上 下
90 / 176
第八章 ある日、湖上で

成果と情勢

しおりを挟む
 「お見事でした」

 サンクトルギルド長との会談を終えて、迎賓室のソファに疲れた身体を埋めたバルサ王に、大教主はにこやかに微笑みかけた。

「見事? ああ……先程の会談の事か?」

 バルサ王は、閉じていた眼を開けて、満足げな笑みを浮かべた。

「まあ、そうだな。サンクトルの自治権を引き続き認める代わりに、我が王国軍の一旅団の駐屯と、その維持費という名目で、ギルド組合からの資金供出を認めさせる事が出来た」

 王は、グラスにカロ酒を注ぐと、グビリと一呷りする。

「――これまで自由貿易都市の特権を笠に着て、我々の介入を頑として拒んできたこの街サンクトルの扉を、ようやくこじ開ける事ができた。我が王国にとって、喜ばしい出来事だ」
「……ある意味、傭兵団のお陰でもありますな」

 大教主の言葉に、複雑そうな表情を浮かべるバルサ王。

「……皮肉か、大教主。――というか、サンクトルから救援の使者が参った時に、チャンスだと言ったのは、他ならぬお前だぞ」
「ホッホッホ。左様でしたかのう?」

 しらばっくれる大教主をジト目で睨むバルサ王。

「……とはいえ、まだ浮かれるには早いな。――まだ油断は出来ぬ」
「左様でございます。――まだ、ダリア山に拠る、本体であるダリア傭兵団の方は無傷で健在ですからな……」

 大教主は、難しい顔をして、小さく頷く。

「傭兵ども自体は恐るるに足りぬ……それは、此度のサンクトル奪回の経緯を見るに明らかだが――問題は……」
「……“しろがねの死神”と、それを従える団長――ですのぉ」

 大教主の言葉に、王は深く頷く。

「まさか、伝説の存在が、この様な形で我らの前に現れるとはな――」
「まったく……。伝説は伝説らしく、本の中で大人しくしておれば良いものを――といったところですな」
「余の言葉を先取りするなよ」
「おっと。これは、失礼致しました……ホッホッホ」

 禿げ上がった頭をポンと叩いて、剽軽に笑う大教主。と、その顔が真顔に戻る。

「……ですが、死神に関しましては、対処のしようがあるかと思われます」
「――! そうなのか?」

 大教主の言葉に、王は驚き、思わず身を乗り出す。
 深く頷き、大教主は話を続ける。

「左様……。傭兵団に銀の死神がいる事が判明してから、しばらく神殿の書庫に籠もりまして、彼女に関する神話や伝承を徹底的に洗い直した結果、導き出した……ではあるのですが」
「……何だ、ただの推論なのか」

 あからさまにガッカリした様子で、溜息を吐くバルサ王。だが、大教主は首を横に振る。

「ですが、先日“銀の死神”と一戦交えたという男の話を伺って、その推論も満更間違ってはいないのでは……と思います」
「……て、ちょっと待て! 一戦交えた……死神と? そんな男がいるのか?」

 大教主の言葉に今度こそ仰天して、ソファから立ち上がる王に、柔らかく微笑む大教主。

「ええ。正に雲を衝く大男といった風体の男でした。死神と戦った際に、脇腹を深く抉られたようですが、ピンピンしておりましたぞ」
「……信じられんな。数万年の昔に文明を一度滅ぼしたと伝えられ、あのワイマーレ騎士団すら鏖殺してのけた“銀の死神”と対峙して、その程度のケガだけで生き残るとは……」

 バルサ王は、興味で目をキラキラと輝かせる。

「その者は、まだ、この街に居るのか? 是非、一度会って話を聞きたいものだが……」
「――残念ながら、陛下がお出でになる直前に、ジャスミン殿たちと共に、既に発ってしまいまして……」
「何だ、もう居らんのか。――つまらぬ」

 王は、あからさまに落胆した様子で肩を落とした。と、ふと、大教主の言葉に引っかかりを感じた。

「……うん? ジャスミン? ジャスミンとは、確か……」
「ああ、左様でございます。書状にてお伝えした、サンクトル奪還作戦の発案者にして功労者でございます」
「……『共に発った』という事は、その者も、既にこの街には居ないのか……」

 バルサ王は、またガックリとした。

「……実は、そのジャスミンとやらにも会ってみたくて、楽しみにしていたのだがなぁ……。何だよ、どいつもこいつも……」
「……ホッホッホ、実に間が悪い事でございますのぉ。まあ、いずれ」

 大教主は、笑って誤魔化した。
 彼は、実は知っている。
 本当は、堅苦しい事と権力的なモノが嫌いなジャスミンが、

「王様の前で這い蹲って、『ははーっ! 有り難きシアワセにございますーっ!』とかするなんて、絶対にゴメンだよーん」

 と言い残して、引き留める間もなく、仲間を引き連れて出ていってしまった事を。
 しかし、それを正直に目の前でむくれている王に伝えようものなら、確実に拗ねてしまう事も察しがつく。
 そうなってしまったら、また、いじけてしまった王の機嫌を、言葉を尽くして直してあげなければならなくなる。――その手間を防ぐ為には、余計な事を言わないのが一番だろう……。

(――ああ、もう、何というか……)

 大教主は、穏やかな微笑を湛えた表情のまま、心の中で密かに呟く。

(どいつもこいつも、面倒くさいのう……)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...