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第三章 酒と泪と色事師と女将
女店主と厄介者
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「う、うぃ~……飲み過ぎたぁ……」
「ほら、しっかり立って! 大丈夫?」
「おいおい……しっかりしろよ……! すまねえな、シレネ。カンバンまで居座っちまって……」
「大丈夫よー。また来てね!」
最後の客を見送り、シレネはヤレヤレと肩を揉みながら、扉に閂を掛ける。
『飛竜の泪亭』は閉店したが、シレネの残務は、まだ残っている。
早く片付けて、早く休まなければ、すぐに朝日が登ってきてしまう……。
シレネは、欠伸を噛み殺して、グラスや皿や食べ残しが散乱するテーブルの上を片付け始めた。
「……ふう、これで終わり……と」
最後の仕事である、伝票の帳簿付けを終わらせて、シレネはコキコキと音を立てて首を回した。
傍らのグラスに残った赤ワインを一気に呷ってから、帳簿をカウンターの金庫に仕舞う。
――さあ、後は家に帰って、沸かしたお湯で身体を拭いて寝るだけ……。
店の裏口の鍵を閉めて、離れにある家に帰ろうとし……思い出した。
(そういえば……アイツら、大人しくしてるのかしら……?)
彼女の脳裏に、昼間に拾った奇妙な二人組の姿が浮かんだ。
果無の樹海の奥から飛び出してきた、神官姿の二人……。
(パームくんと……ジャス……)
シレネはふぅと息を吐くと、一度店に戻ってから、ワイン蔵の方へと向かう。
その手には、今日の食べ残しの料理が、皿に載せられていた。
(さすがに、黒パンとミルクだけじゃ足りないよね……)
そう独りごちながら、ワイン蔵の扉の鍵を回し、周りの様子を窺ってから、慎重に扉を開ける。
中に入って扉を閉めると、夜光虫の放つ仄かな光が、蔵の中を仄かに照らし出す。
「――!」
と、彼女は違和感を覚えて、思わず鼻を押さえた。
「……な、何このニオイ……酒臭ッ!」
彼女の鼻腔を襲ったのは、圧倒的アルコール臭だった。
噎せ返るほどの強烈な酒の匂いで、呼吸するだけで酔い潰れそうだ。
「ちょ、ちょっと! アナタ達……! 何があったの、コレ?」
中に呼びかけながら、蔵の奥へ歩を進める――。
ビシャッ バシャッ
「――!」
シレネは驚いた。蔵の床は水浸し……いや、酒浸しだった。
「もう――! 何なの、コレェっ?」
シレネは堪らず叫んだ。――すると、
「――シレネさん、本当に申し訳御座いません……」
彼女の前の床から、蚊の鳴くような声が聞こえた。
「!」
シレネは、驚きながら前方に目を凝らした。
――何かの塊……いや、誰かが蹲っている……?
「……ジャス?」
「はい……本当にスミマセン……」
ジャスミンは、膝を折り、頭を地面に付くかつかないか位まで深々と下げていた。ジャスミンが蹲る床にも、赤いワインが水溜まりのように溜まっていて、彼の服はぐっしょりと濡れていた。
「…………何の真似? その格好は……?」
シレネは、恐る恐る尋ねた。
ジャスミンは、頭を下げたまま答える。
「……遥か東の、伝説の島国から伝えられた、『ドゲザ』という、最高級の謝罪表現です」
「……それは、ワイン蔵をこんなにしたのは貴方達だっていう、自白だという認識で良いのね?」
「……は、はい……い、いや、いいえ……」
「どっちよ?」
シレネは混乱して、思わず声を荒げる。ジャスミンは顔を上げ、視線を逸しながら言った。
「確かに、俺達が原因ではあるんですケド……主にやらかしたのは、パームの方だって言うかぁ……」
ジャスミンは、蔵の奥を指さす。――そこには、真っ赤な顔色で寝息を立てているパームが転がっていた。
「……俺が、ちょっと――ほんのちょっとだけ、棚のワインを味見しようとしたら、コイツが大袈裟に騒いできたんで、ちょっとだけ呑ませたら……物凄え暴れ上戸だったみたいで……」
「……なるほど。パームくんも共犯にしようとして無理やり呑ませたら、酔い方が悪くて暴れ回った――と。……その結果が、この惨状だと言うのね」
シレネの言葉に、ジャスミンは驚いた。
「え――! 何でそこまで……? 実は現場を見てたとか?」
「見てないわよ。でも、大体察しがつくわ……貴方のウソは」
シレネはそう言うと、表情を厳しくした。
「……で、どうしましょうかね……あなた達を」
「! ど、どうかお慈悲をッ! ココを放り出されては、俺達には行く所が有りません!」
必死で、頭を下げるジャスミン。シレネは、そんな彼の耳元に口を寄せて囁いた。
「……ねぇ、知ってる? 東の島国には、そのドケザ以上の謝罪表現があるのよ……『ハラキリ』って言うんだけどね……」
「し、シレネ様ッ! そ、ソレだけは! 本当に申し訳御座いませんでした! 心から反省しております! だから、だから何卒――!」
震え上がるジャスミンの様子を、無表情で見ていたシレネは――、
「……ぷっ! 冗談よ!」
突然吹き出した。
「……じょ……冗談?」
呆気に取られた顔のジャスミン。それを見て、更にシレネは腹を抱えて笑う。
「も――もういいわよ。やっちゃったモノは……フフ……しょうがないわ。その変顔に免じて、赦してあげる!」
「え……い、いいのか?」
「――その代わり、二度目は無いからね。今度やったら、その時は容赦なく、スマキにして、ギルド庁前に放り出すから!」
そう、あっけらかんと言うシレネを、信じられないという顔で見るジャスミン。
「本当にそれだけ……? いや、結構価値のあるワインも、結構犠牲に……」
「もういい、って言ってるでしょ。私、眠いから、もう行くわね。……後片付けだけお願い」
そう言って、シレネは、傍らの棚の空いたスペースに、抱えてきた皿を置いた。
「あと、お店の料理の残りを持ってきたから、パームくんが起きたら、一緒に食べて」
「おお……何から何まで……すまないな……」
ジャスミンは、瞳を潤ませんばかりに感動し、拝む真似をしてみせる。
「おお……あなたが神か……」
その瞬間、シレネは掌を向けて強い口調で叫んだ。
「止めて!」
「お……おう……」
彼女の剣幕に、今までと違う厳しいものを感じたジャスミンは、思わず真顔で頷いた。
シレネは、先程とは全く違う、嫌悪と憎悪が濃く入り交じった表情で、呟いた。
「私を、“神”なんて忌々しいモノと一緒にしないでよ……!」
「ほら、しっかり立って! 大丈夫?」
「おいおい……しっかりしろよ……! すまねえな、シレネ。カンバンまで居座っちまって……」
「大丈夫よー。また来てね!」
最後の客を見送り、シレネはヤレヤレと肩を揉みながら、扉に閂を掛ける。
『飛竜の泪亭』は閉店したが、シレネの残務は、まだ残っている。
早く片付けて、早く休まなければ、すぐに朝日が登ってきてしまう……。
シレネは、欠伸を噛み殺して、グラスや皿や食べ残しが散乱するテーブルの上を片付け始めた。
「……ふう、これで終わり……と」
最後の仕事である、伝票の帳簿付けを終わらせて、シレネはコキコキと音を立てて首を回した。
傍らのグラスに残った赤ワインを一気に呷ってから、帳簿をカウンターの金庫に仕舞う。
――さあ、後は家に帰って、沸かしたお湯で身体を拭いて寝るだけ……。
店の裏口の鍵を閉めて、離れにある家に帰ろうとし……思い出した。
(そういえば……アイツら、大人しくしてるのかしら……?)
彼女の脳裏に、昼間に拾った奇妙な二人組の姿が浮かんだ。
果無の樹海の奥から飛び出してきた、神官姿の二人……。
(パームくんと……ジャス……)
シレネはふぅと息を吐くと、一度店に戻ってから、ワイン蔵の方へと向かう。
その手には、今日の食べ残しの料理が、皿に載せられていた。
(さすがに、黒パンとミルクだけじゃ足りないよね……)
そう独りごちながら、ワイン蔵の扉の鍵を回し、周りの様子を窺ってから、慎重に扉を開ける。
中に入って扉を閉めると、夜光虫の放つ仄かな光が、蔵の中を仄かに照らし出す。
「――!」
と、彼女は違和感を覚えて、思わず鼻を押さえた。
「……な、何このニオイ……酒臭ッ!」
彼女の鼻腔を襲ったのは、圧倒的アルコール臭だった。
噎せ返るほどの強烈な酒の匂いで、呼吸するだけで酔い潰れそうだ。
「ちょ、ちょっと! アナタ達……! 何があったの、コレ?」
中に呼びかけながら、蔵の奥へ歩を進める――。
ビシャッ バシャッ
「――!」
シレネは驚いた。蔵の床は水浸し……いや、酒浸しだった。
「もう――! 何なの、コレェっ?」
シレネは堪らず叫んだ。――すると、
「――シレネさん、本当に申し訳御座いません……」
彼女の前の床から、蚊の鳴くような声が聞こえた。
「!」
シレネは、驚きながら前方に目を凝らした。
――何かの塊……いや、誰かが蹲っている……?
「……ジャス?」
「はい……本当にスミマセン……」
ジャスミンは、膝を折り、頭を地面に付くかつかないか位まで深々と下げていた。ジャスミンが蹲る床にも、赤いワインが水溜まりのように溜まっていて、彼の服はぐっしょりと濡れていた。
「…………何の真似? その格好は……?」
シレネは、恐る恐る尋ねた。
ジャスミンは、頭を下げたまま答える。
「……遥か東の、伝説の島国から伝えられた、『ドゲザ』という、最高級の謝罪表現です」
「……それは、ワイン蔵をこんなにしたのは貴方達だっていう、自白だという認識で良いのね?」
「……は、はい……い、いや、いいえ……」
「どっちよ?」
シレネは混乱して、思わず声を荒げる。ジャスミンは顔を上げ、視線を逸しながら言った。
「確かに、俺達が原因ではあるんですケド……主にやらかしたのは、パームの方だって言うかぁ……」
ジャスミンは、蔵の奥を指さす。――そこには、真っ赤な顔色で寝息を立てているパームが転がっていた。
「……俺が、ちょっと――ほんのちょっとだけ、棚のワインを味見しようとしたら、コイツが大袈裟に騒いできたんで、ちょっとだけ呑ませたら……物凄え暴れ上戸だったみたいで……」
「……なるほど。パームくんも共犯にしようとして無理やり呑ませたら、酔い方が悪くて暴れ回った――と。……その結果が、この惨状だと言うのね」
シレネの言葉に、ジャスミンは驚いた。
「え――! 何でそこまで……? 実は現場を見てたとか?」
「見てないわよ。でも、大体察しがつくわ……貴方のウソは」
シレネはそう言うと、表情を厳しくした。
「……で、どうしましょうかね……あなた達を」
「! ど、どうかお慈悲をッ! ココを放り出されては、俺達には行く所が有りません!」
必死で、頭を下げるジャスミン。シレネは、そんな彼の耳元に口を寄せて囁いた。
「……ねぇ、知ってる? 東の島国には、そのドケザ以上の謝罪表現があるのよ……『ハラキリ』って言うんだけどね……」
「し、シレネ様ッ! そ、ソレだけは! 本当に申し訳御座いませんでした! 心から反省しております! だから、だから何卒――!」
震え上がるジャスミンの様子を、無表情で見ていたシレネは――、
「……ぷっ! 冗談よ!」
突然吹き出した。
「……じょ……冗談?」
呆気に取られた顔のジャスミン。それを見て、更にシレネは腹を抱えて笑う。
「も――もういいわよ。やっちゃったモノは……フフ……しょうがないわ。その変顔に免じて、赦してあげる!」
「え……い、いいのか?」
「――その代わり、二度目は無いからね。今度やったら、その時は容赦なく、スマキにして、ギルド庁前に放り出すから!」
そう、あっけらかんと言うシレネを、信じられないという顔で見るジャスミン。
「本当にそれだけ……? いや、結構価値のあるワインも、結構犠牲に……」
「もういい、って言ってるでしょ。私、眠いから、もう行くわね。……後片付けだけお願い」
そう言って、シレネは、傍らの棚の空いたスペースに、抱えてきた皿を置いた。
「あと、お店の料理の残りを持ってきたから、パームくんが起きたら、一緒に食べて」
「おお……何から何まで……すまないな……」
ジャスミンは、瞳を潤ませんばかりに感動し、拝む真似をしてみせる。
「おお……あなたが神か……」
その瞬間、シレネは掌を向けて強い口調で叫んだ。
「止めて!」
「お……おう……」
彼女の剣幕に、今までと違う厳しいものを感じたジャスミンは、思わず真顔で頷いた。
シレネは、先程とは全く違う、嫌悪と憎悪が濃く入り交じった表情で、呟いた。
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