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第五章 街を取り戻せ!

仕込みと根回し

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 昼下がり。
 夏の強い日射しが照りつけるチャー傭兵団本部の広大な中庭は、時ならぬ喧騒で満ちていた。今夜開催される蒼紅並月祭パーティーの設営準備の為だ。
 中庭には、大小様々なテーブルが雑然と並べられ、街から持ち込まれた御馳走の材料や花火、膨大な酒類などが次々と積み上げられていく。
 『飛竜の泪亭』の女主人シレネと従業員フェーンも、一角に設置されたブースの中で、樽酒をセッティングしたり、ボトルを並べたり、グラスを丹念に布で磨いたりと、忙しく準備に追われていた。

「やあやあ、精が出るねい」

 そんな最中に、ニタニタ笑いを浮かべながらやって来たのは、茶髪の軽薄そうな顔をした色男。

「……あ、ジャスミンさん」
「お客さん、まだ開店前よ」

 彼をジロリと一瞥したシレネはぶっきらぼうに言い放ち、そのままグラスを磨く作業に没頭する。

「かーっ! つれないねぇ~。……でも、冷やかしに来たんじゃないよ。これは正式な視察です!」

 そう言って、えへんと胸を張るジャスミンの腕には、『実行委員長』と朱書きされた腕章が付けられていた。

「……良くお似合いね。チンドン屋さんみたい」

 シレネは、また一瞥すると、皮肉げに言った。

「ハッハッハッ! 冗談がキツいなぁ、シレネは」

 ジャスミンは豪快に笑ったが、フェーンは彼の目尻に光るものを見た。

「……で、えーと、手筈はどんな感じだい?」

 ジャスミンは、ごほんと咳払いを一つすると、改まった態度で、声を顰めてシレネに尋ねた。

「……見たら分かるでしょ? まだまだかかるわよ。午後6時開催時間までには間に合わせるけどね」
「あ……いや、そっちじゃなくて……」
「そっちじゃない……て、ああ、の方で――」
「シーッ! 声が大きいっ!」

 閃いた顔で答えようとしたフェーンの口を慌てて塞ぐジャスミンとシレネ。恐る恐る周りを見回す――が、今の言葉が耳に届いた傭兵は居ないようだ。
 二人はやれやれと息をつき、フェーンは二人に口を塞がれて、目を白黒させていた。

「ちょっと、パームくん! 焦らせないでよ!」
「お前バカ! こんなんで計画がバレたらどうするんだよっ!」
「あ――す、すみません……」

 ハッと気付いて、フェーンは謝る。
 シレネは、大きく安堵の息を吐いて、ジャスミンに小さく頷く。

「――そっちの手筈は、まあ順調ね。必要なものも、お酒や材料に紛れさせて持ち込んだし……。他の皆も、この前取り決めた通りに進めてるみたいだしね」
「よしよし。それは朗報」

 ジャスミンは、満足そうに頷いた。
 それを見たシレネは、ジト目で彼を睨む。

「……と、いうか、アナタこそ大丈夫なの? こんな所で油を売ってて。そっちの根回しの方が大変なんじゃないの?」
「……あれ? もしかして、俺、今心配された?」
「心配してるのは、アナタのせいで計画がおじゃんにならないかだけ。アナタの心配なんてしてないわよ」

 嬉しそうに顔を綻ばせるジャスミンに、すかさず牽制を送るシレネ。
 ジャスミンは、ふて腐れたように頬を膨らませながら言った。

「……俺は、もうとっくに根回しは終わってるんだよ。あのデカいおっさんも、一昨日付で円満退職させたし――」
「デカいおっさん……て、あの、バル樽をひとりで飲み尽くした――?」
「そうそう。ヒースのおっさんな」

 フェーンの言葉に頷くジャスミン。シレネは、その言葉を聞き、心中密かに安堵する。

(あの大男はいないのね……)
「――だから、今のチャー団長の周りには、副官のゲソスだけしかついていないはず……というか、俺がそうさせるように誘導した」
「誘導した――、って、ジャスミンさんが、そうさせたって事ですか?」
「うん、そうだよ~」

 事も無げにそう言って、ジャスミンは胸を張る。

「俺を誰だと思ってるんだよ。『天下無敵の色事師』ジャスミン様だぜ! 舌先三寸で相手を操る事なんて造作も無い♪」
「はあ……凄いんだか凄くないんだか……」
「パームくん、見習ったりしちゃダメよ。碌でもない大人になっちゃうから――この人みたいに」
「はっはっは! 甘いな。それは色事師にとっては、この上ない賞賛の言葉になるのだ!」

 シレネのキツい言葉に、高笑いしてなお胸を張るジャスミン。しかし、フェーンは確かに見た。彼の瞳が潤んでいるのを。

「――じゃ、じゃあ、そろそろ行くわ。実行委員長は多忙なモンでね」

 と言って、そそくさとブースを出ようとして、ジャスミンは立ち止まった。くるりと振り返ると、フェーンを見てニコリと微笑わらった。

「ああ、そういえば言い忘れてたわ。この会場にも呼んであるから、楽しみにしてろよ、パーム」
「え……? す、スペシャルゲスト……? だ、誰ですか?」

 突然の言葉に戸惑うパーム。

「ま、状況が状況だったから、それとなく仄めかしただけだけどな。なら、バッチリ察してくれたと思うぜ」

 ジャスミンは、それだけ言うと、まだ意味をよく飲み込めていないフェーンをそのままに、踵を返してブースから去ろうとする。

「――ちょ、ちょっと待って、ジャス!」

 その背中を呼び止めたのはシレネだ。

「……お祭りの最中、チャーはどこに居るの? 実行委員長なら把握しているでしょ?」
「……あのに大層な恨みを持っているのは分かるけどさ」

 ジャスミンは、首だけシレネの方を向けて言った。

「――そんな剥き出しの殺気を放ちまくってたら、ちょっと目端の利く傭兵なら、すぐにお前の存在に気付くよ。もっとリラックスしな」
「――! それは……」

 思いもかけぬ言葉を耳にして、シレネは硬直した。
 ジャスミンはフッと笑って、ウインクした。

「――チャーは、祭りのオープニングに出たら、すぐに引っ込んで、終わるまで謁見の間でダラダラしてると思うぜ」
「……謁見の間――!」
「――くれぐれも無茶はするなよ」

 ジャスミンは、そうシレネに釘を刺し、改まった態度で言葉を継いだ。

「では――おのおの方、ぬかりなく――な」
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