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第六章 Fighting Fate

宝具と持ち主

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 「――あああああっ!」

 シレネは、絶叫と共に跳ね起きた。

「おやおや……! 怖い夢でも見たのかい、シレネちゃんや?」

 傍らに座っていたファミルデトンが、驚きながらも優しい声で話しかける。
 シレネは、紫色の瞳を見開いたまま、茫然と周りを見回す。

「ここは……?」
「ここは、ギルド庁の、来訪者宿舎だよ。あんたは、傭兵団を退治している最中に気を喪って、今まで寝ていたんだよ、シレネちゃん」

 ファミルデトンの言葉にも、混乱しているのか、シレネは不安げな顔で毛布を引き寄せる。

「……し、シレネ……シレネって……?」
「え? そりゃ、アンタの事に決まっているじゃないかえ。――本当に、大丈夫かい?」
「わ――私? ち……ちが――私は――」

 怯えた顔をしていたシレネは、だんだんと頭がハッキリしてきたようで、虚ろな瞳の焦点が定まった。

「あ……シレネ……は、私の……事よね……。うん。――ごめんなさい、何か、頭がボーッとしてて……」
「――大丈夫かい? ほら、冷たいお水でも飲んで」

 ファミルデトンは、ベッド脇のテーブルから水差しを取って、木のコップに注ぐと、シレネに渡した。
 シレネは、かすれた声でお礼を言いながらコップを受け取り、一気に飲み干す。

「――そう、よね。私は、傭兵団からこの街を解放しようと、戦ったのよね……」
「そうだよ――」

 ファミルデトンは、優しい眼差しでシレネを見つめながら言った。

「シレネちゃんやフェーンちゃん、あとはジャスミンちゃんのおかげで、街を取り戻せたんだよ。――ありがとうねえ」
「……団長は! 傭兵団の団長はどうなったの?」

 シレネは、お礼の言葉と共に、頭を下げたファミルデトンの肩を掴んで、鋭い声で尋ねる。その目はギラギラと、熱病に浮かされているように輝いている。

「あ……だ、団長さんは――ギルド庁の地下牢に……て、あ」

 ファミルデトンは、彼女の剣幕に圧されて、思わず答えてしまった後、ハッとして口を押さえた。
 大教主に、「彼女には、団長の消息の事は伝えないで下さい」と口止めされていた事を思い出したのだ。
 だが、遅かった。

「……地下牢。――そう」

 彼女は低い声で呟いた。茶色い前髪で覆われた両眼には、仄暗い炎が瞬いているように見えた。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「いやはや……さすがですなあ。ぶっつけ本番で、この『無ジンノヤイバ』を遣いこなせたというのですか?」

 大教主が、黒い剣の柄を握りながら、驚きの声を上げた。

「あ? やっぱり? 俺って凄いヤツ?」

 一方のジャスミンは、鼻高々。ベッドの上でふんぞり返っている。パームは、そんな彼の様子を呆れた顔で見ている。
 だが、大教主は福々しい顔を綻ばせて、大きく頷いた。

「凄いですな。この宝具は、莫大な生氣を必要とするので、普通の人間では生氣が足りず、起動する事すら難しいのですが……。修練もせずに起動し、それどころか形態変化までやってのけるとは……。いや、感服しましたぞ!」
「いやぁ~、照れるなあ。そんな事……あるけどさ♪」
「……謙遜と言う言葉をご存知ですか、ジャスミンさん?」
「ケンソン? 何それ美味しいの?」

 パームのジト目を涼しい顔で受け流すジャスミンは、大教主に尋ねる。

「――大教主サマさ……。ひょっとして、チュプリで『取ってきて下さい』って、俺たちに命令した“宝具”って、これの事じゃない?」
「――ご名答。実は、コレは私が若かった時のでしてな。来たるべき傭兵団との戦いに必要になるかと思って、手許に置いておこうと思ったのですじゃ」

 大教主は、顎髭をしごきながら、ニッコリと笑って頷いた。

「やっぱり……じゃあ、それはアンタに返した方がいいかな……?」
「……いえ。貴方にお譲り致しますぞ」

 そうキッパリと言うと、大教主は、無ジンノヤイバをジャスミンの手に握らせる。

「……いいの?」
「ホッホッホ。老いた私の生氣でも、起動くらいは出来るかもしれませんが……。昔のように遣いこなすのは難しいでしょう。私よりも貴方が持っていた方が、無ジンノヤイバの力を引き出せると思いますのでのう……」

 大教主は穏やかに微笑む。少し、その表情が寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか……?
 ――と、

「……あれ、この流れ……ひょっとして――俺が、ダリア傭兵団の方も潰さなきゃならない流れ……?」
「ホッホッホッホッホ」
「あー……やっぱり。……って!」

 ジャスミンは、目を剥いて、こうべを横にブンブンと振る。

「ホッホッホッホッホじゃねえよ! 俺はしがない色事師だぞ! あの豚まんじゅう相手でもギリギリだったのに……、大元のダリア傭兵団も相手にしろとか、無茶ぶりが過ぎるだろ! しかも、ダリア傭兵団あそこには、『しろがねの死神』まで居るじゃねえかよ! 無理! ゼッタイ!」
「ちょっと……! ジャスミンさん……落ち着いて!」
「……おやおや。それは困りましたなあ」

 食ってかかってくるジャスミンに胸倉を掴まれながら、然程困った様子も無く、ホクホク顔で顎髭をしごく大教主。

「……てっきり快諾して頂けると思って、サンクトルの街の皆さんに、『ジャスミンさんがダリア傭兵団を討伐しに行きまーす』と、大々的にアナウンスしてしまいましたぞ」
「は? は? はああああああ~?」

 大教主の言葉に、飛び出さんばかりに目を剥き出すジャスミン。

「ちょ――おまっ! 何を勝手な事を触れ回ってくれちゃって――」
「――しょうがないですなぁ。ここは改めて、『天下無敵の色事師ジャスミンさんが、やっぱりビビってしまって、ダリア傭兵団を倒すのを諦めました~』と告げないといけませんなぁ~」
「な――? い、いや……それは……ちょっと――」

 大教主の言葉に、狼狽えるジャスミン。大教主の胸倉から手を離し、難しい顔で考え込む。

「……ダサいよね……やっぱソレって……。――いや、でも、相手はあのダリア傭兵団……やり合おうとしたら、ほぼほぼ死亡確定……でも、ココで逃げたら……『天下無敵の色事師』の名が……いや……でも――」
「――だ、大教主様!」

 その時、扉を勢いよく開けられた。
 ドタドタと足音を立てながら、室内に雪崩れ込んできたのは――、

「これはボークガンダ神官長。そんなに慌てて、どうかなされましたかな?」
「……大教主様、申し訳ございませぬ……。監視を仰せつかっておりました、あの娘ですが……」
「……シレネ殿ですかの?」
「は、はい……」
「……シレネさんが、どうかしたんですか?」

 大教主の問いに頷く神官長。パームは、軽い胸騒ぎを覚えた。

「……顔見知りの老婆を、側に付けていたのですが……。先程、私が様子を見に行ったところ、老婆が眠りこけており……娘の姿が、その……消えておりまして……!」
「――!」

 その言葉を聞いた途端、ジャスミンの顔色が変わる。

「あ――! じゃ、ジャスミンさんっ! ちょっと……!」

 パームが止める間もなく、彼はベッドを飛び降り、放たれた矢の勢いで部屋の外へと飛びだしていった――。
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