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第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編
黒木瑠奈のシリアスな和解
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――翌日。
俺は、始鈴が鳴るギリギリまで、部室でおむすびと遊んで時間を潰してから、教室に向かった。
昨日の件もある。どうせ教室に居ても、針の筵状態だろうという判断の元での行動だった。
1-Bのドアの前で、一度深呼吸をして、心を落ち着けてから、静かにドアを開ける。
教室に入った俺を迎えるのは、全方位から刺さる、敵意を多分に含んだ鋭い視線。
俺は、極力それに気付いていないかのように、平然を装いながら、自分の席に向かう。
――俺の席は、いつも通りだった。
机の上に菊を生けた花瓶が置いてある事も無く、盤面に『市ね』とか『変態』とか『来るなバーカ』とかの落書きがビッシリと、寄せ書き状態で書き込まれている――という事も無く、机と椅子自体が消失している事も無かった。
そんな、ドラマやマンガで良く見るベタな展開を、半分は覚悟していた俺は、内心でほっと胸を撫で下ろす。
ふと、視線を斜め右前に向けると、今日は登校していた黒木さんが、不安そうな顔をして、俺の方を見ていた。が、俺と視線が合うとハッとして、慌てた様子で頭を少しだけ下げると、前を向いてしまった。
(……あちゃー……。避けられてんなぁ、俺……)
……正直、有象無象のクラスメートその他大勢に、白い目で見られたり、敵意を向けられるのは、煩わしいだけで、それ程ショックでも無い。それよりも、ある程度見知った仲である黒木さんに、そんな態度を取られてしまった事の方に、俺はショックを受けた。
(まあ、でも、しょうがないのかな……。そもそも怒らせたのは俺の方だし)
――どんな理由で怒らせたのかは、未だによく分からないんだけど……。
「よっ。ツレション行こうぜ」
2時限目終了して、さすがに教室内の空気にいたたまれなくなり、トイレに向かう途中で、俺はそう声をかけられた。
「――西藤?」
「な~んか、災難だな、田中よ」
そう言って、気安く肩を叩く西藤に、俺は言った。
「……いいのか? 俺なんかと話をしているところを他のヤツに見られたら、お前もハブられるぞ」
西藤は、俺なんかと違って、全方位に明るく接し、クラスの皆からも人気を集める、いわゆる陽キャだった。席が近いだけで、陰キャの俺と絡む接点は無いはずなんだけど。
「つーかさ、お前、本当に黒木ちゃんに何かシたのか?」
「……『シた』って、シがカタカナなのが、凄いヤな感じなんですけど……」
俺は、ハァ~と大きなため息を吐いてから、言葉を継ぐ。
「何もしてねえよ。ちょっと、『ある事』を相談しただけだよ」
「――は? 相談?」
俺の言葉を聞いた西藤が、目を丸くした。
「――ちょ、ちょッと待て。お前、あの時、黒木ちゃんに告るつもりで呼び出したんじゃないのか?」
「――は? こ、告る? 俺が? 何でそうなる?」
西藤の言葉を聞いた俺も、同じように目を丸くする。
「だって、そうだろ? 男が女を、人気の無い階段の踊り場にわざわざ呼び出したんだぜ? そりゃ、告白するんだって思うじゃんかよ……」
「い――? え? そ、そうなる――のか?」
俺は、丸くした目を白黒させるだけだった。判断が追いつかない……!
「あー、ハイハイ。そういう事ですか~。――繋がったわ。少なくともオレの中では。……そりゃ、黒木ちゃん怒るわ……。頬の一つも張られるのも、当たり前だろうよ……」
「な、何が繋がったんだよ? つか、教えてくれ! 『そういう事』って、どういう事だよ!」
縋る思いで、西藤に詰め寄る俺。
「――いや、そこは自分で気付かなきゃいけないトコよ? 教えてやっちゃったら、お前の為にならないと思うなぁ~」
……一昨日の撫子先輩と同じような事を言う……。
「いや、もうそういうのいいから! とにかく教えてくれ! 何で、俺は黒木さんにビンタされたんだよ……?」
「――つか、ここまでハッキリしてるのに、まだ分からないのかよ、お前……?」
西藤は、心底呆れたという顔で、俺をジト目で見た。
「……もういいや。取り敢えず、オレはクラスのみんなに、今の内容を伝えてくるよ。そうすりゃ、お前に対する誤解も解けるだろ。じゃな!」
「あ……ちょ、待てよ~!」
呼び止めるのも聞かず、西藤はクラスの方へと小走りで戻っていった。
「……何なんだよ、全く……」
ひとり残された俺は、大きくため息を吐いた。もういいや。トイレに行って、顔でも洗ってこよう……。
と、
「あ! あの、田中さん!」
トイレに向かおうと、踵を返した俺の背中に、声が掛けられた。
振り向くとそこには、 息を切らした黒木さんが居た。
「あ――、黒木さ――」
「ご、ごめんなさい、田中さんっ!」
俺の言葉を遮って、黒木さんが凄い勢いで頭を下げてきた。
「え? えと……」
「何か、あの時、私が田中さんをぶってしまったせいで、変な誤解がみんなに広まってしまった様で……ご迷惑をお掛けして、本当にゴメンなさい!」
そう言って、もう一度深く深く頭を下げる黒木さん。
「あ……あの。だ、大丈夫。全然大丈夫だから……気にしないで」
俺は、逆にオロオロしながら、黒木さんをなだめる。
「つーか、俺こそごめんなさい……。黒木さんを怒らせて……元々は俺が悪いんだからさ。気にしないでいいよ……」
相変わらず、何でビンタされたのかは分からないが、撫子先輩や武杉副会長や西藤のリアクションを考えれば、俺に非があるのは確か。ここは素直に謝るべきだろう……。
「……怒ってないんですか? 私のせいで、昨日は大変だったんでしょう?」
黒木さんが、恐る恐るといった感じで、顔を上げる。メガネの奥の瞳が、心なしか潤んでいる様にも見える……。
「怒る訳無いよ。黒木さんは全然悪くないんだから。……あの、できれば、泣かないでくれると助かる。また、泣かせたって俺が吊るし上げられちゃうから……」
「あ……ご、ごめんなさい……」
黒木さんは、慌ててメガネを外して、目尻を拭う。
そして、ニコリと微笑った。
「田中さんて、優しいですよね」
「え――? 俺が? 優しい……か?」
意外な事を言われて、俺は目を真ん丸にした。つか、俺は全然優しくない。どっちかというと、ドライな性格を自認しているのだけれど……。
「優しいですよ。この前の夜の時だって……」
キーン コーン カーン コーン……
「あ、やべっ! 授業始まるっ!」
「田中さん、急ぎましょう!」
黒木さんの言葉を遮って鳴り始めたチャイムに、俺たちは慌てて教室へと戻る。
走りながら、黒木さんをチラ見して、その横顔に微笑が浮かんでいるのを見て、俺は安堵した。
どうやら、黒木さんに根本的に嫌われた訳ではなさそうだ。
――良かった……。
俺は、始鈴が鳴るギリギリまで、部室でおむすびと遊んで時間を潰してから、教室に向かった。
昨日の件もある。どうせ教室に居ても、針の筵状態だろうという判断の元での行動だった。
1-Bのドアの前で、一度深呼吸をして、心を落ち着けてから、静かにドアを開ける。
教室に入った俺を迎えるのは、全方位から刺さる、敵意を多分に含んだ鋭い視線。
俺は、極力それに気付いていないかのように、平然を装いながら、自分の席に向かう。
――俺の席は、いつも通りだった。
机の上に菊を生けた花瓶が置いてある事も無く、盤面に『市ね』とか『変態』とか『来るなバーカ』とかの落書きがビッシリと、寄せ書き状態で書き込まれている――という事も無く、机と椅子自体が消失している事も無かった。
そんな、ドラマやマンガで良く見るベタな展開を、半分は覚悟していた俺は、内心でほっと胸を撫で下ろす。
ふと、視線を斜め右前に向けると、今日は登校していた黒木さんが、不安そうな顔をして、俺の方を見ていた。が、俺と視線が合うとハッとして、慌てた様子で頭を少しだけ下げると、前を向いてしまった。
(……あちゃー……。避けられてんなぁ、俺……)
……正直、有象無象のクラスメートその他大勢に、白い目で見られたり、敵意を向けられるのは、煩わしいだけで、それ程ショックでも無い。それよりも、ある程度見知った仲である黒木さんに、そんな態度を取られてしまった事の方に、俺はショックを受けた。
(まあ、でも、しょうがないのかな……。そもそも怒らせたのは俺の方だし)
――どんな理由で怒らせたのかは、未だによく分からないんだけど……。
「よっ。ツレション行こうぜ」
2時限目終了して、さすがに教室内の空気にいたたまれなくなり、トイレに向かう途中で、俺はそう声をかけられた。
「――西藤?」
「な~んか、災難だな、田中よ」
そう言って、気安く肩を叩く西藤に、俺は言った。
「……いいのか? 俺なんかと話をしているところを他のヤツに見られたら、お前もハブられるぞ」
西藤は、俺なんかと違って、全方位に明るく接し、クラスの皆からも人気を集める、いわゆる陽キャだった。席が近いだけで、陰キャの俺と絡む接点は無いはずなんだけど。
「つーかさ、お前、本当に黒木ちゃんに何かシたのか?」
「……『シた』って、シがカタカナなのが、凄いヤな感じなんですけど……」
俺は、ハァ~と大きなため息を吐いてから、言葉を継ぐ。
「何もしてねえよ。ちょっと、『ある事』を相談しただけだよ」
「――は? 相談?」
俺の言葉を聞いた西藤が、目を丸くした。
「――ちょ、ちょッと待て。お前、あの時、黒木ちゃんに告るつもりで呼び出したんじゃないのか?」
「――は? こ、告る? 俺が? 何でそうなる?」
西藤の言葉を聞いた俺も、同じように目を丸くする。
「だって、そうだろ? 男が女を、人気の無い階段の踊り場にわざわざ呼び出したんだぜ? そりゃ、告白するんだって思うじゃんかよ……」
「い――? え? そ、そうなる――のか?」
俺は、丸くした目を白黒させるだけだった。判断が追いつかない……!
「あー、ハイハイ。そういう事ですか~。――繋がったわ。少なくともオレの中では。……そりゃ、黒木ちゃん怒るわ……。頬の一つも張られるのも、当たり前だろうよ……」
「な、何が繋がったんだよ? つか、教えてくれ! 『そういう事』って、どういう事だよ!」
縋る思いで、西藤に詰め寄る俺。
「――いや、そこは自分で気付かなきゃいけないトコよ? 教えてやっちゃったら、お前の為にならないと思うなぁ~」
……一昨日の撫子先輩と同じような事を言う……。
「いや、もうそういうのいいから! とにかく教えてくれ! 何で、俺は黒木さんにビンタされたんだよ……?」
「――つか、ここまでハッキリしてるのに、まだ分からないのかよ、お前……?」
西藤は、心底呆れたという顔で、俺をジト目で見た。
「……もういいや。取り敢えず、オレはクラスのみんなに、今の内容を伝えてくるよ。そうすりゃ、お前に対する誤解も解けるだろ。じゃな!」
「あ……ちょ、待てよ~!」
呼び止めるのも聞かず、西藤はクラスの方へと小走りで戻っていった。
「……何なんだよ、全く……」
ひとり残された俺は、大きくため息を吐いた。もういいや。トイレに行って、顔でも洗ってこよう……。
と、
「あ! あの、田中さん!」
トイレに向かおうと、踵を返した俺の背中に、声が掛けられた。
振り向くとそこには、 息を切らした黒木さんが居た。
「あ――、黒木さ――」
「ご、ごめんなさい、田中さんっ!」
俺の言葉を遮って、黒木さんが凄い勢いで頭を下げてきた。
「え? えと……」
「何か、あの時、私が田中さんをぶってしまったせいで、変な誤解がみんなに広まってしまった様で……ご迷惑をお掛けして、本当にゴメンなさい!」
そう言って、もう一度深く深く頭を下げる黒木さん。
「あ……あの。だ、大丈夫。全然大丈夫だから……気にしないで」
俺は、逆にオロオロしながら、黒木さんをなだめる。
「つーか、俺こそごめんなさい……。黒木さんを怒らせて……元々は俺が悪いんだからさ。気にしないでいいよ……」
相変わらず、何でビンタされたのかは分からないが、撫子先輩や武杉副会長や西藤のリアクションを考えれば、俺に非があるのは確か。ここは素直に謝るべきだろう……。
「……怒ってないんですか? 私のせいで、昨日は大変だったんでしょう?」
黒木さんが、恐る恐るといった感じで、顔を上げる。メガネの奥の瞳が、心なしか潤んでいる様にも見える……。
「怒る訳無いよ。黒木さんは全然悪くないんだから。……あの、できれば、泣かないでくれると助かる。また、泣かせたって俺が吊るし上げられちゃうから……」
「あ……ご、ごめんなさい……」
黒木さんは、慌ててメガネを外して、目尻を拭う。
そして、ニコリと微笑った。
「田中さんて、優しいですよね」
「え――? 俺が? 優しい……か?」
意外な事を言われて、俺は目を真ん丸にした。つか、俺は全然優しくない。どっちかというと、ドライな性格を自認しているのだけれど……。
「優しいですよ。この前の夜の時だって……」
キーン コーン カーン コーン……
「あ、やべっ! 授業始まるっ!」
「田中さん、急ぎましょう!」
黒木さんの言葉を遮って鳴り始めたチャイムに、俺たちは慌てて教室へと戻る。
走りながら、黒木さんをチラ見して、その横顔に微笑が浮かんでいるのを見て、俺は安堵した。
どうやら、黒木さんに根本的に嫌われた訳ではなさそうだ。
――良かった……。
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