田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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田中天狼のシリアスな日常・エピローグ

田中天狼のシリアスな日常

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 ――結果、原先生の罪は不問に付された。
 後の懸念は、カメラを無断借用・・・・された、写真部の十亀が騒がないか、という事だったが、

「あー、それは多分大丈夫」

 矢的先輩が涼しい顔で断言し、こっそりとカメラに記録された画像を見せてくれた。
 原先生が撮影した相撲部の画像をドンドン飛ばしていくと……、

「こ……これは!」

 俺の目は、クワッと音を立てて大きく見開かれた。
 小さい液晶画面には、女子テニス部員の――スコートの下を超望遠ズームで鮮明に撮影した画像がデカデカと映し出されたのだ!

「これだけじゃないぜ♪」

 矢的先輩がニヤニヤ笑いながら、次々と写真をスクロールさせる。
 女子テニス部員の太ももや胸のドアップ映像、バレー部員の尻、新体操部の――(以下自主規制)
 ――とにかく、様々なシチュエーションの、霰もない隠し撮り画像が大量にメモリーカードに保存されていた。

「……これって……」
「写真部部長サマご自慢の芸術作品・・・・ってトコだね」

 矢的先輩はクククと笑う。

「あ……だから、十亀先輩は『盗まれた』って届け出られなかったんですね」
「そういう事」

 盗難届なりを出して、もしカメラが見つかったら、この隠し撮りデータが白日の下に晒される恐れがある。そうなったら、十亀が逆にお縄になってしまう可能性すらあり得る。
 そりゃ、『盗まれた』なんて、口が裂けても言えない訳だ……。

「……何を見ているの? 矢的くん、田中くん?」
「!」

 撫子先輩から突然話しかけられ、ビクッと身体を震わせる矢的先輩と俺。

「あ……いえ! 何でもないっす!」
「いやいや、やっぱり30万円のカメラは画質が違うよねえ、なーシリウス!」

 慌てて泡を飛ばしながら、必死で誤魔化す俺たちに、撫子先輩は解せぬ表情を浮かべ首を傾げながらも、それ以上の追及はしなかった。
 ……危なかった。もし撫子先輩にこのデータの事がバレていたら、近いうちに貴重な人命が一つ、星になるところだ。――感謝しろよ、十亀敦雄。

 ――案の定、後日「偶然発見した」と、十亀にカメラを渡しに行った時、「盗ったのは誰だ!」としつこく訊かれたが、この写真データの件を臭わせ、「まだ・・撫子先輩は知りませんが――」と、彼女の存在を軽く仄めかしただけで、十亀は文字通り『亀のように』押し黙った。
 彼から、今回の件が蒸し返される心配は無いだろう――。

 あ、ちなみに、その写真データは速やかに全消去デリートした。……いや、惜しくないよ! ……本当は、ちょっと惜しかったけど。
 え、バックアップ? そんなオッソロしい事する筈も無い。
 万々が一でも、そんな事をして、そのデータを撫子先輩にでも見つけられた日には、矢的先輩の実家は、大事な跡取りを亡くし、――俺は名前の如く、天に輝く天狼星シリウス昇天クラスチェンジしてしまうに違いない(確信)……。
 一時の欲望に負けて、大事なものいのちを失う愚は犯してはならぬ(戒め)。



 それから一週間後、
 俺の生活は、平常を取り戻した。
 ……いや、正確には、異常が平常に置き換わったというべき、か。
 終業のチャイムが鳴り、俺はカバンに教科書やノートを放り込み、教室を出る。

「あ! 田中さん、スミマセン!」

 背後から声をかけられ、俺は振り向く。
 三つ編みを揺らして、黒木さんが近づき、1枚のプリントを差し出した。

「あの、これから部活ですよね! これ、明後日の部長会議の資料になりますんで、矢的部長さんに渡しておいて下さい!」
「あ、はい……分かりました」
「あの――部活、頑張って下さい!」

 そう言って、プリントを俺に手渡すと、黒木さんはニパッと笑みを浮かべて、来た時と同じように、小走りで教室へと戻っていった。
 ……部活頑張れって言われてもなぁ。
 そもそも、何を頑張るんだ、あの部活奇名部……。

「あー、田中! 丁度良かった!」

 ……今度は何だ? ウンザリしながら振り返ると、武杉副会長と行方会長が立っていた。
 武杉副会長は、何だかプリプリ怒っている。

「おい、田中! 何だ、この費用計上は!」
「いや、俺に言われても知りませんよ。どーせ、矢的先輩が勝手にやったんでしょ? あの人に訊いて下さいよ」
「――ほらな。武杉。田中君が、こんな適当な申請書を上げるはずが無いって言っただろ? やはり、矢的に直接訊かないと埒が明かないよ」
「あー、そうして下さい。会長、副会長、失礼します」
「ちょ、待てよ! 矢的が、経理担当は田中おまえだって言ってた……それすらウソか、あの男!」
「……いや、明らかにそうだろう。――何で君は、いつもいつも、そんなにあっさり矢的に騙されるんだい……?」

 後ろで何やら漫才が始まっていたが、もう無視してその場を立ち去る。

「シーリーウースーくーん! 一緒に行こう~」

 また背後から声が。この声の主は、振り向かなくても分かる。

春夏秋冬ひととせ、今日も元気だねぇ……」
「ねえねえ、シリウスくん、これ見てー!」

 春夏秋冬ひととせは、顔を紅潮させ、そう言うと俺にスマホの画面を見せてきた。

「え……何だよそれ……は……ハアアアアアアッ?」

 スマホに表示された文字を目で追い、記事の内容を理解した俺は驚愕した。一昔前のアニメだったら、目が飛び出る描写が入るだろう。

「凄いでしょ! 『炎愛の極星』、来月号から連載再開だって!」

 大きな瞳をキラキラ輝かせて、鼻息荒く叫ぶ春夏秋冬ひととせ
 俺は、信じられない思いで、思わず頬をつねる。

「おいおい、これは悪い夢かよ? 何で連載再開……? つうか、20週打ち切りだったんじゃないのか、あのマンガ……」
「だから言ったでしょ、『一時休載』だって!」

 そう言いながら、興奮してピョンピョン跳びはねる春夏秋冬ひととせ
 と、突然、春夏秋冬ひととせは、跳びはねながら俺の手を握った。

「え……え……え?」
「ほら、シリウスくんも一緒に喜んで! ジャンプジャーンプ!」
「え……あ、はい……ジャンプジャーンプ……って、超恥ずかしいんですけど!」
「あたしはちょー嬉しーっ!」

 全身で喜びを爆発させる春夏秋冬ひととせを横目で見ながら、俺も顔を真っ赤にしながら、微笑んだ――。



 昇降口を出て、部室棟へ向かい、階段を昇った2階の突き当たり――213号室の扉を開ける。

「お、アクア、シリウス、来たな!」
「こんにちは、田中くん、アクアちゃん」

 先に部室に居た、矢的先輩と撫子先輩が俺たちを迎える。

「ねーねー、なでしこセンパーイ! ビッグニュースだよ~!」
「え? 一体何かしら?」
「ほら、コレ見てー!」

 と、盛り上がる女子ふたりを横目に、俺は黒木さんから渡されたプリントを、矢的先輩に手渡す。

「はい、矢的部長・・。部長会議の資料との事です。明後日の会議に忘れないで持っていって下さいね」
「……めんどくせーなー。お前、代わりに出てくれない?」
「ヤです」
「そんなつれない事言うなよー! 20円あげるから」
「小学生のお遣いかい!」
「ほら、オレのメガネかけて、髪の毛いじれば、オレに見えない事も無い――」
「無くねえよ! バレバレだわ!」
「そんな事無いって~…………」
「だから、…………」

 ……………………

 そうやって、俺の日常は過ぎていく。
 喧しくて、鬱陶しくて、大変で――
 でも、この上なく楽しい

 田中天狼シリウスのシリアスな日常が――。
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