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第一章 サンクトルは燃えているか?
色事師とラブレター?
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「おやおや、お勤めご苦労様です」
神殿のトイレの中で、陶器製の便器を熱心に磨くパームの背中にかけられた声。パームはその声に驚き、背を伸ばし、その弾みでずれたメガネを慌てて直す。
彼の視線の先には、皺だらけの顔に柔和な笑みを浮かべた、小柄な老人が立っていた。
「あ! こ、これは大教主様! お疲れ様です! ……というか、な、何でこんな所に?」
「ホッホッホッ。私も、出るものは出るのですよ」
「きったね! それが天下のラバッテリア教の大教主様が言うセリフかよ? 信者減るぞ!」
「じゃ、ジャスミンさん!」
マスクに手袋装備で床を磨く”フリ”をしていたジャスミンの“暴言”に肝を冷やすパーム。
「ホッホッホ。相変わらずですな、ジャスミン殿」
だが相変わらず、大教主はそのしわくちゃの顔に浮かべる、福々しい笑みを崩さない。
「いやいや、ちょっと気になりましてね」
「……何? 疑ってくれてちゃってんの? ちゃんとクソ真面目に雑用させていただいてますよ~。朝も早よから、回廊の床を掃いたり、礼拝堂の窓を拭いたり、便器を磨いたり――。なー、パームく~ん?」
軽口を叩きながら、それとなくパームにアイコンタクトを送る。
「……え、ええ、まあ……」
顔を引き攣らせながら、不承不承答えるパーム。
「ホッホッホ。その微妙な間が気になりますがのぉ。――まあ、ジャスミン殿は兎も角、どうですか、パーム、最近は?」
「ぼ、僕ですか?」
思いもかけず、自分に話を振られ、戸惑うパーム。
「ええ、神官になったばかりで色々と大変ではないかと、少々気になりましてな。――その上、駄々っ子のお守りもお願いしてしまって、申し訳無いですのぉ」
「……て、誰が『駄々っ子』? オイ、ジジイ!」
「――と、とんでもありません! こ、光栄です! そ、その、大教主様に気に掛けて頂けるなんて……。か、感動です!」
ジャスミンの抗議の声も全く耳に入らず、パームは涙を流さんばかりに感動しまくる。
その様子に、大教主はその細い目を更に細める。
「まあ、一つの修行だと思って、頑張って下さい。今の苦労は必ず将来に実を結びますよ。――あなたには期待しておりますので」
「――は、はい! ありがとうございます!」
パームは最早、滂沱の涙を抑えられない。
「では、私はこれで――、あ、そうそう、ジャスミン殿」
立ち去ろうと背中を向けた大教主だが、ふと足を止めた。
「――? 何?」
「そういえば、先程、門前にあなた宛の手紙が張り付けられていたとの事で、それをお渡しに伺ったのをうっかり忘れていました」
そう言って、一枚の紙を懐から取り出す。
「え、何? 俺宛? 参ったな~、誰だろう? チャムちゃん? フェイ? それとも……うーん、思い当たる節が多すぎて分からないや。でも、わざわざ神殿の門前に置手紙する程の、俺にお熱な娘――分かった! アイネリアちゃんだろ!」
「いえいえ、残念ながら違うようですよ。……ただ、貴方に大変ご執心な情熱家なのは間違いない様ですね」
「……ご執心な情熱家? うーん、誰だ……ろ――」
怪訝な顔で、ジャスミンは大教主から手紙を受け取り、封を切る。
そして、手紙を開き――その動きが硬直した。
「……確かに、情熱家だね……偏執的なまでに」
その顔は、軽口を叩いていた先程までとは打って変わって、蒼ざめ、玉の様な冷や汗をダラダラと流している。
その震える手から、はらりと手紙が落ち、ふわふわと漂いながら、パームの足元に。
「……?」
パームはその手紙を拾い上げ、文面に目を通し――、
「――!」
ゾッとした。
何の変哲も無い紙面には、真赤な文字ででかでかと、
『必ズ 殺ス』
とだけ書いてあった……。
「ホッホッホ、実に、内心を端的かつ象徴的に書き表した“名文”ですなあ……。恐らく、レイタスファミリーの皆様でしょう。流石に神殿内には手を出せない様ですが。逆に一歩でも門を出てしまうと、ジャスミン殿のお命は、瞬く間の内に太陽神アッザムから冥神ハデムの管理下に置かれる事になるのでしょうなぁ、ホッホッホ」
「……」
「まあ、そういう訳で」
大教主は皺まみれの顔面を更にしわくちゃにして、言葉を継いだ。
「あまり奔放になさらない方が宜しいかと思います。そう、例えば、前途ある女性神官をかどわかしたり……ですとかね」
「!」
「さもないと、私もあなたをここに居させる訳には行かなくなりますので……おっと、失敬。真面目になさっているのですよね。これは失言でした!」
ペロりと舌を出し、ぺちりと禿頭をはたく大教主。
「ホッホッホ。ではでは、私はこれからお城まで参内しなければなりませんので、失礼いたしますぞ。あ、ここが終わったら、その後は宝物庫の整理をお願いしますよ。ジャスミン殿、パーム」
「「…………はい」」
にんまりと笑い、トイレから立ち去る大教主。残された二人はただ、毒気を抜かれて立ち尽くすだけだった。
「――さて……、マジメに労働に励もうか、パーム君や……」
「……はい」
神殿のトイレの中で、陶器製の便器を熱心に磨くパームの背中にかけられた声。パームはその声に驚き、背を伸ばし、その弾みでずれたメガネを慌てて直す。
彼の視線の先には、皺だらけの顔に柔和な笑みを浮かべた、小柄な老人が立っていた。
「あ! こ、これは大教主様! お疲れ様です! ……というか、な、何でこんな所に?」
「ホッホッホッ。私も、出るものは出るのですよ」
「きったね! それが天下のラバッテリア教の大教主様が言うセリフかよ? 信者減るぞ!」
「じゃ、ジャスミンさん!」
マスクに手袋装備で床を磨く”フリ”をしていたジャスミンの“暴言”に肝を冷やすパーム。
「ホッホッホ。相変わらずですな、ジャスミン殿」
だが相変わらず、大教主はそのしわくちゃの顔に浮かべる、福々しい笑みを崩さない。
「いやいや、ちょっと気になりましてね」
「……何? 疑ってくれてちゃってんの? ちゃんとクソ真面目に雑用させていただいてますよ~。朝も早よから、回廊の床を掃いたり、礼拝堂の窓を拭いたり、便器を磨いたり――。なー、パームく~ん?」
軽口を叩きながら、それとなくパームにアイコンタクトを送る。
「……え、ええ、まあ……」
顔を引き攣らせながら、不承不承答えるパーム。
「ホッホッホ。その微妙な間が気になりますがのぉ。――まあ、ジャスミン殿は兎も角、どうですか、パーム、最近は?」
「ぼ、僕ですか?」
思いもかけず、自分に話を振られ、戸惑うパーム。
「ええ、神官になったばかりで色々と大変ではないかと、少々気になりましてな。――その上、駄々っ子のお守りもお願いしてしまって、申し訳無いですのぉ」
「……て、誰が『駄々っ子』? オイ、ジジイ!」
「――と、とんでもありません! こ、光栄です! そ、その、大教主様に気に掛けて頂けるなんて……。か、感動です!」
ジャスミンの抗議の声も全く耳に入らず、パームは涙を流さんばかりに感動しまくる。
その様子に、大教主はその細い目を更に細める。
「まあ、一つの修行だと思って、頑張って下さい。今の苦労は必ず将来に実を結びますよ。――あなたには期待しておりますので」
「――は、はい! ありがとうございます!」
パームは最早、滂沱の涙を抑えられない。
「では、私はこれで――、あ、そうそう、ジャスミン殿」
立ち去ろうと背中を向けた大教主だが、ふと足を止めた。
「――? 何?」
「そういえば、先程、門前にあなた宛の手紙が張り付けられていたとの事で、それをお渡しに伺ったのをうっかり忘れていました」
そう言って、一枚の紙を懐から取り出す。
「え、何? 俺宛? 参ったな~、誰だろう? チャムちゃん? フェイ? それとも……うーん、思い当たる節が多すぎて分からないや。でも、わざわざ神殿の門前に置手紙する程の、俺にお熱な娘――分かった! アイネリアちゃんだろ!」
「いえいえ、残念ながら違うようですよ。……ただ、貴方に大変ご執心な情熱家なのは間違いない様ですね」
「……ご執心な情熱家? うーん、誰だ……ろ――」
怪訝な顔で、ジャスミンは大教主から手紙を受け取り、封を切る。
そして、手紙を開き――その動きが硬直した。
「……確かに、情熱家だね……偏執的なまでに」
その顔は、軽口を叩いていた先程までとは打って変わって、蒼ざめ、玉の様な冷や汗をダラダラと流している。
その震える手から、はらりと手紙が落ち、ふわふわと漂いながら、パームの足元に。
「……?」
パームはその手紙を拾い上げ、文面に目を通し――、
「――!」
ゾッとした。
何の変哲も無い紙面には、真赤な文字ででかでかと、
『必ズ 殺ス』
とだけ書いてあった……。
「ホッホッホ、実に、内心を端的かつ象徴的に書き表した“名文”ですなあ……。恐らく、レイタスファミリーの皆様でしょう。流石に神殿内には手を出せない様ですが。逆に一歩でも門を出てしまうと、ジャスミン殿のお命は、瞬く間の内に太陽神アッザムから冥神ハデムの管理下に置かれる事になるのでしょうなぁ、ホッホッホ」
「……」
「まあ、そういう訳で」
大教主は皺まみれの顔面を更にしわくちゃにして、言葉を継いだ。
「あまり奔放になさらない方が宜しいかと思います。そう、例えば、前途ある女性神官をかどわかしたり……ですとかね」
「!」
「さもないと、私もあなたをここに居させる訳には行かなくなりますので……おっと、失敬。真面目になさっているのですよね。これは失言でした!」
ペロりと舌を出し、ぺちりと禿頭をはたく大教主。
「ホッホッホ。ではでは、私はこれからお城まで参内しなければなりませんので、失礼いたしますぞ。あ、ここが終わったら、その後は宝物庫の整理をお願いしますよ。ジャスミン殿、パーム」
「「…………はい」」
にんまりと笑い、トイレから立ち去る大教主。残された二人はただ、毒気を抜かれて立ち尽くすだけだった。
「――さて……、マジメに労働に励もうか、パーム君や……」
「……はい」
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