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第二章 サンクトルまで何ケイム?

王と先王

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 ――そんなやり取りが、サンクトルの地下で交わされてから十数日後。
 果無の樹海を挟んだ西側、バルサ王国首都チュプリの中央部『白亜の宮』の一室では、王宮の主とその臣下たちが、沈鬱な表情を浮かべながら真剣に話し合っていた。

「……で、アタカードの守備はどうなっている?」
「は! 現在、近衛一個大隊を、先鋒として既に派遣しております。更に、比較的平穏が保たれております南方方面からも、駐屯中のストゥルーベル騎士団をこちらへ呼び戻すべく、命令を下しております!」

 国王バルサ二世の問いにてきぱきと応えたのはサーシェイル司令長官。青タンをこしらえた左目が痛々しい。

「――よし、ストゥルーベルがチュプリに到着次第、余も残りの近衛師団を率い、アタカードへ向かう! チュプリの留守は、マガーに任せる。良いな!」
「ハッ! わが命に代えても!」

 名を呼ばれて立ち上がった壮年の騎士に頷きかけた王は、頭を巡らせ、今度は文官席の首席に呼びかける。

「……テリバム。東方の様子はどうなっている?」
「――は」

 席から起立したのは、相変わらず頭頂部が眩しいテリバム国務大臣。彼も禿頭に大きな湿布を貼り付けている。

「あれから、サンクトルでは特段大きな動きはございませぬ。ダリア傭兵団は、相変わらず彼の地に居座り続けている模様です。当初は、……サンクトルの宝物を略奪した後に撤収するかとも思われたのですが、現在のところは、撤退するような兆候は見られないとの事です」
「……ダリア山の本隊の動きは?」
「はい。ダリア山の方も、全くと言ってよいほど動きが無いです。寧ろ、サンクトルに攻め込む前よりもおとなしいくらいで……」
「サンクトルに戦力のほとんどを投入したから……ではござらぬか?」

 末席近い場所から武官の一人が発言した。その声に振り返ったテリバムは、小さくかぶりを振る。

「……いや、違うようじゃ。傭兵団の団長も、恐らくダリア山に留まったままの様だの」
「クレオーメ公国が暗躍している……という可能性は?」

 今度は、バルサ二世が口を開く。テリバムは、再び王の方へと向き直ると、先程と同じ様に首を横に振った。

「無論……それも考えましたが、密偵からの報告では、特に目立った動きは見せていないとの事でございます」
「――どうも、東方はダリア傭兵団のおかげで、寧ろ絶妙な均衡状態を保っている状況のようですのぉ」

 緊迫した空気とはそぐわないのんびりした声が、会議の場に響いた。

「お、おお、大教主! 来てくれたのか!」
「ホッホッホ、勿論でございます。曲がりなりにも国家存亡の危機。この緊急事態に、尽力を惜しむつもりはありませんぞ」

 平時と何ら変わりのない様子で福々しく微笑む大教主。ゆるゆると会議場を進み、王の前でひざまずいた。

「我々、ラバッテリア教の情報網で東方の様子を探っておりましたが、この異常事態の割には、各地の動きが殆ど無いようです。……無論、戦力の拡充と防衛の強化の動きは、各々の都市で見られておりますが、それも各領主・代官の権限の範囲内で行われている様ですな」
「……この混乱に乗じて下剋上を企てるような不届き者はいないという事か……正直、東方全体が、麻の如く乱れてしまうのではないかと危惧していたが……」
「王国軍が、ワイマーレ騎士団の悲報の後に、感情に任せて不用意に反応しなかったのが良かったのでしょうな。落ち着いた対応が、東方の各都市と諸侯の心情を、却って冷静にさせたようです。彼らは、我々王国とダリア傭兵団の動きを固唾を呑んで見守り、どちらに付こうか計算しているのでしょう……」

 大教主は、顎髭を撫で付けながら、言葉を継ぐ。

「ここは、行動一つ取るにしても、慎重の上に慎重を期さねばならぬ状況で御座いますな……。我々が上手く立ち回る事が出来れば、東方の支持を保ったまま、むしろ信頼を高め、傭兵団の掃討も容易くできましょうし――」
「……逆に、不用意な動き一つで、東方の都市がこぞって傭兵どもに尻尾を振る可能性もあるという事か」
「御意」

 バルサ二世の言葉に、然り、と頷く大教主。

「……難しいな」
「確かに、難しゅうございます――が」

 大教主はにっこりと微笑んだ。

「陛下ならば、この難局も乗り越えられると、私は確信しております」
「む、無論儂も!」
「勿論、某も!」

 大教主の言葉に、テリバムとサーシェイルが続く。彼らだけでなく、室内の全ての人間が一斉に我も我もと声を上げた。場内は沸騰したかのような熱烈な叫びに包まれた。
 王は片手を上げて臣下を鎮め、困った様に頭をかいた。

「……いや、皆の言葉は嬉しいが、正直厳しいぞ、これは」

 彼は場内の顔を見回しながら言った。

「この情勢は、余一人では荷が重い。父からこの国を受け継いでから僅か二年。正直、余にはまだ経験が少ない。ここは、この国を作り上げてきた皆の力が必要だ。……頼む」

 王は玉座から立ち上がり、臣下に向かって頭を下げた。

「余に皆の力を貸してくれ!」

 その瞬間――『白亜の宮』が驚愕と感激の声で、誇張無しで揺れた――。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「いや、見事なお姿でございました、ホッホッホ」
「……あまり言うな。思い出すだけで顔から火が出てきそうだ……」

 御前会議が終わり、文官武官が各々の任務に就く為に散会した後、バルサ二世と大教主は部屋に残っていた。
 気恥ずかしそうに頭を掻く王に、大教主は優しい笑みを向けて言った。

「いやいやどうして、先程の陛下の一言は我々の心を打ちました。私は、一瞬先王陛下の姿が重なりましたぞ。――本当にご立派でした。ホッホッホ」
「だから言うなと――。というか、大教主に言われても、からかわれているようにしか聞こえんのだが……。分かっておるよ、まだまだ余は父上には遠く及ばぬ事など……さっきのアレは、偽らざる本当の気持ち……弱音なのだがな。王なのに情けないと自分でも思うが……」
「いえいえ、陛下はご立派でございます。何せ――」

 一瞬、大教主の細い目が急に鋭さを帯びた様に感じた。

「陛下は先王とご同様に、ご自身が弱い事をきちんと認識されておられる。なかなか並の王にできる事ではございませぬ」
「父上と同様……? 父上に弱い所などあったか?」
「弱い所だらけでしたぞ、寧ろ」

 大教主は懐かしそうな表情で言った。

「先王はご自身の苦手な所、弱点を的確に把握された上で、そこを補う人材を積極的に抜擢し、全面的に仕事を預けておられました」
「そう……だったのか……? 正直、信じられぬが……」
「そう――。確かに、お父君の剣の腕には並ぶ者が居らず、個人的武力では非常に秀でておられましたが、その一方で、兵站や用兵はてんでダメでしたな。――それを補ったのが、ワイマーレ将軍閣下と、彼の率いるワイマーレ騎士団でございます」

 ワイマーレ、という言葉を耳にして、バルサ二世は表情を曇らせる。
 大教主も、彼の表情の変化には気が付いたが、素知らぬ顔で話を続ける。

「――内政関係も不得手でしたな。先王は、民の事を第一に思いやる余り、厳しい法や政策を徹底させる事がなかなか出来ませんでした。テリバム殿の卓越した内政手腕が無ければ、この国がここまで秩序立って発展する事は無かったでしょうなぁ」
「……で、計略関係は、お前と言う訳か、大教主?」
「ホッホッホッ、言葉を獲られてしまいましたな」

 愉快そうに笑い、禿げ上がった頭を撫でる大教主。
 バルサ二世は、憮然として言う。

「おいおい……それではまるで、父は剣を振るうしか能の無い、筋肉バカの様ではないか……」
「筋肉バカの様……というよりは、筋肉バカそのものでしたな。ホッホッ」

 そして、目の前の若き国主に、優しい眼差しを向けて、静かに語りかける。

「――己の弱さを知る者は誰より強い。私はそう考えております。事実、先王陛下はそうでした。ですから、その若さにして、ご自身が弱い事をキチンと自覚なされている陛下は、バルサ一世陛下にも勝る名君となられる器だと確信しておりますぞ、私めは。ホッホッホ」
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