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第八章 ある日、湖上で

湖賊とアジト

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 ナバアル湖の真ん中に浮かぶ、名前さえない小さな島。5年前までは、人は近づく事すら出来なかった。
 何故なら、この島を根城にする水龍の群れが、人間の接近を決して許さなかったからだ。
 だが、圧倒的な力を持つ水龍は、湖を侵そうとする者には容赦が無かったが、自ら湖の外域に出てきて人や村を襲う事は無かった。
 湖に住まう水龍と、その周辺に居住する人間達。二つの異なる生き物は、湖の中と外で、長年棲み分けて共存していたのだ。
 ――そう、5年前までは。


 「5年前、ひとりの男が、水龍の縄張りに侵入はいり込み、彼らを手なずけた。――それが、湖賊オレたちの頭領、ウィローモ様よ!」

 湖面を進む小舟の揺れに身を任せながら、カーバラは目の前で震え続けている三人の娘達に、自慢げに演説をっていた。

「頭領は、オレたち、傭兵崩れや盗賊の端くれどもを集めて、あの島にアジトを作り上げた。――湖という天然の水堀に囲まれ、その上、水龍どもが、優秀で強力な門番となるんだ。この世のどんな要塞よりも堅牢なんだぜ!」
「へ……へぇ~、凄いんですね、湖賊の皆様って……」

 一番年上の女が、愛想笑いを浮かべながら、お追従を述べる。
 アニキは、「そうだろうそうだろう!」と、上機嫌で大笑すると、小舟の脇の水面を指差した。

「――ほれ! 噂をすれば何とやら……オレらの城の門番達だぜ!」
「え? ……うわあああっ!」

 アニキの指の先を覗き込もうとした末の娘の鼻先に、巨大な蛇の様なあぎとが現れ、彼女は思わず悲鳴を上げた。

「がはははは! 驚えたか? まるで男みたいな悲鳴を上げちまいやがってよぉ!」
「お……オホホホホ! もう……この子はいつまでもガサツさが抜けなくて……困ってますわぁ」
「も――もう! いやねぇ……うふふふふ!」

 アニキの言葉に、慌てた様子で言い繕う姉ふたり。暗闇で、顔が見えないからいいものの、ふたりの顔は、湖の水を被ったかのように汗ダラダラだ。

「……で、でも、大丈夫なんですか? ――水龍達が間違えて襲ってきたりとか?」
「がははは! そんな心配は要らねえぜ! お前らが考えるより、ずっと頭が良いからよ、コイツらは!」

 アニキは豪快に笑うと、湖面から長い首を突き出した、水龍の顔の前に己の腕を差し出した。
 水龍の首がムクリと鎌首を上げる。

「あ――あぶな――!」

 三女が悲鳴を上げる――
 が、水龍は「キュルル」と甘えたような声を出すと、アニキの腕に首を絡ませて、頬を擦りつけた。

「……いや、ネコかよ! ……じゃない、ネコみたいで……カワイイデスネエ……オホホ」

 長女が目を剥いて口走り――慌ててお淑やかな口調に言い換え、笑って誤魔化した。
 幸い、アニキ達湖賊の耳には届かなかったようだ。湖賊達は、忙しく甲板を動き回っている。
 彼らを差配しながら、アニキは娘達に目配せして言った。

「――さて、そろそろ到着だ。揺れるから、気をつけろよ、お嬢ちゃん達」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 湖賊達のアジトは、小島の湖岸から然程離れていない場所に建てられていた。
 板葺きの屋根に板張りの壁――言ってしまえば、ファジョーロの宿屋とそう変わらないレベルの荒ら屋だった。
 三人娘は、意外にも慎ましい湖賊の本拠地の有様に、困惑した顔を見合わせる。
 彼女たちは、周りを湖賊達に物々しく囲まれながら、建物の中に通される。
 だだっ広い部屋の中で床に直に座らされているものの、縄で縛られる事も無く、人質や生贄らしからぬ扱いに、三人娘は逆に気味の悪いものを感じていた。

「……じきに頭領が御出になるから、それまで、じっと待ってろ」

 ここまで彼女たちを連行してきたカーバラは、それだけ言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
 部屋には、三人の娘だけが取り残された。

「……何か、妙ね」

 と、二番目の姉――に扮したアザレアが囁いた。

「……確かにな。拘束もしないで、俺たちを部屋にほったらかしにしとくとか……。扱いが、普通の客人に対するそれみたいだよな」

 長女の変装のままだらしなく胡座をかくジャスミンが、そう言って首を傾げる。

「……でも、ここは孤立無援の小島ですから……。どうせ逃げられないから、とタカをくくっているのかもしれないですよ」

 三女に扮したパームが、キョロキョロと部屋の中を見回しながら言う。

「――どうする? 計画よりも早いけど……今からでも暴れ始める?」

 アザレアが、そう尋ね、ロングスカートの裏地に仕込んだ長鞭の柄をそっと握る。

「――いや」

 しかし、ジャスミンは首を横に振った。

「……折角だから、もう少し様子を見ようぜ。ここのボスがどういうヤツなのか、ちょっと興味が出てきた」
「『興味が出てきた』……って、面白がってる場合じゃ無いでしょう。遊びじゃないんですよ……」
「無駄よ、パームくん。この人がこうなったら、頑として他人ひとの言う事を聞かなくなるから……。昔っからそう」

 呆れ顔のパームと、諦め顔のアザレア。
 ジャスミンが、ふたりに反論しようと口を開こうとした時、
 アザレアの眉がピクリと跳ねた。

「――誰か来たわ! ほら、ジャス! 脚をちゃんとして! ――パームくんも、スカートを直して……!」

 ふたりに口早に注意すると、自分も衣服の乱れを調える。
 彼女たちの背後の扉が、ギイ……と軋む音を立てて開いたのが感じられた。
 三人達は、跪いたまま、床に前髪が付くくらいに深々と頭を下げる。
 彼らの傍らを、誰かが通り過ぎる衣擦れの音がした。――どうやら、部屋に入ってきたのは一人だけのようだ。
 そして、前に置かれていた椅子に誰かが腰掛けたような、スプリングの軋む音が、彼女たちの耳朶を打つ。

「……ええと、どうぞ、頭を上げて下さい」

 そして、三人の予想とは全く異なる、細い男の声が、彼女らにかけられた。

「……?」

 胡乱げな表情を隠せないまま、三人は頭を上げ、眼前に腰掛ける男の顔を見た。
 椅子にちょこんと腰掛ける男は――、

「あ……初めまして。ぼ……僕……あ、いや――お、オレは――ウィローモと申します……ぜ」

 困り眉で、頬には青白いそばかすが浮いた、いかにも気弱そうな顔の痩せぎすの男だった。
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