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第一章 サンクトルは燃えているか?
文官と武官
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「こ……これ、は……?」
「大臣殿! 一体何事で御座いますか? その親書には一体……?」
ただならぬ様子に不安を抱き、国務大臣に詰め寄る文官・武官達。
テリバムは震える手で、親書を読み上げる。
「……これには……『本日、ダリア傭兵団がサンクトルに攻め寄せてきた。現有の戦力では持ちこたえられない。至急救援を求む。なお、先日ダリア傭兵団征伐に向かったワイマーレ騎士団は――か、かい――』」
テリバムは目を白黒させ、乱れた息を必死で整えて、言葉を続けた。
「……壊滅した模様』……。ワイマーレ騎士団が、か、か、壊滅だと……信じられ――」
国務大臣は腰を抜かしてへたり込んでしまった。
「たわけた事を抜かすな! そんな事がある訳なかろう!」
声を荒げたのは、サーシェイルだった。彼は、口髭を怒りで震わせながら怒鳴る。
「貴卿らはまさか信じるのではなかろうな? こんな出まかせの書状など! あのワイマーレ騎士団が容易く壊滅するものか!」
サーシェイルはテリバムの手から親書をひったくり、鋭い眼で一読する。
「何々……、はん! よくもこうも適当な出まかせを並べ立てたものだ! 『……貴国のワイマーレ騎士団においては、ダリア山にて悉く討ち取られし由、傭兵団より知らせあり。偽りには有らざる由、確かなり。信じられざる時は、同送の包みを確認されたし』……だと! 何だ、この『包み』というのは?」
「はっ! 親書と共に使者が運んできた大きな包装物がありました。恐らくその事ではないかと……」
「――サーシェイル様。こちらでございます」
侍従が捧げる様に、黒い布に覆われた包みを差し出す。
「貸せ!」
サーシェイルは、侍従の手から、荒々しい所作で包みを奪い取る。
固く絞められた包みの紐を解き、中を検める。
包みの中には、土埃と赤黒い染みに塗れた布があった。
サーシェイルは思いっきり、その布を広げた。夥しい埃が舞い上がり、周囲の数人が咳き込む。
やがて、埃が収まり、布の全容がはっきりした時――、
「…………! な、こ、こ、――これは!」
サーシェイルの眼が飛び出さんばかりに見開かれる。
布の中心には、蛇の尾を持ち咆哮する獅子の紋章が金糸で大きく縫い付けられていた。
――見まごう筈が無い。
その布は、ワイマーレ騎士団の象徴たる軍旗であった。
騎士団の先頭で翩翻と翻っているはずの軍旗が何故――、
この様に埃と血しぶきに塗れた無様な姿と成り果て、今、バルサ王城の謁見の間の床にあるのか――?
その答えは嫌という程はっきりしていた。
「……………………」
謁見の間に、鉛の様な重苦しい沈黙が広がる。
誰一人口を開く事はできず、ただただ、床に広げられた軍旗の成れの果てを凝視するのみだった。
………………………………
「陛下! 早急にサンクトルに救援の兵を!」
永遠に続くかに思われた沈黙を唐突に破ったのは、テリバムだった。
「こうしている場合ではございませぬ! 薄汚い傭兵どもに陥とされる前に! 近衛軍を動員して……」
「たわけた事を申されるな! 大臣殿!」
興奮し、まくし立てるテリバムを一喝したのは、サーシェイルだった。
「今から軍を編成し、出陣しても、もう間に合わん! サンクトルは……諦めよ! ここは、守りを固め、このチュプリに籠るが上策だ!」
サーシェイルは壁に架けられていた大地図を叩く。
「幸い、サンクトルとチュプリの間には『果無の樹海』が天然の障壁となっておる。この『コドンテ街道』を通る以外、大規模進軍は不可能だ! しかも、サンクトルは我らが領内にはあれど、半独立を保つ自由貿易都市! やはりここはサンクトルを諦めた上で……」
「諦められぬわ! サンクトルの重要性を知らぬのか、この戦争屋めが! あの都市からの流通が途絶すれば、チュプリの、いや、バルサ王国全体の経済は死んだも同然じゃ! お主の好きな戦争も出来なくなるぞ!」
「フンッ! いつまでも、盗賊どもに好き勝手やらせておくつもりなど毛頭無い! いずれは、各方面と協調してあやつらを根絶やしにするに決まっておろう! しかし、偶然、たまたま、まぐれであっても、あのワイマーレ騎士団を、こ、この様にした者どもである! ここはチュプリを守る事を最優先にして……」
「貴様! たかが傭兵如きに対してそんな消極的でどうするんじゃ! そんな事だから貴様らの自称『最強』の騎士団がこんな醜態を晒すのじゃ!」
「大臣! 貴殿といえど、その言葉、許さぬぞ!」
憤怒の形相でテリバムの胸倉を掴むサーシェイル。
「グッ……おのれ戦争屋! 無礼であろう! この手を離さんか!」
サーシェイルの手を振りほどくテリバム。
サーシェイルは眼に燃え上がる怒りの炎を隠すことなく、目の前の小柄な老人の禿頭を睨みつける。
と、ふと、何かに気づき、口元を歪ませた。
「あ、成程。そういう事か……」
「……何じゃ?」
「いえ、先程から、日頃の大臣殿とは打って変わった性急な様子で、盛んに出兵を促されておるので、どうされたのか不思議だったのですが……いや、思い出しました」
「な、何をじゃ! はっきり申せ!」
戸惑う大臣。サーシェイルは、にんまりと微笑を浮かべて言った、嫌みたっぷりな敬語口調で。
「いや、以前『根も葉もない噂』として耳に入ってきた、『国務大臣殿がサンクトルに秘密金庫を建造し、財産を隠している』という話が本当だったのだな、と」
「!!」
「だから、大臣殿はこうも強硬に我らに出兵を促そうとしているのだな、と。サンクトルが陥ちてしまえば、大臣殿の大事隠し財産も『薄汚い傭兵』共の手に落ちますからな……。成程、合点がいきました……くくく」
「き! キサマァ! 何を申すか! そんなね、根も葉もない噂を! ワシを愚弄する気かぁぁぁ!」
「では、黙って頂けませぬか? この一件は国防の範疇。戦いの素人でしかない文官のお歴歴は、額を集めて、金集めのご相談に精をお出しくだされ」
「お、おのれぇ! もとはといえば、貴様らの自慢の騎士団が役立たずだったのが悪いのだ! ワイマーレがきちんと仕事を果たしておれば……王国最強が聞いて呆れるわい! そなたらの力もたかが知れとるのぉ」
「お、おのれ! 一度ならず、二度までも! ワイマーレ騎士団を……我々を愚弄する事、もはや赦せん! このクソジジイがぁ!」
青筋を立てた憤怒の形相で老人に殴りかかるサーシェイル。
それを合図に、謁見の間を舞台に、文官と武官による壮絶な殴り合いが始まった。
怒号が渦巻き、拳が振り回され、人が飛ぶ。
着衣をボロボロに破られた文官が倒れ伏す上に口から血を流した武官が折り重なるように倒れこんでいく。
慣れぬ手つきで殴りかかってくる文官の腕を掴み一本背負いで投げ飛ばす武官の頭を、手に持った極厚の書類の束でぶん殴る文官その二、その文官その二を――(以下略)。
――そんな騒ぎの中、忘れられた存在と成り果てたトロウスは、呆然と天井を仰ぐばかりだった。
と、
騒ぎの中心でお互いの襟首を掴み揉み合うサーシェイルとテリバムの身体が紅い光に包まれ、次の瞬間轟音と共に吹っ飛んだ。
「!?」
殴り合っていた文官・武官達の動きが止まる。騒然としていた場内が水を打ったように静まりかえる。
「ほっほっほっほっ」
沈黙の中、小さな戦場と化した『謁見の間』に、場違いな長閑極まる笑い声が響き渡った。
「大臣殿! 一体何事で御座いますか? その親書には一体……?」
ただならぬ様子に不安を抱き、国務大臣に詰め寄る文官・武官達。
テリバムは震える手で、親書を読み上げる。
「……これには……『本日、ダリア傭兵団がサンクトルに攻め寄せてきた。現有の戦力では持ちこたえられない。至急救援を求む。なお、先日ダリア傭兵団征伐に向かったワイマーレ騎士団は――か、かい――』」
テリバムは目を白黒させ、乱れた息を必死で整えて、言葉を続けた。
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声を荒げたのは、サーシェイルだった。彼は、口髭を怒りで震わせながら怒鳴る。
「貴卿らはまさか信じるのではなかろうな? こんな出まかせの書状など! あのワイマーレ騎士団が容易く壊滅するものか!」
サーシェイルはテリバムの手から親書をひったくり、鋭い眼で一読する。
「何々……、はん! よくもこうも適当な出まかせを並べ立てたものだ! 『……貴国のワイマーレ騎士団においては、ダリア山にて悉く討ち取られし由、傭兵団より知らせあり。偽りには有らざる由、確かなり。信じられざる時は、同送の包みを確認されたし』……だと! 何だ、この『包み』というのは?」
「はっ! 親書と共に使者が運んできた大きな包装物がありました。恐らくその事ではないかと……」
「――サーシェイル様。こちらでございます」
侍従が捧げる様に、黒い布に覆われた包みを差し出す。
「貸せ!」
サーシェイルは、侍従の手から、荒々しい所作で包みを奪い取る。
固く絞められた包みの紐を解き、中を検める。
包みの中には、土埃と赤黒い染みに塗れた布があった。
サーシェイルは思いっきり、その布を広げた。夥しい埃が舞い上がり、周囲の数人が咳き込む。
やがて、埃が収まり、布の全容がはっきりした時――、
「…………! な、こ、こ、――これは!」
サーシェイルの眼が飛び出さんばかりに見開かれる。
布の中心には、蛇の尾を持ち咆哮する獅子の紋章が金糸で大きく縫い付けられていた。
――見まごう筈が無い。
その布は、ワイマーレ騎士団の象徴たる軍旗であった。
騎士団の先頭で翩翻と翻っているはずの軍旗が何故――、
この様に埃と血しぶきに塗れた無様な姿と成り果て、今、バルサ王城の謁見の間の床にあるのか――?
その答えは嫌という程はっきりしていた。
「……………………」
謁見の間に、鉛の様な重苦しい沈黙が広がる。
誰一人口を開く事はできず、ただただ、床に広げられた軍旗の成れの果てを凝視するのみだった。
………………………………
「陛下! 早急にサンクトルに救援の兵を!」
永遠に続くかに思われた沈黙を唐突に破ったのは、テリバムだった。
「こうしている場合ではございませぬ! 薄汚い傭兵どもに陥とされる前に! 近衛軍を動員して……」
「たわけた事を申されるな! 大臣殿!」
興奮し、まくし立てるテリバムを一喝したのは、サーシェイルだった。
「今から軍を編成し、出陣しても、もう間に合わん! サンクトルは……諦めよ! ここは、守りを固め、このチュプリに籠るが上策だ!」
サーシェイルは壁に架けられていた大地図を叩く。
「幸い、サンクトルとチュプリの間には『果無の樹海』が天然の障壁となっておる。この『コドンテ街道』を通る以外、大規模進軍は不可能だ! しかも、サンクトルは我らが領内にはあれど、半独立を保つ自由貿易都市! やはりここはサンクトルを諦めた上で……」
「諦められぬわ! サンクトルの重要性を知らぬのか、この戦争屋めが! あの都市からの流通が途絶すれば、チュプリの、いや、バルサ王国全体の経済は死んだも同然じゃ! お主の好きな戦争も出来なくなるぞ!」
「フンッ! いつまでも、盗賊どもに好き勝手やらせておくつもりなど毛頭無い! いずれは、各方面と協調してあやつらを根絶やしにするに決まっておろう! しかし、偶然、たまたま、まぐれであっても、あのワイマーレ騎士団を、こ、この様にした者どもである! ここはチュプリを守る事を最優先にして……」
「貴様! たかが傭兵如きに対してそんな消極的でどうするんじゃ! そんな事だから貴様らの自称『最強』の騎士団がこんな醜態を晒すのじゃ!」
「大臣! 貴殿といえど、その言葉、許さぬぞ!」
憤怒の形相でテリバムの胸倉を掴むサーシェイル。
「グッ……おのれ戦争屋! 無礼であろう! この手を離さんか!」
サーシェイルの手を振りほどくテリバム。
サーシェイルは眼に燃え上がる怒りの炎を隠すことなく、目の前の小柄な老人の禿頭を睨みつける。
と、ふと、何かに気づき、口元を歪ませた。
「あ、成程。そういう事か……」
「……何じゃ?」
「いえ、先程から、日頃の大臣殿とは打って変わった性急な様子で、盛んに出兵を促されておるので、どうされたのか不思議だったのですが……いや、思い出しました」
「な、何をじゃ! はっきり申せ!」
戸惑う大臣。サーシェイルは、にんまりと微笑を浮かべて言った、嫌みたっぷりな敬語口調で。
「いや、以前『根も葉もない噂』として耳に入ってきた、『国務大臣殿がサンクトルに秘密金庫を建造し、財産を隠している』という話が本当だったのだな、と」
「!!」
「だから、大臣殿はこうも強硬に我らに出兵を促そうとしているのだな、と。サンクトルが陥ちてしまえば、大臣殿の大事隠し財産も『薄汚い傭兵』共の手に落ちますからな……。成程、合点がいきました……くくく」
「き! キサマァ! 何を申すか! そんなね、根も葉もない噂を! ワシを愚弄する気かぁぁぁ!」
「では、黙って頂けませぬか? この一件は国防の範疇。戦いの素人でしかない文官のお歴歴は、額を集めて、金集めのご相談に精をお出しくだされ」
「お、おのれぇ! もとはといえば、貴様らの自慢の騎士団が役立たずだったのが悪いのだ! ワイマーレがきちんと仕事を果たしておれば……王国最強が聞いて呆れるわい! そなたらの力もたかが知れとるのぉ」
「お、おのれ! 一度ならず、二度までも! ワイマーレ騎士団を……我々を愚弄する事、もはや赦せん! このクソジジイがぁ!」
青筋を立てた憤怒の形相で老人に殴りかかるサーシェイル。
それを合図に、謁見の間を舞台に、文官と武官による壮絶な殴り合いが始まった。
怒号が渦巻き、拳が振り回され、人が飛ぶ。
着衣をボロボロに破られた文官が倒れ伏す上に口から血を流した武官が折り重なるように倒れこんでいく。
慣れぬ手つきで殴りかかってくる文官の腕を掴み一本背負いで投げ飛ばす武官の頭を、手に持った極厚の書類の束でぶん殴る文官その二、その文官その二を――(以下略)。
――そんな騒ぎの中、忘れられた存在と成り果てたトロウスは、呆然と天井を仰ぐばかりだった。
と、
騒ぎの中心でお互いの襟首を掴み揉み合うサーシェイルとテリバムの身体が紅い光に包まれ、次の瞬間轟音と共に吹っ飛んだ。
「!?」
殴り合っていた文官・武官達の動きが止まる。騒然としていた場内が水を打ったように静まりかえる。
「ほっほっほっほっ」
沈黙の中、小さな戦場と化した『謁見の間』に、場違いな長閑極まる笑い声が響き渡った。
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