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第二章 サンクトルまで何ケイム?

迷い人と樹海

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 「だ……大教主にそう言われると、何かこそばゆいな……」

 バルサ二世は、大教主の言葉を聞くと、戸惑うように頭を掻いた。
 と、彼は、ふとある事を思い出す。

「――そういえば、例の法具の回収はどうなっておるのだ? 確か、サンクトル礼拝堂に奉納されていたんだよな?」
「…………ホホホ。――実はですな」

 大教主は、ばつが悪そうな顔で禿頭をポリポリと掻いた。

「神僕1名と、護衛代わりの下働きを1名、サンクトルへ派遣したのですが……。東大門付近で、ヤクザ者に襲われた様で、逃走の際に、果無の樹海へ飛び込んでいったとの事です……」
「果無の樹海ぃ?」

 王は驚きのあまり、玉座から滑り落ちた。

「よりによって、一度入ると二度と生きて戻れぬ、果無の樹海に飛び込んだ、だと? そいつら、死ぬ気だったのか?」
「どうやら……下働きの者が、そのヤクザ者に深い恨みを買っていて、捕まれば命は無い状況。そこから逃げ切ろうとして採った、苦肉の策だった様ですな」
「苦肉の策……にもなっておらんだろ……。樹海に飛び込むよりも、そのヤクザ者の靴でも舐めて、命乞いをする方が、まだ命を拾う可能性が高かろうに……」
「おっしゃる通りでございますな……」

 心の底から呆れたという様子の王に、頷き、苦笑する大教主。

「……で、その者達の安否は掴めたのか?」
「――いえ、最後の目撃情報が、果無の樹海に飛び込む後ろ姿でして……その後の安否は、一切不明でございます」
「……そうか。残念な事だ」

 バルサ二世は、しばし瞑目する。

「若いのならば、まだまだ前途もあっただろうに……」
「――ですが」

 だが、大教主は穏やかな笑みを浮かべたまま、小さく頭を振ってみせ、そして言葉を継いだ。

「あの二人なら、たとえ樹海の中にあっても、案外と平気で生きている気がしますな」

 大教主は、目を細めて髭を撫でつける。

「いつものように、軽口に生真面目なツッコミを入れながら、二人で逞しくサバイバルをしている……この老人には、そう思えてなりませぬ」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「腹減ったぞ――――っ!」

 昼なお昏く、植物が鬱蒼と群れ生える深い深い樹海の森の中に、馬鹿でかい絶叫がこだまする。木々に留まる鳥たちが驚いて飛び立ち、岩陰に潜んだ獣たちは、一斉に威嚇の鳴き声を上げた。
 やにわに騒がしくなった森の中、その整った顔立ちにありったけの不満を表出させた若い男が、虚空に向かって喚き散らす。

「おいおいおいおい! 一体、何時になったらこのクソッタレな森を抜けられるんだよぉ~! どこまで行っても、森、森、森! いい加減、景色に飽きた~! つーか、疲れたっ! もう何週間、女を抱いてないんだぁ、俺は! つーか、疲れた!」
「――ジャスミンさんっ! そんなにギャーギャー騒がないで下さいっ! っていうか、疲れた疲れた言い過ぎです! 聞いているこっちまで疲れてきてしまうので、ホントいい加減にして下さい!」

 もうウンザリといった感じで、淡い金髪に黒縁眼鏡をかけた少年神官が、苛立たしげにブラウンの髪を漉き上げている軽薄そうな若者――ジャスミンを嗜める。
 ジャスミンは、「へいへい」と生返事して、ぐるりと周囲を見回す。しかし、目に入ったのは、変わり映えのしない緑の景色だけ。
 ジャスミンは、ガックリと肩を落とすと、途方に暮れた声でパームに言った。

「しっかし、パームよ……。俺達、冗談抜きで迷っちまったらしいな……どこなんだよ、ここは?」
「……果無の樹海のど真ん中って事だけは確かでしょうねぇ」

 パームはそう言うと、額の汗を袖で拭った。

「しかし、早い内にこの森を抜けられないと、僕たちは二人揃って飢え死にしてしまいますよ……」

 そうぼやくと、パームはジロリとジャスミンを睨む。

「どこかの誰かさんが、二週間分はあった食料を、たったの三日で食い尽くしてくれたおかげでね」
「そ、それは……。そう! お前が持ってきた食料が少なすぎたのが悪いんだよ! 少なくとも、1ヶ月分は用意してくるべきだったのに!」
「そんな大量の食糧、重くて持ち運べません! 僕は、荷運びの馬車じゃないんです!」
「……ていうかさあ、あんなしみったれた量で2週間分な訳無いだろう? しかも、中身は豆だ乾燥肉だ煎じたハーブだ、ってクソ不味いパサついたもんしかありゃしない! そりゃ、あっという間に無くなるわ! 量が心許ないんだったら、俺の事をもっと強く止めとけよ!」
「保存が効く豆やかさばらない乾燥肉を、携行食として旅に持っていくのは当たり前でしょう! それに……僕が止めまくったのに、『あと一口、あと一口だからぁ!』って言って、僕を押しのけて食べ続けたのはアナタでしょうが! まったく……そういうのを『盗っ人猛々しい』と言うんですよ……」

 言い訳三昧に、ほとほとウンザリした顔で言い返すパーム。
 ジャスミンは、頬を膨らませて、ブツブツぼやく。

「まったく……とことんツイてないな。寝取られヤクザには追われるわ、樹海に逃げ込んでやり過ごそうと思ったら、深入りしすぎて出られなくなるわ、おまけにツレは、使えないお小言魔人だし……」
「……そのお言葉、そっくりそのまま、祝福のブーケ付けてお返ししますよ」

 ――彼らが、チュプリの東に広がる『果無の樹海』に迷い込んでから2週間になる。……多分。
 分厚い木々の緑のカーテンに遮られ、昼なお暗い樹海の底では、ややもすると、今が昼なのか夜なのかも分からなくなる。
 食料は既に尽き、樹海を抜けられそうな獣道はおろか、方角すら分からない。ハッキリ言って、絶望的な状況だった。
 それにも関わらず、この二人は、全く絶望にうちひしがれる様子も無かった。

 まだ希望を捨てていないのか、それとも、単なる楽天家なだけなのか……?
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