上 下
41 / 176
第三章 酒と泪と色事師と女将

看板娘と巨人

しおりを挟む
 「コレは確かに……噂に違わぬ、だな」

 ジザスは、柄にもなく見惚(みと)れて、口に咥えたシケモクが床に落ちたのにも気付かなかった。
 彼の視線の先には、甲斐甲斐しく給仕をする、肩まで伸びた軽くクセのついた金髪と蒼く大きな瞳が印象的なメイド服の娘が居た。

「フェーンちゃん! こっちにもバル発泡酒を頼む!」
「フェーンたん、こっち向いてぇっ!」
「フェーン様の……スマイルは0エィンですか?」
「フェーン! フェーン! フェーン! バンザアアアイ!」

 開店してまだ間もないというのに、テーブルに座る男たちの熱狂は、もはや異常なテンションになりつつある。
 ジザスとヒースは、店内に入ろうとして……諦めた。店内は、もう既に腰を落ち着ける様な隙間も無かったし、そもそも、この店の天井の高さでは、巨体のヒースは常に膝立ちで移動するしかない。

「おーい、姐ちゃーん!」

 ジザスが入り口の扉の前で、手をブンブン振りながら声を上げるが、店内の喧騒に掻き消されて、忙しく店内を動き回る娘には届かない。

「ダメか……聞こえてねえ」
「――どれ、俺に任せてみろや」

 ヒースは、ニヤリと笑うとジザスを押しのける。

「……おいおい、あんまりやり過ぎるなよ」

 ヒースの意図を察したジザスは冷や汗混じりに、彼に声をかける。

「分かってるって」

 ヒラヒラと手を振ってから、彼は大きく息を吸い込む。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオイイイイイイイッ!」
「うわあああああっ!」

 彼の発した大音声に、店内の傭兵たちは仰天し、ある者は耳を押さえ、ある者は椅子からひっくり返り、またある者は天変地異かと机の下に潜り込んだ。
 あちこちで、グラスやボトルが割れる音が響き渡る。

「おう! お嬢ちゃん、こっちだこっち!」
「――やり過ぎるなって言っただろうが……」

 ジザスは、耳を塞いでいた両手を離しながらぼやいた。
 が、自分達の方へ、例の看板娘が小走りでやって来るのを見て、慌てて自分の服を整え、跳ねた髪の毛を撫でつける。
 そして、口の回りにびっしりと生える無精髭に気付き、店に来る前に剃ってくるんだったと後悔した。

「――あ、あの。……い、いらっしゃい……ませ」

 ふたりの前に辿り着いたメイド服の娘はそう言うと、若干怯え顔ながらもにっこり笑ってみせた。
 そして、スカートの裾を抓んでちょこんと首を傾げる。

「……可憐だ」

 ジザスは、心の中でそう呟かずにはいられなかった。
 遠目で見てもかなりの美貌だったが、近くで見ると、言葉にできない可愛さだ。
 なるほど、傭兵団の中でたちまち人気沸騰するのも分かる……。
 彼は、年甲斐もなく胸の奥が熱くなるのを感じていた。

(いけねえいけねえ……俺とした事が――)

 ジザスは、気を取り直すと、横目で傍らのヒースの様子を窺うが、

「おう。いらっしゃったぜ」

 と、ジザスと違って、その横柄な態度はまったく変わらない。『女に興味がない』という彼の言葉は本当だった、という事か――?

「酒を飲みに来たんだが、店が小さすぎて、中に入れねえ。どうしたらいい?」
「あ……た、確かにそうですね……。ど、どうしましょう……?」

 ヒースの問いかけに、メイド姿の娘は、目を見開いてオロオロする。
 その時、

「フェーンちゃん!」

 店内から、女の声がした。
 名前を呼ばれた少女は、

「あ、はい!」

 と返事をして、「ちょ、ちょっと待ってて下さいね」と言って、店の奥へ小走りで向かった。
 カウンターの中から、娘を手招きしているのは、茶髪の、気の強そうな女だった。

「お。ちゃんとした女もいるんじゃねえか」

 ヒースは、遠目で彼女を確認すると、ニヤリと笑った。

「は? 何言ってんだ、お前?」

 ジザスは、首を傾げる。

「それじゃまるで、あのフェーンってがちゃんとしてないみたいじゃねえかよ」
「あ? そうだが」

 ジザスのツッコミに、キョトンとした顔で答えるヒース。

「『そうだが』……て、どういう意味だよ?」
「ん? もしかして、気付いてねえのか? ――あのフェーンとかいうヤツは……」

 ヒースは、そこまで言いかけると、口をつぐむ。

「――やっぱり、言うの止めた。色々事情があるんだろうな、アイツにも……」
「ちょ、おま! そこまで言いかけて止めるんじゃねえよ! 気になるだろうが!」

 ジザスは、頭にきて、ヒースの鋼の鎧のような分厚い胸板を、渾身の力で殴りつける。

「あ……、お待たせしました~!」

 ジザスが、ヒースの鋼のように硬い筋肉に跳ね返されて痛めた拳の痛みに悶絶している間に、フェーンが小走りで戻ってきた。

「シレネさんからなんですけど……。お店の外でお飲み頂く形でも宜しいですか? テーブルと椅子を2脚用意いたしますので……大変申し訳ないんですが……」

 そう言いながら、心の底から恐縮した顔で頭をペコペコ下げるフェーン。
 ヒースは、鷹揚に頷いた。

「ああ。それでいいぜ。というかよ、狭苦しい部屋ん中で飲むっていうのは、俺の性に合わねえからよ、寧ろその方がいい」

 そう言うと、ヒースはジザスの方を見る。

「おい、鍵師。お前はどうだ? それでいいか?」

 いきなり振られて、柄にもなく狼狽えながら、

「あ、ああ、もちろん。か、構わねえよ」

 なるべく余裕あるオトナのていを取り繕って答えた。

「あ! それは良かった! ありがとうございます!」

 ふたりの言葉を聞いたフェーンの顔に、花のような笑顔が浮かぶ。

「――可憐だ」

 ジザスは、再びそう呟かざるを得なかった。

「じゃ、じゃあ、すぐにテーブルと椅子を用意しますね! お待ち下さい!」

 そう言って、店内に消えるフェーンの後ろ姿を見送りながら、胸をときめかせているジザスの顔を横目で見ながら、ヒースは心中密かに悩んでいた。

(うーん。コイツジザスに、アイツフェーンが男だと言ってやるべきか……黙っててやった方がいいのか……難しいな……)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...