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第一章 サンクトルは燃えているか?

王と重臣達

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 王都チュプリの心臓部にして、バルサ王国中枢部である、バルサ王城――通称、“白亜の宮”。その謁見の間。
 豪奢な装飾の施された玉座を前に、右手にサーシェイル王国軍総司令官を筆頭に、武官達。左手にテリバム国務大臣をはじめとした文官達が整列し、玉座の主の登場を、しわぶきの音一つ立てずに待っていた。
 ――と、
 静寂を破る様に、ファンファーレが鳴り響き、伝奏の声が沈黙を破る。

「英明にして、仁慈溢れる希代の王、トロウス=ラル=バルサ二世陛下の、おなーりー!」

 伝奏の声と共にファンファーレが演奏され、一同はまるで潮が引くように動きで、一斉にひれ伏す。
 やがて、玉座の後方のビロードの幕が開き、一人の男が現れた。
 栗色の髪に綺羅びやかな王冠を載せたその男は、まだ若い。二十代前半といったところだろうか。
 その輝く瞳と引き締めた口元は、彼の持つ強い意思と、王としての威厳を表そうと必死だったが、その表情は硬く強張ってしまっている。
 彼は玉座にゆったりと腰掛け、ひとつ咳払いをしてから、厳かに告げた。

「苦しうない。一同、面を上げよ」
「ははーっ!」

 王の赦しを受け、一同が一斉に頭を上げる。
 臣下たちの見せる一糸乱れぬ動きを見て満足そうに頷くと、トロウス=ラル=バルサ二世は、文官の列の筆頭に控える、額の禿げ上がった老人に目を向ける。

「で、テリバムよ」
「はっ、陛下」
「今日は、サンクトルから火急の使者が来たとの事だが、どういった事か?」
「使者は、サンクトルのギルド長から陛下宛の親書を持参しております。ただ、どういった内容かは使者自身にも知らされてはいないようで……。恐らく、ワイマーレ騎士団が帰陣したとの知らせかと思われますが……」

 どこか、曖昧な口調で報告するテリバム国務大臣。

「……妙だな。ワイマーレが戻ってきたのなら、わざわざ親書を送ってくる事でもないだろうに。それ以前に、ワイマーレからは未だ何の連絡も無いのだろう?」
「……御意」

 気まずそうな顔で答えたのは武官筆頭のサーシェイル。

「3週間前に、ダリア山に到着したという早馬があって以来、何の連絡もありませぬ。傭兵共の掃討に手間取っているのやもしれませぬが……」
「にしても、3週間も音沙汰無しとはけしからんな。余がまだ若いと侮っておるのか、あやつは。戻ってきたらきつく叱ってやらねばな……」
「――申し訳ございませぬ。私からも強く指導を……」
「全く、けしからん話ですな! 我らが陛下を愚弄しておるのか、あの山猿は! 『王国最強の剣』だと煽てられて、増長しておるのではないか? のう、部下の躾も碌に出来ぬ総司令官殿?」

 トロウス王とサーシェイルの会話に割り込んできたのは、テリバム国務大臣だった。
 彼の言葉に、サーシェイルの眉根がピクリと上がる。

「……なんだと?」
「おや、何か言いたい事がありますかの?」
「はははは、冗談だ。本気にするな」

 険悪な空気の文武のトップの間に割って入ったのは、トロウス王だった。

「まあ、どういう話なのかは、親書を見れば分かるだろう? そう殺気走るな、二人とも」
「はっ! 申し訳ございませぬ!」
「取り乱してしまいまして……面目ございませぬ」

 ふかぶかと頭を下げる二人を見ながら、王は内心ため息を吐いた。

(まったく、いい年こいてガキみたいな言い争いしおって……昔から文官と武官は仲が悪いと思っていたが……。親父殿はどうやってこいつらを操縦していたんだろう?)

 

 バルサの父、バルサ一世は、一介の傭兵だった身分から立身出世を重ね、遂にはバルサ王国を建国してその王となり、たった20年で大陸内でも五大国に数えられるまでに育て上げた男、正に『偉大なる建国の父』だ。
 しかし、二年前、西の小国との小競り合いが発生し、鎮圧の為に出陣した際、名も無き兵の矢に不覚を取り、戦場で息を引き取った。
 急遽その後を継いだのが、彼の一人息子、トロウスである。
 国の大黒柱であった先王の突然の死、それに伴って発生した国内の混乱、そして、国外からの剛柔織り交ぜた度重なる干渉に、トロウスは必死で立ち向かい、重臣たちもよく彼を支え、団結した。
 そして彼らは、内乱で国を分裂させる事も、敵国に侵略を許す事もせず、今日まで国を維持させてきた。
 何故、バルサ王国は存続できたのか? という問いの答えとしては、王国最強の騎士団ワイマーレ騎士団の奮闘が挙げられるだろうし、テリバム国務大臣をはじめとした、文官達の内政・外交手腕が卓越したものだった、というのも一因だろう。
 しかし、彼ら家臣達の意見・具申をよく取り入れ、彼らの能力を存分に発揮させたバルサ二世じぶんの存在が無ければ、王国の存続は無かっただろう――と、トロウスは内心で自負している。

 ――しかし。
 海千山千のクレオーメ帝国の送り込む度重なる陰謀・調略を何とか退け、やっと、政局が安定しはじめ、トロウスも、重臣たちもやっと腰を落ち着けて周りを見回す余裕が出てきた三ヶ月前から――、皮肉にも、難局に対している時には一時沈静化していた、文官と武官のいがみ合いの火種が、また大きく燃え広がったのだった。

そして、その火種はまだ消えていない。
 頭を下げる家臣一同――だが、彼らがきれいに左右に分かれて、壮絶な火花を散らしまくっているのは、トロウスの目にも明らかだった。

「陛下、こちらが親書に御座います」
「あ、うむ」

 伝奏が恭しく差し出した盆の上に載せられた封書が眼に入り、トロウスは我に返った。
 伝奏から親書を受け取り、封を切る。
 文面に目を通すトロウス。
 と、彼の表情が一変した。目を見開き、顔はみるみる蒼ざめていく。

「なんだ、コレは……」

 思わず口に出た言葉に、臣下たちはざわめいた。

「陛下……如何なされました?」

 テリバムが恐る恐る尋ねるが、王の耳には届かない様で、彼は文面の一点を凝視したままだった。

「――陛下?」
「なんだ、コレはぁッ!?」
「へ、陛下?」

 突然叫び、立ち上がったトロウスの手から親書が零れ落ちる。
 親書はテリバムの足元に落ちた。それを拾い上げ、目を通す国務大臣の顔が、みるみる先程のトロウスと同じ色に染まった――。
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