田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

文字の大きさ
上 下
63 / 73
第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編

矢的杏途龍のシリアスな依頼

しおりを挟む
 写真部の部室は、部室棟の2階、204号室だった。
 俺たち奇名部の部室と同じドアの表面には、朝日が富士山の山頂から頭を出して、放射状に光っている写真が、ポスターサイズに引き伸ばされて貼り付けられていた。

「これって、ダイヤモンド富士ってヤツじゃね?」
「ああ……テレビで良く取り上げられてるアレですね……」

 写真の右下には小さなプレートが貼り付けられており、それには『2月11日 平野湖畔にて撮影 撮影者・十亀敦雄 使用機種・AOS-M10』と記されている。
 まるで、実際に湖畔に立って、富士山を目の前にしているかのような、クリアな風景写真に、俺はドアの前で圧倒されていた。

「すごくいい写真ですね……。十亀先輩の写真の腕って、自慢ばかりじゃ無かったって事ですかね……」
「いや~、そんな事は無えよ。殆どは、撮影したカメラの性能の賜物だろ」

 矢的先輩は、皮肉げに嘲笑って、プレートの『使用機種・AOS-M10』の文字を指さす。

「そのAOS-M10……って、確か……」
「そ。写真部が、去年の文化部対抗リレーで優勝した時に、賞品として獲得したカメラだよ」
「ああ――」

 確かに、以前『去年優勝した写真部は、新しいカメラ一式を導入したらしいわ……確か、クワンオンのAOS―M10とかいう……』――そう撫子先輩が言っていた。
 そう言われれば、確かに超高性能一眼デジカメの画素やズーム性能があれば、これくらいの写真は誰でも撮れそう……というか、十亀のあの性根で、こんなキレイな写真を撮れるはずも無いから、多分矢的先輩の言う通りなんだろう。

「じゃ、行くかね」

 そう言うと、矢的先輩は、ドアを強めにノックした。

「ちわーっ! 十亀センパーイ、あーそーぼっ!」

 そう言いながら、中の応答も聞かずに、勝手に扉を開けて、部屋の中に入る。

「! 何だよ、勝手に入ってくるんじゃないっ!」

 部屋の中には、ローテーブルとソファが置いてあり、ソファから立ち上がった男子生徒が、慌てて矢的先輩を押しとどめようとする。

「おう、中崎。お前んとこの部長はいるか?」
「……何だよ、ヤマトかよ」

 矢的先輩が、近づいてきた男子生徒に、気さくに声をかける。知り合いのようだ。

「……何の用だ? いきなりぶしつけに」
「まあ……ちょっとした野暮用だよ。――十亀先輩は?」
「……居るよ。……ちょっと待っててくれ」

 部屋の奥から声がした。部屋の奥の隅っこでこちらに背中を向けて、PCのマウスを細かく動かす十亀先輩の姿があった。

「――待ってろよ。もう少しでトリミング終わるから……」
「あー、作業しながらでいいですよ。すぐ済みますから」

 矢的先輩が、にこやかに微笑んで言う。

「ちょっとお借りしたいものがありまして、お願いにあがった次第です」
「お願い……オマエが?」

 背中を向けたままの十亀先輩の声が、怪訝そうな響きを含んだ。
 それに気付いたのか気付かないのか、矢的先輩は話を続ける。

「いやー。晴れて、ウチの部は部室をゲットしたじゃないですか? せっかくだから、部員全員で記念写真でも撮ろうかという話になりましてね。――で、どうせならいいカメラで撮りたいじゃあないですか?」
「…………」
「なので、お借りしたいなあと思って。――AOS-M10・・・・・・・を」

 カメラの型番を聞いた瞬間、十亀先輩の背中が、ピクッと動いた。

「……AOS-M10そのカメラは無いぞ。――確か、部長がカメラ屋にオーバーホールに出している最中だ」

 矢的先輩の傍らに立っていた、中塚という男子生徒が口を挟んだ。矢的先輩は、中塚……たぶん、先輩――の方を向くと、わざとらしく首を傾げた。

「あれ~? でも、おかしいなぁ。確かに、十亀先輩もこの前そう言ってたけど、それって、もう1ヶ月近くも前だぜ? たかがオーバーホールで、そんなに時間が掛かるモンか?」
「え……。ま、まあ……。箇所によっては……」
「オーバーホールだよ? しかも、発売1年経つか経たないかの最新モデル……」
「おい! ヤマト、お前何が言いたいん――!」
「中塚。――お前は、ちょっと外に出てて」

 言葉を荒げた中塚先輩を遮ったのは、十亀だった。十亀は、作業する手を止めて、PCチェアごとこちら側に向き直った。
 中塚先輩は、十亀の言葉に戸惑った様子で、

「で――ですが、部長――!」
「いいから。後は、ボクがコイツ矢的と話するから」
「ど……どうかしたんスか……ぶちょ――」
「いいから出てけって言ってんだろうが!」
「――!」

 顔色がんしょくを失った十亀の剣幕に、中塚先輩は青ざめ、「はい……分かりました」と、小さな声で言って、そそくさと外へ出て行った。

「……あーあ。十亀先輩、ダメっすよ。アイツは、顔に似合わず気が小っさいヤツなんですから……。あんな強い調子で怒鳴ったら――」
「そんな事はいい」

 十亀は、矢的先輩の軽口を厳しい口調で遮った。
 彼は、顎に手を当てて、上目遣いに矢的先輩を睨み付けた。

「……何が言いたいんだい、君は?」
「……だから、言ってるじゃないですか。AOS-M10をお借りしたい、って」
「――だから、AOS-M10あれは、今オーバーホールに出していると……」
「だから、何でたかだかオーバーホールでそんなに時間が掛かるんですか? って聞いてるんですよ」
「……知らないよ。業者に聞いてくれ」
「じゃあ、聞いてみます。どちらに修理に出しました? ビックリカメラ? ヒトツバシカメラ? シマダデンキ? それとも――」
「いい加減にしろ! どこに出そうが、どの位時間が掛かろうが、お前には関係無いだろう!」
「ま~た怒鳴る……」

 激高する十亀先輩に、物怖じする事もなく、ニヤニヤと薄笑みを浮かべる矢的先輩。
 十亀は、矢的先輩の態度にたじろぎ、椅子を回して背中を向けた。

「……とにかく、お前にあのカメラは貸せないし貸さない。だから、さっさと帰ってくれ――」
「“貸せないし貸さない”じゃなくて、“貸したくても貸せない・・・・・・・・・・”んじゃないんですか?」

 矢的先輩が、一変して鋭い口調で言った。――十亀の背中が、またビクッと動いた。
 ニヤリと笑って、矢的先輩は続けた。

「本当は、失くしたんじゃないんですか? ――AOS-M10・・・・・・・を」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

AGAIN 不屈の挑戦者たち

海野 入鹿
青春
小3の頃に流行ったバスケ漫画。 主人公がコート上で華々しく活躍する姿に一人の少年は釘付けになった。 自分もああなりたい。 それが、一ノ瀬蒼真のバスケ人生の始まりであった。 中3になって迎えた、中学最後の大会。 初戦で蒼真たちのチームは運悪く、”天才”がいる優勝候補のチームとぶつかった。 結果は惨敗。 圧倒的な力に打ちのめされた蒼真はリベンジを誓い、地元の高校へと進学した。 しかし、その高校のバスケ部は去年で廃部になっていた― これは、どん底から高校バスケの頂点を目指す物語 *不定期更新ですが、最低でも週に一回は更新します。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

処理中です...