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第二章 サンクトルまで何ケイム?
蒼白と真紅
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ダリア傭兵団の本拠――、
薄暗く長い回廊を、シュダは白装束の長い裾を靡かせ、ゆるゆると歩く。
そして、回廊の突き当たりにある、鉄製の重い扉の前で、彼は立ち止まった。
扉の奥から、
『ハッ! ヤーッ!』
という、勇ましいかけ声が漏れ聞こえてくる。
シュダは、重い扉を押し開け、部屋の中に入った。
そこは、石壁で四方を囲まれた、暗い部屋だった。
――その部屋の中央で、紅く光る“蛇”が、空中をうねり飛んでいた。“蛇”は、地面に鋭い音を立てて跳ねたかと思えば、空中で鮮やかな弧の軌道を描いて、空中を泳いだりと、暗闇の中を自在に躍動していた。
しかし、よく目を凝らしてみれば、闇の中を縦横無尽に跳ね回る紅く光る蛇は、炎に包まれた、数エイムに及ぶ長鞭だという事が分かる。
その鞭の炎に照らし出された長鞭の遣い手は、まだうら若い女性だった。
「どうだい? 炎鞭の腕前は、上がったかい?」
部屋に入った瞬間、シュダは顔を微かに歪めるが、すぐに平常な表情を取り戻し、室内の人物に向かって声をかける。
「――! あ! こ、これはシュダ様!」
室内の女性は、戸口に立つシュダに気付くと、慌てた様子で、手にした炎鞭の炎を消し、丸めたそれを腰のホルダーに納めた。
そして、小走りで走り寄ると、シュダの前に膝をつく。
「これは、ご来訪に気付きませず、大変失礼を致しました、シュダ様!」
「いやいや。私も、ノックもしないで勝手に入り込んだんだ。失礼はお互い様だよ――アザレア」
シュダは、穏やかな笑みを湛えて、室内の女――アザレアに言う。
彼女は、まだ若かった。年の頃なら18.9といった所か。その髪は、鮮やかに燃える炎の様な赤髪で、肩の辺りで切り揃えており、三つ編みにした一房を耳前に垂らしている。
整った顔の中で、ひときわ魅力的に輝く瞳の色も、クリムゾンルビーを思わせる真紅だ。
そして、鍛え上げられたしなやかな長身が、彼女の持つ佇まいを、更に神秘的なものに昇華している。
――まるで、古の神話で語り継がれる、炎と竈を司る女神フェイムを彷彿とさせる、美しい容姿の持ち主だった。
「……ところで、シュダ様。今日は、何故この様な所まで御出になったのですか?」
アザレアは、首を傾げて、シュダに訊いた。
「ああ……。実は」
シュダは、どことなく言いづらそうな素振りで、言葉を続けた。
「君にとっての朗報であり、我らダリア傭兵団にとっての凶報、そして、君に対して謝罪しなければならない話を持ってきたのだ」
「私にとっての朗報で、傭兵団にとっての凶報……?」
アザレアは困惑の表情を浮かべる。
「申し訳ございません。……私にはどういった事なのか、さっぱり――」
「ははは。いや、すまなかった。君を混乱させるつもりは無かったのだがね……」
苦笑するシュダ――その、白く塗り重ねられた道化師の様な顔が、真剣さを増して、グッと引き締まる。
「これから私が話す内容を、どうか落ち着いて聞いてほしい。いいね、アザレア……」
「…………は、はい」
団長が浮かべる真剣な表情に、アザレアも緊張する。
シュダは、決意するように深く息を吸うと、それをアザレアに伝えた。
「……君が長年探し続けていた、君の姉上を殺めた人物が、判明した」
「――――え!」
アザレアの紅玉の様な真紅の瞳が、驚きで大きく見開かれる。
「――そして、ダリア傭兵団団長として、私が君に心からの謝罪をしなければならない理由が……」
シュダは、沈痛な表情を浮かべて、言葉を継ぐ。
「我々が、かなり以前から、君の姉上殺しの犯人の情報を把握しており――その上で、君に対して、その情報を秘匿し続けていた、という事だ」
「――どういう事でしょうか……シュダ様?」
アザレアは、低い声でシュダに問うた。その紅い瞳には、チラチラと怒りの炎が燃えている。
シュダは、憤怒に震える彼女を前に、冷静に言葉を紡ぐ。
「それは、『ダリア傭兵団にとっての凶報』という内容に関わるんだ。即ち――」
彼は、一旦言葉を切ると、覚悟を決めるように深く息を吸い、その言葉を吐いた。
「君の姉上を殺めたのが、他でもない、傭兵団副団長のチャー君だったからなんだ」
「――――!」
アザレアの瞳が、再び大きく見開かれ、そして、きつく閉じられた。
「シュダ様……、申し訳ございません」
アザレアは、低い声で呟くように言った。
彼女の拳は、きつくきつく握り込まれ、ブルブルと震えていた。
そして、彼女は顔を上げる。その眼には、涙と――復讐に滾る憎悪の炎で満ち満ちていた。
「シュダ様! どうか、どうか私に、チャー様……いや! 憎っくきチャーを討つお赦しを下さいませ! ……いえ、お赦しが無くとも、私はあの男を討ち滅ぼします! ……止めないで下さい、シュダ様! もし止めるというなら、私は貴方も――!」
「ほらね。そうなると解っていたから、君には伝えられなかったのだよ……今までは」
「……今までは?」
「――ああ」
シュダの言葉に含まれる、意味深な響きに気が付いたアザレアは、当惑の表情を浮かべる。
そんなアザレアの顔を見て、シュダはフッと相好を崩し、左手で彼女の頬を撫でて、静かに言葉を続けた。
「君がいくらチャー君に対する復讐を懇願しても、傭兵団に於ける副団長という彼の立場上、私はそれを赦す事はできなかったのだが……それも、昨日までの話となった」
「……昨日までの?」
「――ああ」
「チャー君は、本日を以て、ダリア傭兵団の副団長職を退いた。……つまり」
シュダは、ニヤリと微笑った。
「もう、彼は、ダリア傭兵団とは無関係の人間になったんだ。――チャーが、何所の誰かに惨たらしく殺されようとも、我々には一切の関係が無いという事だ」
「――! では……!」
「ああ」
シュダは、凄惨な笑みを浮かべた。
「君に休暇を与えよう。存分に羽を伸ばして、気が済んだら戻ってきてくれ。――今なら……そうだな。サンクトル辺りがオススメだよ」
「…………畏まりました」
アザレアは、ゆっくりと頷いた。その真紅の瞳を、狂気にも似た執念でギラつかせて。
「お言葉に甘えて、休暇を取らせて頂きます。サンクトルに、是非ともお目にかかりたい方がいらっしゃいますから――」
薄暗く長い回廊を、シュダは白装束の長い裾を靡かせ、ゆるゆると歩く。
そして、回廊の突き当たりにある、鉄製の重い扉の前で、彼は立ち止まった。
扉の奥から、
『ハッ! ヤーッ!』
という、勇ましいかけ声が漏れ聞こえてくる。
シュダは、重い扉を押し開け、部屋の中に入った。
そこは、石壁で四方を囲まれた、暗い部屋だった。
――その部屋の中央で、紅く光る“蛇”が、空中をうねり飛んでいた。“蛇”は、地面に鋭い音を立てて跳ねたかと思えば、空中で鮮やかな弧の軌道を描いて、空中を泳いだりと、暗闇の中を自在に躍動していた。
しかし、よく目を凝らしてみれば、闇の中を縦横無尽に跳ね回る紅く光る蛇は、炎に包まれた、数エイムに及ぶ長鞭だという事が分かる。
その鞭の炎に照らし出された長鞭の遣い手は、まだうら若い女性だった。
「どうだい? 炎鞭の腕前は、上がったかい?」
部屋に入った瞬間、シュダは顔を微かに歪めるが、すぐに平常な表情を取り戻し、室内の人物に向かって声をかける。
「――! あ! こ、これはシュダ様!」
室内の女性は、戸口に立つシュダに気付くと、慌てた様子で、手にした炎鞭の炎を消し、丸めたそれを腰のホルダーに納めた。
そして、小走りで走り寄ると、シュダの前に膝をつく。
「これは、ご来訪に気付きませず、大変失礼を致しました、シュダ様!」
「いやいや。私も、ノックもしないで勝手に入り込んだんだ。失礼はお互い様だよ――アザレア」
シュダは、穏やかな笑みを湛えて、室内の女――アザレアに言う。
彼女は、まだ若かった。年の頃なら18.9といった所か。その髪は、鮮やかに燃える炎の様な赤髪で、肩の辺りで切り揃えており、三つ編みにした一房を耳前に垂らしている。
整った顔の中で、ひときわ魅力的に輝く瞳の色も、クリムゾンルビーを思わせる真紅だ。
そして、鍛え上げられたしなやかな長身が、彼女の持つ佇まいを、更に神秘的なものに昇華している。
――まるで、古の神話で語り継がれる、炎と竈を司る女神フェイムを彷彿とさせる、美しい容姿の持ち主だった。
「……ところで、シュダ様。今日は、何故この様な所まで御出になったのですか?」
アザレアは、首を傾げて、シュダに訊いた。
「ああ……。実は」
シュダは、どことなく言いづらそうな素振りで、言葉を続けた。
「君にとっての朗報であり、我らダリア傭兵団にとっての凶報、そして、君に対して謝罪しなければならない話を持ってきたのだ」
「私にとっての朗報で、傭兵団にとっての凶報……?」
アザレアは困惑の表情を浮かべる。
「申し訳ございません。……私にはどういった事なのか、さっぱり――」
「ははは。いや、すまなかった。君を混乱させるつもりは無かったのだがね……」
苦笑するシュダ――その、白く塗り重ねられた道化師の様な顔が、真剣さを増して、グッと引き締まる。
「これから私が話す内容を、どうか落ち着いて聞いてほしい。いいね、アザレア……」
「…………は、はい」
団長が浮かべる真剣な表情に、アザレアも緊張する。
シュダは、決意するように深く息を吸うと、それをアザレアに伝えた。
「……君が長年探し続けていた、君の姉上を殺めた人物が、判明した」
「――――え!」
アザレアの紅玉の様な真紅の瞳が、驚きで大きく見開かれる。
「――そして、ダリア傭兵団団長として、私が君に心からの謝罪をしなければならない理由が……」
シュダは、沈痛な表情を浮かべて、言葉を継ぐ。
「我々が、かなり以前から、君の姉上殺しの犯人の情報を把握しており――その上で、君に対して、その情報を秘匿し続けていた、という事だ」
「――どういう事でしょうか……シュダ様?」
アザレアは、低い声でシュダに問うた。その紅い瞳には、チラチラと怒りの炎が燃えている。
シュダは、憤怒に震える彼女を前に、冷静に言葉を紡ぐ。
「それは、『ダリア傭兵団にとっての凶報』という内容に関わるんだ。即ち――」
彼は、一旦言葉を切ると、覚悟を決めるように深く息を吸い、その言葉を吐いた。
「君の姉上を殺めたのが、他でもない、傭兵団副団長のチャー君だったからなんだ」
「――――!」
アザレアの瞳が、再び大きく見開かれ、そして、きつく閉じられた。
「シュダ様……、申し訳ございません」
アザレアは、低い声で呟くように言った。
彼女の拳は、きつくきつく握り込まれ、ブルブルと震えていた。
そして、彼女は顔を上げる。その眼には、涙と――復讐に滾る憎悪の炎で満ち満ちていた。
「シュダ様! どうか、どうか私に、チャー様……いや! 憎っくきチャーを討つお赦しを下さいませ! ……いえ、お赦しが無くとも、私はあの男を討ち滅ぼします! ……止めないで下さい、シュダ様! もし止めるというなら、私は貴方も――!」
「ほらね。そうなると解っていたから、君には伝えられなかったのだよ……今までは」
「……今までは?」
「――ああ」
シュダの言葉に含まれる、意味深な響きに気が付いたアザレアは、当惑の表情を浮かべる。
そんなアザレアの顔を見て、シュダはフッと相好を崩し、左手で彼女の頬を撫でて、静かに言葉を続けた。
「君がいくらチャー君に対する復讐を懇願しても、傭兵団に於ける副団長という彼の立場上、私はそれを赦す事はできなかったのだが……それも、昨日までの話となった」
「……昨日までの?」
「――ああ」
「チャー君は、本日を以て、ダリア傭兵団の副団長職を退いた。……つまり」
シュダは、ニヤリと微笑った。
「もう、彼は、ダリア傭兵団とは無関係の人間になったんだ。――チャーが、何所の誰かに惨たらしく殺されようとも、我々には一切の関係が無いという事だ」
「――! では……!」
「ああ」
シュダは、凄惨な笑みを浮かべた。
「君に休暇を与えよう。存分に羽を伸ばして、気が済んだら戻ってきてくれ。――今なら……そうだな。サンクトル辺りがオススメだよ」
「…………畏まりました」
アザレアは、ゆっくりと頷いた。その真紅の瞳を、狂気にも似た執念でギラつかせて。
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