上 下
103 / 176
第九章 Lakeside Woman Blues

窮地と丸太

しおりを挟む
 「うわああああ~ッ!」
 三人は、一目散に長い廊下を走り抜ける。その後ろからは、口から水流を吐きまくる水龍三匹が迫り来る。彼らの走り抜けた後の廊下は、後ろから迫り来る水龍たちが吐きまくる水撃流によって、文字通り粉砕されていく。
 必死で逃げ惑いながら、ジャスミンは後ろを振り返り、水龍の頭に立つウィローモに手を上げて制しようとする。

「ウィ……ウィローモさん、ちょ……ちょっと落ち着いて話し合おう! 拗らせドーテーだ何だって、ちょっと言い過ぎた! ゴメンね~!」
「……ゴメンで済んだら、断頭台は要らないんですよ?」
「何勝手に謝ってるのよ、ジャス! こんな女の敵に、謝る事なんて爪の先ほども無いわよ!」
「ア、アザレアさん! そんな事を言って、また煽らなくても……!」
「女の敵……? ハッ! オカマ如きに言われたくないですがねぇ!」
「だ~か~ら~ッ! 私はオカマじゃないって、何度言わせるのよ! このいい歳こいたとっちゃんボーヤがっ!」
「――! ボクは、まだ三十八だああアッ!」

 アザレアの言葉に怒髪天を衝いたウィローモの一喝と共に、三匹の水龍達が一斉に、これまでの最大水力の水流弾を放った。

「ほら、言わんこっちゃない! ――う、うわああああッ~!」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「……み……みんな、生きてる?」

 アザレアが、血の滲む頭を抑え、自分の身体の上に乗った瓦礫を払い落としながら、周りに声をかける。
 さっきまでアジトの廊下だった場所は、水龍達の水撃流によって完全に破砕され、瓦礫の山と化している。

「……ぼ、僕は大丈夫です……」

 右腕を押さえながら、ヨロヨロと立ち上がったのはパームだった。

「……取り敢えず、足は付いてるみたいだぜ……クソ痛いけど」

 ジャスミンの返事も聞こえた。だが、彼の太腿には、裂けてささくれ立った太い丸太が刺さり、赤い血がロングスカートにじんわりと滲み、滴る程に流れ出ている。

「ジャスミンさん……ちょっと待ってて下さい」

 パームが、ふらつきながらジャスミンに近づき、彼の太ももに刺さった丸太を左手で掴む。

「……刺さった木を抜きます。少し我慢して下さいね――」
「い! イデデデデ!」

 激痛に顔を歪めて悲鳴を上げるジャスミン。丸太が抜けると同時に、鮮血が噴き出す彼の太腿に左手を翳し、パームは聖句を唱える。

『蒼き月 レムのきよき眼 宿りし左掌 雌氣しきを放ちて 尸氣しきを払はむ』

 彼の左掌から、蒼く優しい光が溢れ出て、ジャスミンの太腿の傷口を照らす。
 徐々に、ドクドクと溢れ続けていた血が止まり、パックリと裂けていた傷口が塞がり始める。

「凄い……これが、ラバッテリア教の“ハラエ”……」

 傍らで、その様子を見ていたアザレアが、“ハラエ”のめざましい効力に感嘆しながら呟く。

「すみません、アザレアさん。ジャスミンさんが終わったら、次は貴女のケガを――」
「……残念だけど、そんなヒマは、もう無さそうよ……!」

 パームの言葉に、静かに首を横に振るアザレア。ハッとして、パームが顔を上げると――、

「――やあ、まったくしぶといねぇ、キミたち。そのしぶとさ、まるでゴキブリだ。性根の腐りっぷりと同じだねえ」

 彼らを見下しながら見下ろす三匹の水龍と、ウィローモの侮蔑に満ちた嘲笑が目に入った。

「ファジョーロ村の連中の差し金なのか、それとも領主が裏切ったのか、それとも王国の手の者か……まあどうでもいいか。せいぜい、ボクをたばかろうとした身の程知らずの所行を悔いながら、水龍たちの贄になるがいいさ。――生まれ変わったら、今度こそ女に生まれる事が出来るように祈りながらね」
「だから! 元から、私は女だって言ってるでしょ! もう、ひょっとしてわざとなの?」

 アザレアが、業を煮やして叫んだ。
 ウィローモの眉がピクリと上がる。彼は、身を乗り出し、アザレアの顔をしげしげと見つめる。

「女……? ……うーん、た、確かに、キミだけはちゃんとした女性のようだね……。こ……これは、たいへ……大変失礼しま――しました」
「やっっっと分かった?」
「つ、つまり、キミは、自分が女だ……だから、自分だけはたす……助けてほしい。ボクのお嫁さんにし、してほしい……そ、そう言いたいん……だね?」
「は、は――――?」

 ウィローモの言葉に、紅い目をまん丸くして唖然とするアザレア。パームのハラエによって、すっかり傷の癒えたジャスミンが、ニヤニヤしながらパームに耳打ちする。

「ちょっとぉ! 聞いた、パームくぅん? あの人、自分だけが助かろうと、拗らせ中年ドーテーさんに媚び売ってるわよぉん!」
「ジャス! 何言ってんのよ、アンタ――!」
「でも……残念だけど、それは出来ないなぁ」
「は――?」

 ジャスミンに怒ろうとしたアザレアは、ウィローモの言葉に、再び目を飛び出さんばかりに剥き出す。
 ウィローモは、彼女の様子にも気付かず、腕を組んで、うんうんと勝手に納得して頷いている。

「た、確かに、キミの素顔は、とてもみ――みりょ、魅力的で、そのあか、紅い瞳も、チャーミ……ミングなんだけど……。ぼ、ボクが好きなのは、男の言う事には大人しく従ってくれる、せい――清楚で優しい女性なんです!」

 ウィローモは、興奮で顔を真っ赤に紅潮させて、アザレアを指弾した。

「ぼ……ボクのお嫁さんになるべき女性は、あ――貴女みたいな、粗雑で乱暴で性格がキツい女じゃない! 却下だ! 貴女の提案は断固きゃ――!」
「だーれーがっ! 誰が、アンタなんかにそんな提案したって言うのよっ!」

 ウィローモに倍する怒りで、炎の様な紅い髪を逆立たせて、アザレアは右手の鞭を炎で覆い、大水龍の頭の上に立つウィローモに叩きつけんとする。

『シャアアアアアアアッ!』

 が、大水龍の水龍弾が、彼女の炎鞭フレイムウィップを迎撃し、叩き落とした。
 もうもうと巻き上がる水蒸気の中で、残る二体の水龍が、その顎を開く。

「ヤバい! また来るぞ!」

 ジャスミンの焦った声が飛ぶが、もう遅い。彼らの立つ場所は、瓦礫だらけで足場が悪く、満足に跳躍できない。しかも、全員手負いだ。
 ――避ける事は……不可能。

(もう……ダメかな――)

 パームは、観念して目を瞑った。
 ――と、

 ――ビュオオオッ!

 彼の耳の横を、何かが高速で風を切りながら、一直線に水龍の方に向かって飛んでいく音が聞こえた。

「……な、何――?」
「ギャアアアアアアアアアッ!」

 パームが瞑っていた目を開くと同時に、目の前で今まさに水流弾を放とうとしていた水龍が、断末魔の悲鳴を上げながら仰け反った。大きく開いた水龍の口からは、太い丸太が

「え……? 何が起こった……の?」

 状況が理解できず、目をパチクリさせるパーム達の前で、丸太が脳髄を貫通して絶命した水龍が、瓦礫と木屑を撒き散らしながら、ドウッと斃れる。

「よお! 随分楽しそうじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」

 水蒸気と瓦礫の巻き起こす粉塵で遮られた視界の向こうで、聞き覚えのある野太い声が聞こえた。

「そ――その声は!」
「ガハハハ! 何だ、その格好は? 色男と坊ちゃん……オカマバーにでも転職したのかい?」

 野卑に満ちた豪快な笑いと共に、悠々と歩いてきた巨大な影の正体はもちろん、

 大棍棒を担いだ、全裸フルチンのヒースだった――。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

処理中です...