田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編

原辰恵のシリアスな自白

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 「……出来心だったのよ」

 床の上にへたり込んだ原は、ぽつぽつと話し始めた。

「……一ヶ月くらい前に、たまたま部活棟の前を通りがかった時に、丁度砂場で相撲部が練習――ぶつかり稽古というのかしら――をしているのを見て、心を強く惹きつけられてしまったの……」

 原は、うっとりとした目で窓の外の方を見る。

「――裸の男の人たちが、身体から湯気を上げながら、物凄い勢いでぶつかって、組み合って……美しいと思ったのよ……」

 ……正直、相撲取り同士が組み合っていても美しいと思った事は無いのだが……。
 と、傍らを見ると、撫子先輩や行方会長は、共感するかのように小さく頷いている。
 ……あれ? 俺の感覚の方がおかしいのか……?
 原先生の独白は続く。

「アタシは、男性に縁が無くて、結局この年齢としまで独身……。正直、彼らを見た時に、そういう気持ち・・・・・・・が全く湧かなかったと言えば嘘になるわ……。でも、それ以上に、『美しい』と感じたのよ――。本当に」
「――分かりますわ。原先生」

 微笑みながら、原の言葉を肯定したのは撫子先輩だ。

「サッカーでも、柔道でも、空手でも、野球でも……。一つのスポーツに打ち込む人の姿は、必ず美しいものなのです。そう感じた貴女の感情は、正しいのですよ」

 原は、ハッとして、顔を上げる。その目は潤んでいた。

「……原先生。続きをお願いします」

 武杉副会長の言葉に小さく頷いて、原は話を続ける。

「アタシは、気付いたら30分くらい、相撲部の練習を眺めていたわ。もちろん、校舎の陰に隠れてね。中年女の先生がジーッと相撲部を見てたなんて、生徒達に見られてしまったら、どんな物笑いのタネになるか分からなかったから……」

 原は、そう言うと自虐的に嗤った。

「……で、テニスコートの方に歩いていったら、雑木林の木の根元に、何か黒いものが置いてあるのが見えたから、近づいて……それがカメラなんだと分かった」
「――そこで、先生はこう考えた。『この大きなレンズが付いたカメラを使って、相撲部を撮影すれば、迫力のある写真をゲットする事が出来るのではないか――』とね」

 矢的先輩の言葉に、原は小さく頷いた。

「――気が付いたら、カメラを手にとって、この部室にいたわ」
「――待って下さい。……213号室の鍵はどうやって開けたんですか? マスターキーは、職員室で保管してあるはずですが」

 武杉副会長が口を挟んだ。原は、ポケットをまさぐると、一つの小さな鍵を取り出した。

「……アタシがスペアキーを持っていたからよ」
「――? スペアキーを原先生が? 何故、あなたがそれを持っているんです? スペアキーは、随分前に紛失されていたはず――?」
「あ――――っ! 分かりました! そういう事ですかっ!」

 困惑する武杉副会長の言葉を遮って、大声を上げたのは黒木さんだった。彼女は、メガネの奥の目を大きく見開いた。

「40年前に廃部になった歴史研究部……その最後の部長の名前が、『原辰之』でした! もしかして……」
「そう……原辰之は、アタシの叔父よ。叔父は、廃部する時に、スペアキーを返却し忘れたまま卒業してしまって、偶然この高校に赴任したアタシに『学校へ返しておいてくれ』と言って、この鍵を渡したの。でも、今更だな……と返しそびれている内に時間が経ってしまって……」
「……で、今回の件で、偶然活用される事になった――って訳ですか」

 俺の言葉に、頷く原先生。

「窓から外を覗いたら、相撲部が真下で稽古していて、絶好の撮影ポイントだと分かった私は、夢中でそのカメラで写真を撮りまくったわ。最初は、撮り方がよく分からなくて手こずったけど……」
「あ、それで間違えて撮っちゃったのが、さっきの動画なんだねー」

 春夏秋冬ひととせが、納得したようにうんうんと頷く。

「――やがて、日が暮れて、相撲部の練習が終わってから、アタシはこのカメラをどうしようかと考えて、天井の点検口に隠す事を思いついたわ」
「……何で隠したかなぁ……。早めに写真部に返しておけば、こんな事にはならなかったのに……」
「大方、その日以降にも隠し撮りをして、コレクションを増やしたかったってトコかね……」
「……その通りよ。それからのアタシは、何回かココで相撲部の撮影をして、夜になったらこっそりと写真を見返す、というのが習慣になったわ」
213号室この部屋なら、怪談の事もあって、他人が訪れる可能性はゼロだしね……。盗撮するにも、独り鑑賞会するにも好都合だった……という訳か」

 行方会長はそう呟くと、ハッとして手を叩いた。

「――ああ、なるほど。あの日、私がこの部屋であのネコと遭遇した日……貴女も居たんですね。この部屋に」
「――その通りよ。行方さん」

 会長の言葉に頷く原。

「あの日、アタシがいつものように写真を眺めていたら、とうとうバッテリーが切れてしまったの。アタシ、壊れてしまったかと思って、色々いじっていたから、あなたが来た事に気付かなくて……ドアの鍵が回る音がしたから、慌てて机の下に隠れてやり過ごそうとしたのだけれど」

 原は、小さくため息を吐いて続けた。

「――ドアが開いて、人影が入ってきたと同時に、その足元から小さなものが部屋の中に飛び込んできて……。と思ったら、『ギャアアッ!』って凄い声がして、机が横倒しになったり、椅子が飛んだり……生きた心地がしなかったわ……」
「…………それって、彩女さんですよね」
「部室の状態を見て、想像はしてましたけど、やっぱり物凄い暴れっぷりだったんですね……」
「でも、『ギャアアッ!』って、悲鳴を上げる会長さん……可愛いかも!」

 納得したり、呆れたり、目を輝かせたりと、様々な反応をする俺たちを前に、

「…………すまない。――でも、ネコは、ネコだけはダメなんだ……」

 頬を赤らめて恥ずかしがる行方会長。
 『恥ずかしがる、『今土方』こと行方彩女』――。
 そんなスペシャルレアイベン・・・・・・・・・・を目の当たりにする事が出来た俺たちは、間違いなく幸運だった。
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