあるんだけどさ。何も無さ過ぎて退屈……あ、いや、やる事があるからさ、俺たち」
「……っていうか、毎日、村長さんの娘に付きまとわれて大変だったからね、ジャス……」
「……僕にもです」
クスクス笑いながら、パームの耳元で囁くアザレアに渋面を作るパーム。
「あら……まあ、かわいいもんね、パームくんは。――大変だったでしょ、グイグイ来られて」
「ええ……まあ。……て、そういうアザレアさんはどうだったんですか? 若い男の人が沢山来たりしたんじゃないですか?」
「来たけど、一睨みしてニッコリ笑うと、顔を引き攣らせながら離れていってくれたわよ」
「……あ、そうですか……」
清々しい笑顔を向けられたパームは底知れぬ圧を感じ、口を噤んだ。
そんなふたりのやり取りにも気付かぬ様子で、村長は顔を曇らせながら話を続ける。
「それにしても、あのダリア傭兵団の所へですか……。かなり危険な組織だと、風の噂で聴いておりますが……」
「ま、今回の湖賊も中々だったけどね」
「――寧ろ、あの水龍どもより骨が無いと、張り合いが無えけどな」
ヒースが、口の端を歪めて、野卑な笑いを浮かべた。
「――ま、向こうには銀の死神が居るから、退屈はしねえで済みそうだがな」
「……は、はあ……」
村人たちは、ヒースの言葉に引き攣った表情を浮かべる。
「――ま、水龍を従えた魔獣遣い相手にひけを取らなかった俺たちだしな。何とかなるんじゃないかと思うよ」
ジャスミンはそう言って、二カッと微笑ってみせた。
「じゃ、ジャスミン様~っ! お慕いしております~!」
「どうぞ、お体にお気を付け下さいまし~」
「全てが終わったら、またこの村に戻ってきて下さいませ……わたしたちは……ずっとお待ちしておりますわ!」
「う……うわわわっ! な、何だ、いきなりぃ!」
感極まった村長の三人娘が、一斉にジャスミンに抱きついてきた。バランスを崩したジャスミンが、地面に引き倒される。
それを契機に、村の女たち(40代オーバーズ)が、軛を放たれた暴れ牛の集団の如く、ジャスミンの許へと殺到する。
「ジャスミンさ! 無理すんでねえぞ!」
「オラたちが待ってるかんな! 必ず帰ってくるんだど!」
「ウチの孫、3歳だけど、嫁にもらってくれないだかぁ?」
「わ、分かった! 分かったから……ちょっと落ち着いて……。や、止め……口は止めて! せめてホッペ――ちょ、お婆ちゃん、ドコ触ってんのぉぉぉ! ――あああああ~っ!」
人だかりの中心で切実な悲鳴を上げるジャスミン。思い切り手を伸ばし、必死でアザレアたちに助けを求める。
――が、
「……さ、パーム君、ヒース。何だか、ジャスはお楽しみ中のようだから、先に行ってましょう」
アザレアはニッコリ笑うと、踵を返して村の出口へ向かってスタスタと歩き出した。
「あ……あの、アザレアさん……。ジャスミンさんは……」
「行・く・わ・よ、パームくん」
慌ててアザレアを呼び止めようとするパームだったが、彼女が浮かべた寒気すら感じる表情を見た瞬間、
「…………はい!」
その顔を恐怖で引き攣らせながら頷く。
「お……おーい! ちょ、待てよ! ……見捨てないで……!」
誰かさんの焦り声が、女だかりの真ん中で聞こえたが、アザレアは振り返らずに手を振って言った。
「じゃあね。せいぜいじっくりとお別れを惜しんでね。――私達は、先に行ってるから!」
「おいいいっ! アザリー……待って……! ――パームぅ、代わってくれえ! ――オッサン……た、助けて……!」
「……何、ナチュラルに身代わりにしようとしてるんですか……」
「――悪ぃな、色男。よく言うだろ? 『泣く子と地頭と……怒った女には勝てない』……ってよ。つー事で――せいぜい頑張んな~」
そう言い捨てて、二人は、足早に去るアザレアの後を追った。
颯爽と村を立ち去る彼らの背後から、悲痛な叫び声が聞こえる。
「ちょ、マジで行くのかよっ! いや、後生だから助けて……あ、だから、ドコ触ってるんだって……! ちょ! シャツを脱がすなって――ば、婆さん、首筋を舐めるなぁああっ! ――ああああああああっ!」
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